第9話 計画立案・結婚
9-1.計画立案、まずはゲンの家
翌日から、サンはブラックホールから電気を取り出す作業に取り掛かった。
発電装置は、サンがブラックホールを作りだす前から、太陽半導体株式会社に機材と特別な熱電気変換チップを注文し、以前に、ゲン達に頼んで運び込んでいた。
「うーん」
サンは、機材をマニピュレーターでブラックホールの所に移動させた。
空間連結器を連結バリアモードで開くと4次元物理空間のブラックホールは、暗い赤色の光を放ちながら空中に浮いていた。時たま、微粒子を吸い込んで、閃光を放っている。
ブラックホールは、3次元と4次元の境目の向こう側に固定され浮いていた。
発電装置は、熱から直接電気に変換する装置であった。
2個の板状の熱電気変換チップのボードをマニピュレーターでブラックホールを挟むように配置した。
上下左右スカスカだった。
今回は、サンの家と実験室と大治郎の家の給電が目的だった。
「発電装置の位置は、これでいいか。あと、蓄電池とLED電球をつなげば終わりだ」
全ての作業が終わると、サンは発電機のスイッチを入れ、LED電球のスイッチをオンにした。
『パチッ』
という音がして、一瞬明るく光ったLED電球が壊れて煙が出た。
「まずい。電圧が高かった」
サンは、LED電球を取り換え、変圧器の電圧を100ボルトにして、LED電球のスイッチを入れた。
LED電球は、眩しく輝いた。
「まぶしい」
サンは、実際の光以上に、眩しく感じた。
「電源もOK。蓄電池もOK。テストは完璧だ。次の改造では、発電装置の容量を大幅に上げよう」
サンは、発電のテストが終わると、プレハブや実験室の全ての電源を、発電機から供給するように変更した。給湯装置やモノレールも自前の電気に切り変えた。
発電した電気は、一度蓄電池に貯蔵してからそれらの電源として使用した。
これで発電装置のバージョンアップ作業をしても各端末の電源には影響を与えなくなった。
サンは、汎用型量子コンピュータを使い、将来の事業計画と起きる障害とその対策プランを詳細に立案した。
検討しなくてはけないことが、本当に山のようにあった。
巨大な発電装置、送電装置、蓄電システム、新型蓄電池、超伝導、事業計画、制御システム、教育AIソフトの強化、輸送装置、ロボット、農作や漁業の自動生産システム、新型量子コンピュータ等々、さらに国家や政治からの介入防御、社会からの圧力、そしてさらに遠い未来。
これらを精密に検討し、立案していった。全てが関連し絡みあっていた。
巨大な資金の調達。これも難題だった。
稼いだ金は、全て計画に投入し、事業で得た利益も全て次の事業計画に注ぎこむことにしていた。
サンは、不思議なことに、もはやお金に関する執着を失っていた。
この事に驚く自分自身を、さらに別の自分が観察しているような気がした。
初期条件と経済・政治・社会状況を条件に入れて、サンの計画を量子コンピュータでシュミレーション(模擬実験)した。
計画は、最初はうまく行くが、最終的には破綻した。
「歴史必然率は、5%か」
サンは、深く落胆した。
経済的な包囲網、政治の阻害、そして介入。外国の阻害と介入、人材不足、社会の反発。
何度やっても失敗する。
瞬く間に、3日が過ぎた。
彼がプランした計画は全て破綻する結果となった。どんな手段を取っても最後には全て破綻してしまう。
サンは孤独だった。彼を助けてくれる者は誰もいない。
自分を助けてくれる仲間がいない。
『困った時は、俺が助けちゃる』
突然、ゲンの声が聞こえたように思った。
「ゲン」
思わず、ゲンの名前が、サンの口から出た。
「ゲン、助けてくれ」
あまりにも遠くの目標をどうすれば、着実に実現できるだろうか?
