第8話 再びブラックホール
前置コンピュータとPCタブレット、3Dディスプレイ以外の実験装置は全て4次元物理空間に残っていた。
サンは、実験システムの基本的な確認テストが完了すると、本番の陽子の衝突実験を開始した。
直ぐに2つの加速器で加速された進行方向が異なる陽子が連続的に極限の1点で衝突を起こすことができるようになった。
しかし数兆の陽子同士を正面衝突させるが、いくら量子コンピュータで軌道を補正しても、自己収斂性を利用しても、完全な正面衝突は一日に1回あるかないかであった。
サンは、互いに逆向きの陽子を連続で衝突させて、この実験を連日繰り返していた。
多次元投影システムは、陽子同士の衝突実験のリアルデータを量子コンピュータで解析し、直ちに3Dディスプレイに、5次元画像に変換し表示した。
サンは、毎日衝突テストを行い、システムの微調整を行い精度は向上していったが、究極の1点での正面衝突は起きなかった。
それでもサンは諦めることなく粘り強くテストを続けていった。
平和21年8月6日、サンは、20歳になった。椎葉村に来て6年たった。
そしてサンは、今日も実験を行っている。
空間連結器は、凍結モードで4次元物理空間内の「線形衝突加速器」は見えない。
代わりに3Dディスプレイで連続的に陽子同士の衝突の観測結果を表示していた。
陽子同士の衝突が模式的に表示されていた。
その横に正面衝突確率が表示されている。
量子コンピュータの制御ソフトは、次第に陽子同士を正面衝突の位置に絞り込んでいった。
多次元投影システムが3Dディスプレイに正面衝突確率99,9%を表示し、高音のブザーを鳴らした。
画面には、陽子同士がほぼ正面衝突し楕円状にフォーク粒子がはみ出るのが見えた。
「まだまだ」
サンは自分に言い聞かせて、さらに制御ソフトに補正させて焦点を絞り込んでいった。
陽子の大きさは、約1.2 × 10-15 m、クォークはさらに1000分の1だ。
自己収斂で数兆個の陽子同士の衝突が連続的に発生している。
正面衝突確率が99.999%になった。高音のブザーが鳴り続けている。
突然、正面衝突確率が100%になった。
陽子の内部にあるクォークやグルーオンが全方向に拡散された。
正にビッグバンであった。
サンは、多次元投影システムにより3Dディスプレイに表示された5次元画像を、さらに7次元画像として理解できた。
拡散されたフォーク空間を絞り込んでいくと、電子の大きさをすぎて、プランク長の領域に入ってきた。
そこには、何度も何度も観察し見慣れた極小空間のブレーン膜が見えていた。
こちら側の世界のブレーン膜のその下には別のブレーン膜が存在していた。
別の世界がそこにはあった。
もちろん、2つのブレーン膜は、実在のものではない。空間の1点を拡大して、そこに存在するものを量子コンピュータで描き投影したものをサンの頭の中でさらに多元化したものであった。
「相手のブレーン膜が近い。今日こそ捕まえてみせる」
サンは、さらに拡大してみた。
「やった...」
そこには、以前にも見た信じられないものが浮かびあがった。
大宇宙がそこにはあった。サンは、大宇宙の中に浮かんでいるような感覚を又もや覚えた。
いつのまにか、ブレーン膜は、宇宙を抱え込むほどに巨大化していた。
ブレーン膜の下の別のブレーン膜も巨大化し、透明な膜に包まれているようであった。
さらに近づくと、こちら側のブレーン膜とその後ろの向こう側のブレーン膜が回転して見え、垂直の壁のようになった。
そしてやつは今度もそこに居た。
「蠢いている」
それは、赤と黒のまだらな模様をしているが、まるで巨大な生き物に見えた。
こちら側のブレーンに大宇宙、そしてその下のあちら側のブレーンに、巨大なものが蠢いていた。
それはちょうど凍った池の氷の下にいる巨大な錦鯉に似ているようにも思えた。
そして巨大な赤く丸いものがこちらを覗いていた。
しかも、なぜか怒り狂っているような赤い眼のようなもので、サンを見つめた。前回と同じだ。
「やっぱり眼か?」
サンは、今度も体が固まった。
そこには、巨大な赤く丸いものが、サンを見つめていた。しかも血ばしっているように感じた。
それは、身を翻した。向こうのブレーンには、巨大な体のような模様が次々と移動し変化していった。
サンは、光りのビームをブレーン膜に対して照射してみた。
「前と同じだ。向こうのブレーン膜が接近してきた。今度は失敗しないぞ」
二つのブレーン膜の間は、もうほとんどなかった。
「接触した。時空が融合した」
こちら側のブレーン膜の一点が赤く変色した。
サンは、空間連結器で矩形の切り口を4次元側に連結した。
サンは、さらに光りのビームを絞りこんでいった。
変色した点は、さらに大きくなった。
向こう側から赤い液体状のものが、移動してきた。そしてこちら側の矩形の切り口の中に、飛び出てきて血のような球体上になった。
しかし、まだそれは、向こう側とつながっている。
「よし、よし。いい子だ。じっとしてな」
サンがなんどもシュミレーションした成果をいよいよ試す時が到着した。
サンが、高次元マニュプレーターで光のビームを絞りこんでいくと、ブレーン膜の穴が収縮していった。
そして、ついにブレーン膜の穴が閉じ、それを切り離した。
切り離された、赤い液体状のものは、4次元区間内でしだいに収斂して丸くなり明るく光りだした。
サンは、相手側のブレーン膜の穴が完全に閉じていることを確認した。
「ついにやった」
サンは、以前とは違い、冷静だった。
サンは、向こうのブレーン膜を覗いた。
そこには、あいつの眼がこちらを見つめていた。もう既に青色の眼に変っていた。
それはまるで、初めて出会ったような無邪気な眼だ。サンはそう感じた。
そして、あいつは身を翻して、去って行った。
サンは、なぜか後ろをふりかえった。当然誰もいなかった。
もう、向こう側のブレーン膜には何も映っていなかった。
そして、サンの研究室の空中の空間連結器で長方形に切り開いた4次元空間の中に、前にも見た1mmより小さく真っ赤に光輝くものが浮いていた。
「ミニブラックホールだ。美しい」
何度も頭の中で描き、量子コンピュータでシュミレーションし、この日の為に努力してきたが、感激より安堵の気持ちの方が勝っていた。
量子コンピュータや加速器は、はるか遠方に移動させた。
今回は前回の失敗を反省しミニブラックホールを4次元空間に置いて動かないようにブラックホールの周りの空間を設定して固定した。
ミニブラックホールの膨大なエネルギーは、4次元空間の彼方へ放出しておくようにした。
「固定しないと大変なことになる。」
サンには、骨身に染みた経験があった。
ミニブラックホールは、4次元空間の中に固定された。
「これで、ブラックホールは、どこにも飛んで行かない。これで完璧だ」
サンは、額に浮かんだ汗を、腕で拭いた。
「さあ、明日から忙しくなるぞ」
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