「ゲン達を参加させよう」
サンは、ゲンや昔の仲間、そしてまだ存在しない多くの仲間を計画の重要な要素として組み込んでみた。
やはり破綻したが、破綻までの時間が遥かに未来まで伸びた。
「歴史必然率は、20%か」
何度も、何度も、量子コンピュータでシュミレーションし、計画の精度を上げていった。
仲間はいくらいても不足していた。そして仲間の能力の大幅な向上を要求せざるを得なかった。
そうすると、量子コンピュータのシュミレーションは、ようやく破綻しない結果を生み出した。
それでも、まだ不確定の要素がたくさん有り、破綻する可能性の方が大きかった。
しかし、遠くの目標を必ず実現させるというサンの強い意志が、計画の開始を決意させた。
まずは直ぐにゲン用の家を用意することにした。
不動産屋に相談すると、少し古いが大きな家があった。広い庭もあった。
直ぐに極楽企画が購入することにした。
サンは、連日の作業で体は疲れきっていた、ようやく理想に近い案が出来たので、ベットに横になると直ぐに深い眠りにおちた。
「サン、サン。起きなさい」
懐かしい優しい女性の声が聞こえた。
サンが起き上がると、目の前には薄い桃色の着物を着た女性が立っていた。女性の背後からは幾筋の金色の光の筋が見えた。
「私です。貴方の母ですよ。神武 美子(ミコ)ですよ」
その人は、響き渡るような優しい声で語った。
サンは、その人を母親だと直ぐに分かった。
「お母さん。なぜ私を一人にしてほって置かれたのですか?」
サンの目から涙がこぼれた。
「貴方が一人で生きていくことになったのは運命でした。許してください。しかしこれからは沢山の人々があなたを助けてくれますよ。あなたは周りの人たちに尽くしてあげなさい。
私は、いついつまでもあなたを見守っていますよ」
サンが手を伸ばすと、母親の長い髪の毛が目の前にあることに気づいた。
サンは、それを撫ぜてみた。宮崎の以前の家から持ってきた髪の毛の感触だった。
「お母さん」
サンの伸ばした手を、母親が両手で握ってきた。
母親の手は暖かく、サンの手を通じてその暖かさが身体に浸みこんできた。
「サン、何者にも負けず頑張って行きなさい。私はいつも見守っていますよ」
母の姿がしだいに透明になり、その姿が消えていった。
「お母さん!! お母さん!!」
サンは必死で母を呼んだ。
その声で、サンは目覚めた。窓からは朝日の明るい光が入っていた。
「夢だったのか?」
しかし、母の手の温かみは、まだサンの手に残っていた。
何故か、サンの心は落ち着いていた。
サンは朝食を済ませると契約と改修工事の内容と日程を決める為に、椎葉村役場の近くの不動産屋にバイクで出向いた。
そこにはあらかじめ不動産屋に頼んでおいた建築業者も来ていた。
「極楽企画の神武暁です」
サンは、手作りの名刺を不動産屋に渡した。
「住芳不動産(すみよしふどうさん)の椎葉一郎です。先日から電話で何回かお話を頂きありがとうございます」
不動産屋が、頭を下げながら名刺を渡した。
「大椎葉建設の椎名です。同席するよう連絡がありましたので、参りました」
建築業者が、名刺を渡した。
サンがソファーに座ると事務の女性がお茶を持ってきた。
「どうぞお茶です」
「ありがとう」
サンが、見上げると丸顔で黒子のある女性だった。
「早速ですが、改めてご購入予定の邸宅にご説明いたします」
不動産屋が、テーブル上の図を示しながら説明を始めた。
「既に写真等は神武様にメールしておりますが、土地面積は500坪、建物面積は600㎡の2階建て、
築10年、価格は4000万円となっております。立派な邸宅です」
土地の安い椎葉ではこれでも高価格の物件にだった。東京都心では10倍以上はするだろう。
「今まで十分に検討しておりますので、これで結構です」
「それでは、契約書にサインをお願い致します」
サンは、契約書にサインした。
「極楽企画様、ありがとうございます。契約は終了いたしました。それでは建物等の改装につきましては大椎葉建設さんにお話しください」
「大椎葉建設さん改修についてですが、塀と門を新しくしてください。玄関もヒノキにしてください。内装も全て変えてください。水回りも取り換えてください。それと庭も整備をお願いします。
作業は12月10日までに完了をお願いします」
「えらく短期間ですな」
建築業者は驚いて言った。
「急いでいますので、その分費用がかかっても結構です」
「分かりました。少々費用は掛かりますが何とか納期に間に合うよう頑張ります。
見積書は、メールでお送りいたします。なお手付金は費用の半額を契約時に振り込んでください」
「分かりました。その通りにします」
「よろしくお願いいたします」
建築会社も笑みを浮かべて頭を下げた。
味をしめた不動産屋はその後も土地や家の情報をサンに提供するようになった。
9-2.高齢夫婦の心中
サンは、椎葉村に来て以来まだ上椎葉ダムに行った事はなかった。
上椎葉ダムは、高さが100メートルを超える日本初の大規模アーチ式コンクリートダムだった。
不動産屋から上椎葉ダムまで、バイクなら数分だ。
契約と打ち合わせが終わると、サンはアーチ式の上椎葉ダムの一番上部の「ダム天端(てんば)」にバイクで向かった。
サンは、バイクを「ダム天端(てんば)」の水の取り入れ口の横に置き、椎葉日向湖の満々とした水面を見ながらダムの中央部分に向かって歩いて行った。
すると身なりの良い高齢の男性が足元より一段高いコンクリートの欄干(らんかん)に立っていた。
そして身なりの良い奥さんと思われる女性の手を握り、引き上げようとしてしていた。
サンは気が付かれないように静かに急いで近寄って行った。
「降りてください。危ないですよ」
サンは出来るだけ静かに話しかけた。
高齢の男性は、サンの方を見た。
無言で急いで女性を引き上げようとした。
『心中に違いない』
サンは確信した。
サンは男性の足を両手で掴み全身で抱え上げて手前に引き落とすように下ろした。
二人は、心中が中断させられたので、気が抜けたようにその場に座り込んだ。
「後生ですからほっといてください」
男性はか細い声で言った。
「どのような事があったのか知りませんが、命を落とすようなことはお止めなさい」
「もはや死んで責任を取るしかありません。そのまま死なせてください」
「どんな事情ですか、お話ください。ひょっとすると何かお手伝いできるかもしれません」
「それは不可能です。1週間以内に10億円を用意しないと破産してしまいます。
今の私たちではとても用意できません。死んでお詫びするしかありません。どうぞ死なせてください」
「10億円でいいのですね。私が用意します」
男性は、改めてサンを見つめた。サンは大学生位にしか見えなかった。このような子供が10億ものの金を用意できるはずはない。
「10億円ですよ。とても用意できしませんよ」
「命の方が大切です。10億円融資します。死んではいけません」
「やはりダメです。年末にはさらに10億必要になります」
「それも融資できます。心配しないでください」
男性は、まじまじとサンを見つめた。
この話が本当なら、この人は椎葉の神仏の使いか神仏そのものだ。
改めてサンを見ると、サンの姿が午後の太陽の光に輝いて見えた。 神か仏か? 自然に両手を合わせた。
この人を信じよう!!
「これが本当だとしたら、あなたはほんまに神か仏そのものです。どうかお助けください」
「分かりました。本日中にあなたの口座に10億円振り込みます。追加の融資はその後にいたします。
安心してください」
それから、幸に電話した。
「幸、緊急で申し訳ないが、車で宮崎空港までご夫婦を送って欲しいちゃが。大丈夫か?」
「大丈夫よ。今どこ?」
「上椎葉ダムの上だ。女神像公園で待ってるから直ぐ来てくれ」
「直ぐに行きます」
田舎では誰でも車の免許証を持っている。しかし忙しいサンは免許を取っていなかった。
サンは、夫婦を山の中腹の女神像公園まで連れて行った。
公園には丸いテーブルのベンチがあった。
「どうぞここにお座りください」
サンは、二人をベンチに座らせ、自分は反対側にすわった。
男性から銀行名と振込口座と口座名のメモと名刺をもらった。
『澤鳶(さわとび)酒造 代表取締役 澤田 秀樹』
とあった。
「澤田 秀樹さんですか。奥様は?」
「澤田 宮子と申します」
二人は、深々と頭を下げた。
サンは、手作りの名刺を渡した。
「神武 暁 様ですか。極楽企画の副社長さんですか。この恩は一生忘れしません。この通りです」
二人は両手を合わせた。
「ところで澤鳶(さわとび)酒造さんは、いつごろからご商売をなされたのですか?」
「会社組織になったのは、明治の中頃です。江戸時代の中頃には先祖が神戸で酒作りしていたようです。
先祖は、織田信長さんの家来で諸国を流浪した後、神戸に流れ着いたとの言い伝えがございます」
「昔からご商売されているのですね」
「恥ずかしい話ですが、甥の専務が投機に手を出し、会社に多額の損失を出してしまいとても返せないほどの金額となってしまいました。とても返せませんのでお詫びに二人で心中する事にいたしました。
むかし新婚旅行で大分や宮崎を巡った時、高千穂町や椎葉村に来ましたので、最後の旅行で椎葉村に心中の場所を決めた次第です」
「そうですか、天から頂いた命を大切にすべきです。決して命を粗末にしてはいけません。貴方たちと私がお会いしたのは運命です。これからは安心してお仕事に頑張ってください」
「あなた様から新しい命をいただきました。おおきにありがとうございます」
澤田 秀樹が答えた。そして二人はサンに向かって両手を合わせた。
やがて幸が中古の車で到着した。幸が降りてきた。
「この方を送って行けば良いのね」
「そうだ、直ぐに送ってくれ」
二人が車に乗った。
「澤田さん、本日中に振り込みますので安心してお帰りください」
「おおきにありがとうございます」
二人は窓を開け、両手で拝んでいた。
車は、急な坂をゆっくりと進んでいった。
サンは、いつまでも手を振って見送った。
サンはその日の内に、10億円を澤鳶酒造の口座に振り込んだ。
サンは、極貧とネグレクトで自分が生きることで精一杯で周りが見えなかった小さな時から、人の事を考え、人を救う事が出来るようになった事の喜びを噛みしめていた。
その日から、サンはAI自動ソフトでのFXと株の取り引きの目標額を引き上げた。
9-3.幸へプロポーズ
翌日は平和21年8月11日だった。、幸をプレハブに呼んだ。
「サン、話って何?」
「今日は重要な話があるんだ。ちょっと、一緒に研究室に行こう」
サンと幸は、プレハブを出て、研究室に入った。
目の前に荷物用エレベータがあった。
幸は、それに乗るのは初めてだった。少し不安だった。
乗り込む格子状のドアが閉まり、ガタゴトと音を立てながら荷物用エレベータが降りていった。
格子の間から外が見えた。
「少し怖いわ」
幸は、荷物用エレベータの荒っぽい音と、格子しかない粗末なエレベータの箱に恐れをなしていた。
荷物用エレベータがガタンといって停止しドアが開いた。
「着いたよ。外へ出よう」
サンが先に外に出た。
幸は、サンに続いて外へ出た。
そして、エレベータの外にあるものを見たとき、ある種の恐怖を感じた。
「サン。初めて来たけど。ここ少し怖い」
そう、それは、巨大な球体の空間だった。壁は、完全球体の内側だった。
光沢のある球体が、一番上で、丸い切り口になっていた。その上は研究室の天井みたいだが、暗くてわからなかった。
「何か。怖い」
「大丈夫。この部屋は、前に作ったものが、生み出したものさ。たぶん地球上で一番なめらかな表面を持った球体の空間だよ。こっちへ来て」
サンは、幸の手を取り、中央の機材のガラス張りの所へ連れていった。
モニター画面のアイコンを手でタッチすると、連結バリアモードで空間が開いた。
その中に小さいが、真っ赤に輝き、エメラルドのようなものが浮いているのが見えた。
「まあー。なんてきれい。宝石みたい。そしてなんて小さいの」
「これは、ミニブラックホールさ。僕が人類で初めて作り出したものさ。そして幸が人類で2番目に本物のブラックホールを見ているんだよ」
「これがブラックホール? ブラックホールって、真っ黒じゃないの」
「ほう、よく知っているね。でもこれは、小さすぎるので、自らエネルギーを放出して蒸発しているのさ。」
「蒸発? じゃー。無くなってしまうの?」
「ずっと未来には無くなってしまうだろうね。これでも月の何分の1かの重量があるから、膨大なエネルギーが取り出させるんだ」
「本当なの、どうやってやるの」
「ブラックホールの周りを見てごらん。この機械が熱エネルギーを電気に直接変換しているんだよ」
「サン、でも全然熱くないよ。これで発電できるの」
「ほとんどの熱は、別空間に開放して逃がしているんだ。今は発電に使っているのは、ほんのちょっとだよ」
「そう、よくわからないけど、きっとそうなのね」
「この部屋やプレハブも全てこの電気を使っているんだよ」
「まあ、素晴らしい。私の家にも電気を送ってくれない。電気代はタダになるのね」
「わかった。直ぐにそうするよ。将来は、地球の全ての電気をこれから生み出すことができるよ」
「まあ。信じられない」
幸は、常日頃、サンがデタラメを言う事がなかったので、その言葉を信じようとしたが、とてつもない話だと思った。話は半分で聞いておこう。
サンは、幸の両手を握った。
「幸、もっと大切な話があるんだ」
「えっ。何」
「結婚しよう。結婚式は、9月1日にしよう。明日、爺さんに話に行く」
9月1日は、2年前に栄吉がサンに強制的に結婚を約束させた日だ。
今年で幸はまだ20歳だった。面喰ったが、幸は言った。
「わかった。サン、私はあなたと結婚するわ。あなたはきっと大きなことが出来る人。どこまでも一緒について行くわ」
「有難う。幸。きっと幸せにするよ」
サンは、幸を引き寄せ、唇に初めてのキスをした。
翌日、サンは、幸の家に行った。
栄吉は、上機嫌で出てきた。
「おう、サン。何か良い話があるのか」
栄吉は、幸から話は聞いていたが、わざと知らない振りをした。
「爺さん。今日は、約束通り、幸をもらいに来た。9月1日に、爺さんの家で結婚式をしたい。」
栄吉の目に、涙が浮かんだ。
「それは、めでたい。9月1日じゃな。内の家でやろう。お前も孤児(みなしご)じゃし、内も貧乏人じゃし、内輪でやろう。そうじゃ、富一郎も呼ばんとな」
「富一郎て、誰?」
「あれ、言ってなかったか。幸の兄じゃが。椎葉村の役場に勤めている。年はお前より4つ年上じゃが」
「会うのが、楽しみだな。じゃ爺さん。準備の方はよろしく、俺はしばらく仕事で会えないから、用事があったら、幸に言ってください。あっそうだ、大吉企画の名前を極楽企画と変えるからな。もう幸にはメールしておいたよ」
サンは、そういって幸の家を後にした。
9-4.自動売買AI
その日から、1ヵ月間、サンは、FXで外国為替投資を行うことにした。
サンはバードに質問した。
「バード、WEBから入手した情報から、為替との関係の法則と計算式を導きだせ」
バードは、数秒ほど沈黙し、答えた。
「世界の情報と為替の関係の、法則と計算式を導き出しました」
「どれ位の確率で、一致するか」
「平均で60%程です。予測できない事件が発生した時を除くと90%になります」
「わかった。大事件が発生した時は、一時手じまいにして、私の売買システムで対応しよう」
それからサンは、バードに世界の状況と人間行動と為替の動きの関連性にについてバード自身で機械学習をさせ、さらにサンの感覚とノウハウを教えこんだ。
この作業を何度も繰り返した。バードはめきめきと上達した。
サンは、チャートのパターンにより、2次元のグラフが3次元で見えた。そして将来の外国為替の値動きも予想できた。
そして、今は量子コンピュータがあった。量子コンピュータはどんな複雑な処理も、大量のデータも一瞬で処理し、即座に注文が可能だった。
サンのFXに関するノウハウを量子コンピュータに教え込んで、FXの自動売買AIを構築した。
量子コンピュータは、サンの読みには敵わないが、とにかく結果を出すのが早いし、1日中世界を相手に疲れ知らずで取引を続けた。
ほとんどは、先を読むことに成功するが、逆に失敗した時も、瞬時に対策を実行することができ、競争相手を出し抜くことができた。
対応に困ったり、重大な事象が発生した場合は、サンが何処にいても緊急で連絡してきた。
そして、最適な指示を待った。
さらに株式売買の機能も自動売買AIに追加した。過去の株式の取引も分析し、市場の動向予測も加味した。
こうして、預金残高がほとんど尽きかかったサンの口座には、またたくまに数十億円の金が貯まっていった。
自動売買AIは1秒間も休まず、サンの口座の金額を増やしていく。
量子コンピュータが、対応に困ってサンを呼び出すこともほとんどなくなった。
量子コンピュータは、競合する株式やFXの売買AI達の戦略まで解析して相手を出し抜いた。
もう、サンはほとんど取引に注意を払わなかった。時々、取引の成績結果をチェックし、AIプログラムを微調整するだけだった。
やがてサンは、村の不動産屋に頼み、サンの土地の周りを買った。
相場の倍の値段をはらったので、予想より広い土地が手に入った。味をしめたのか不動産屋は、その後もしきりと電話やメールで土地の紹介をしてきた。
「幸、不動産屋と交渉して家の周りに良い土地があったら、買ってくれ。それと希望の土地のリストもある。予算は全部で40億円」
閉口したサンは、幸にそれを任せた。
地元の土地の相場をよく知り、貧乏育ちの幸は、安く買いたたくと、次々に周りの土地を買い進んだ。
サンは、プレハブから300mほどの離れた所に小さな家を建て始めた。家は、8月末に完成した。
サンは、業者に頼んでプレハブから幸の家まで電線を敷いて、幸の家の電気代をタダにした。
モノレールも前より丈夫で高速な物に変更し、自分の家まで延長した。当然電動だ。
温室も作った。まだまだ原始的ではあったが、簡単なLED照明システムで全自動の野菜の栽培システムを作った。勿論、全て電気で制御され、バードが管理した。
サンは、ゲンに結婚式の出席を依頼する為に電話した。
「もしもし。源です」
ゲンが電話に出た。
「ゲン、久しぶり」
「おう、サンか。久しぶりだな。前の工事以来だな」
「ゲン、頼みごとがあるっちゃが」
「おう、どんなこつね」
「俺、9月1日に幸と結婚するちゃが」
「お前、まだ20才だろ。えらく早いな」
「前に爺さんから借金した時の約束じゃからな」
「それで、頼みごととはなんね」
「俺には、肉親も、親戚もおらん。ゲンは肉親みたいなものだから、ぜひ出席してくれないか」
「わかった。絶対に出席しちゃる」
ゲンは、サンの言葉がうれしかった。
「それに、もう一つお願いがある」
「なんね」
「それは、次の時に話すよ」
「なんか、気になるな」
「楽しみにしておいてくれ。じゃ、結婚式の出席はお願いします」
「わかった。じゃーな」
サンは、ようやく自分の側の人間を確保した。
9-5.結婚式
平和21年9月1日結婚式の当日、サンは、朝から幸の家にモノレールで降りて来た。
親戚なのか、4,5人の女性が忙しく食事などの準備をしていた。
幸に手配してもらった貸衣装屋のモーニングに着替えると、幸が見知らぬ青年を連れてきた。
「こちらが、私の兄の富一郎です。兄さん、こちらが、神武 燦(じんむ あきら)さんです。普段は、サンて呼んでるの」
サンは、幸に兄がいることは、聞いていたが、会うのは初対面だった。
富一郎は、人の良さそうな顔で、会釈しながら、サンの手を握ってきた。
「兄の富一郎です。椎葉村の役場に勤めています。幸をよろしくお願いします」
「サンです。よろしく」
サンは、素朴な富一郎に好感を持った。
この人物が、将来、サンの重要な力になるということを、まだサンも富一郎自身も幸も知らなかった。
幸は、直ぐにタクシーに乗りこみ、椎葉村の下福良の繁華街のパーマ屋に髪を結いに向かった。ここで和服も借りる算段だった。
大治郎の家は、粗末ではあったが、10畳ほどの床の間があった。
貧乏な大治郎の家にしては立派だったが、家は既に80年程経っている。
大治郎の親の代に作ったものだった。
その部屋で、結婚式を行う。
ほぼ、料理等の準備が終わったころ、幸が、タクシーで戻ってきた。
幸は、中年の親戚の叔母に手を引かれてタクシーから降りたった。
幸は、文金高島田の白無垢の服の上に、赤色の花柄の和服をはおっていた。
サンは、新調しろといったが、幸は『もったない』と、和服は貸衣装にした。
「幸ちゃん、綺麗」
迎えに出た幸の中学の時の同級生の女性たちから声が上がった。
文金高島田を結い、角隠しに黒の大振り袖という伝統的なもの、または清純無垢を表したといわれる白無垢に綿帽子でした。花嫁は紋付の羽織、袴、角帯が正装でした
サンは、幸たちが持ち帰った借り物の羽織袴に着替えた。
サンの着替えが終わった頃、ゲンが自家用車でやってきた。
「おう、サン、立派な出立だな。見違えるようじゃが」
「ゲン、今日は有難う。結婚式の挨拶を頼むな」
「わかっちょるが。心配せんでいっちゃが」
平和21年9月1日の10時。
大治郎の家で結婚式が始まった。
三々九度は、座敷の屏風のかげで、仲人代わりの大治郎の立ち会いのもとに男蝶女蝶(おちょうめちょう)男女の子どもの注ぐ盃で行われた。夫婦固めの盃をして簡単に式が終わった。
屏風をかたずけると直ぐに披露宴となった。
田舎の結婚式にしては、少人数の結婚式であった。
大治郎の家が貧農で、回りとあまり付き合いができなかったのと、サンには身寄りが一人もいなかった為である。
床の間を背に、向かって右側にサン、左側に文金高島田の幸が座った。
幸の方には、紋付を来た大治郎とその身内が座った。
サンの方には、黒い礼服に白いネクタイのゲンが座っていた。少し離れて幸の友人が3名程座っていた。
出席者前に、側が黒く内側が紅いお膳(内朱膳)が置かれ、料理がのっていた。
鯛の塩焼き、赤飯、吸い物がのっている。
決して豪華ではなかった。幸の意向だった。
ゲンが緊張した顔で立ち上がった。
「ゴホン」
ゲンは咳払いして挨拶文を読み始めた。
「神武 燦(じんむ あきら)の親族を代表しまして、源 大(みなもと だい)が挨拶申し上げます。
そうは、言ってもサン、いや神武 燦は、天涯孤独の身です、私が親族の代役をいたします。
神武 燦の略歴をご紹介いたします」
ゲンは、サンから作成してもらった経歴文を礼服の内ポケットから取り出し、読み始めた。
「神武 燦は、平和元年8月6日午前8時15分に、神武 美子(ミコ)と神武 栄吉の長男として生まれました。
平和3年10月1日に母、美子さんがお亡くなりになりました。
平和8年4月1日、宮崎第三小学校に入学。
平和13年10月3日に父、栄吉氏が亡くなられ、天涯孤独の身になり、同年10月7日に小菊学園に入園いたしました。
平和14年3月宮崎第三小学校を卒業、同年4月1日、宮崎第二中学校に入学しました。
その後は、インターネットを使い、独学で物理学と数学を学び、画期的な発見と発明をされたことは皆さんご存知だと思います。
以上で、神武 燦の略歴の紹介を終わります。
皆さま、神武 燦は、天涯孤独の身です。しかし今日からは幸さんと家庭を持ち、一家を築いてまいります。神武 燦と幸は、若く人生経験も少ないです。どうか皆様のお力添えをいただきますよう、切にお願い申しあげます」
ゲンが深々と頭を下げた。
大治郎が立ち上がり話し出した。
「ゲンさん、去年の冬以来じゃな。結婚式への出席ありがとう」
ゲンが会釈した。
「サンには身寄りがおらん。ゲンさんは、サンの身内みたいなもんじゃ。
内の一族もようけはおらん。
儂は、那須 大治郎です。5人兄弟だが今では儂と末っ子の春子だけしか残っておらん。儂の子も皆死んでしもうた。孫は二人じゃ。
家内も5年前に死んだ。
今から身内を紹介します。
儂の右側が那須 幸の兄の那須 富一郎です。儂の子の夏江の長男です。つまり孫じゃ。椎葉村の役場に勤めております」
「那須 富一郎です、よろしくお願いします」
富一郎が立って会釈した。
「幸は、平和元年9月1日に生まれました。二人の両親、富雄と夏江は、幸が2歳の時に土砂崩れにあって車ごと川に落ちて亡くなりました。一緒にいた赤ん坊の幸は奇跡的に助かった。富一郎はうちの家にいて無事だった。
儂は、二人を引きとって、婆さんと一緒に育てたんですわ」
大治郎の目に涙が溢れた。
「富一郎の隣が、叔母の椎葉春子です。儂の一人しかいない妹です」
「よろしくお願いします」
春子が頭を下げた。
「その隣が、春子の旦那で、椎葉次郎です。農業をやっています」
「よろしくお願いします」
椎葉次郎が頭を下げた。
「その隣が、春子の息子たちで、一太郎と浩二です。農業を手伝っています」
高校を出たての年子の兄弟が会釈した。
「おっと、それに内の家で飼っている牛の大吉がおります。内の牛には大吉と名前を付けるのが戦前からの習わしになっております」
親族の紹介が終わると、酒が振る舞われた。大治郎と富一郎とゲンの顔は真っ赤になった。
富一郎が「刈干切り歌」を歌い出した。
歌が終わると、富一郎が携帯で写真に撮り、動画を撮り出した。
すると大治郎が席を立った。足元がおぼつかない。
そのまま出て行った。
しばらくすると戻ってきた。
紫色の袱紗(ふくさ)に包まれた短刀らしきものを持っている。
サンと幸の前に来て、正座した。
皆がサンと大治郎の所に寄って来た。
「サン、これをお前にやる。この刀は、儂の家が平家の末裔である証拠じゃ。
いつの日か、平家の栄光を取り戻すのが、儂の夢じゃ。
大切に扱ってくれ」
大治郎は、袱紗をほどき古びた短刀を袱紗の上に置いた。
短刀は30㎝程の長さであった。
古びた朴の木の柄(つか)や鞘(さや)には装飾は無く、歴史を語るように鞘は薄黒く劣化していた。
大治郎は、次に小刀を両手で目の位置まで落ちあげ、鞘から抜いた。
刃は光り、輝きを放っていた。
「ホウ」
という声が一斉にした。
それと共に、写真を撮る音が鳴り響いた。
大治郎は、慎重に短刀を鞘に戻しサンに渡した。
サンは両手で受け取り自分の膝の前に置いた。
「爺さん。有り難くいただく。爺さんの夢が叶うように俺も頑張るよ」
「サンーー。お前はいい奴だな」
大治郎は、涙を膝の上にぽたぽたと落とした。
「お爺ちゃん、お祝いの席だから、そんなに泣いたらダメでしょう」
幸がやさしく言った。
「幸、お前の言う通りだ、今日はお祝いじゃな」
皆が、どっと笑った。
こうして結婚の披露宴は、無事に終了した。
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