第7話 再び挑戦
7ー1.再び挑戦
平和21年1月末
あの暑い日から5か月過ぎた。もう冬になった。
幸の家の前に、タクシーが止まった。
家の周りには、雪が薄く積もっていた。
車から降りてきたのは、サンだった。
どこか落ち着いた雰囲気が漂っていた。
ドアを叩くと幸が出てきた。
「幸、久しぶりに会えたな」
「まあ、サン、毎日あなたのことを心配していたのよ」
幸は、サンの胸に飛び込んできた。
「研究に必要な金は稼いだ」
サンはFX(為替取引)と株で、わずか5カ月で60億稼いでいた。
「業者から、俺の家というか、プレハブの家が出来上がったという連絡があったので、戻ってきたんだ」
「そうね、先日から業者さんがたくさん来て、プレハブの組み立てや荷物をたくさん運んで工事していたから、きっと戻ってくると思っていたわ。早く家に入って」
サンは、家に入り、円卓の所にすわった。
幸が、お茶を持ってきて、サンの前に置いた。
「爺さんは、どうした」
「今、山の畑に行っているわ、夕方にならないと戻ってこないわ」
「それは、残念だな。じゃあ、俺の家にいってみるか」
「まあ、うれしい。一緒に行きたい」
幸は、本当にうれしそうに答えた。
二人は、雪で覆われた山道を登っていった。
「サン、とても寂しかったわ」
幸がそう言って、サンの手を握ってきた。
「俺もさ」
サンも、幸の手をしっかりと握りしめた。
いつもは、長い道のりをあっという間に登り切った。雪に覆われた草原が開けた所に、真新しいプレハブの家が出来ていた。
例の巨大な丸い空間からかなり離れていた。それと家との間に別の施設を作るために空けていた。
家の屋根も周りも雪だらけだった。
ところどころ作業であいた茶色の地面が出ていた。
幸は、両手に息を吹きかけ、暖めた。
ドアを開けて入ると、間取りは単純に見えた。入口のところの広間に荷物がたくさん雑然と置いてあった。簡単な台所が見えた。奥にベッドがむき出しでおいてあった。
「たくさんの荷物が、届いているでしょう。宅配の業者さんも苦労して運んだみたいよ」
「これから、もっとたくさん届くよ。それに幸の知らない仲間が明日から来るよ」
「まあ、サンのお友達に早くあってみたいわ」
「新規一転で大吉企画の名前を極楽企画と変えたいので、手続きをしておいて」
「分かりました。直ぐに手続きをします」
翌日の午後、サンは幸の家にいた。
ドアが、乱暴に叩かれた。
「はーい。少し待ってください」
幸が、急いで玄関のドアを開けた。
幸は固まってしまった。
そこには、がっちりしたいかにも乱暴そうな人物が立っていた。
「ど、どなた様でしょうか」
「サンは、いるちゃろか」
大きな声に幸は、怯えた。どう答えて良いかわからなかった。
「おお、ゲン兄い。待ってたぜ」
「サン、待っちょたか。お前との約束どおり来てやったぞ。シュンもマコトもハジメもきたど」
「やあ、サン。久しぶり。」
細身のシュンが、一番先に玄関に入ってきて、サンと肩を叩きあった。
マコトもハジメもなだれ込んで来て、サンとだきあった。皆、小菊学園の出身というより、そこの悪ガキグループだった。
幸は、ただ茫然と、男たちの狂騒を眺めていた。
「サン、シュンもマコトもハジメも俺が作った建築会社で働いてもらっちょる。お前の仕事も手伝ってやるぞ」
「ゲン。有難う」
サンは、ゲンと肩を叩きあうと、幸を紹介した。
「こっちが、幸。俺の仕事がうまくいったら結婚することになっている」
「えーそうか。それはいい。幸さん、こいつは良い奴だから。大切にしてやってくれ」
幸の顔は、真っ赤だった。
皆が、囲炉裏の周りに座ると、幸がお茶を持ってきた。
「幸さん、悪いが、焼酎を持ってきてくれんか。うちらは茶より焼酎の方がいいが」
ゲンが焼酎を頼んだ。
「幸、爺の焼酎の一升ビンがあるやろ、あれ持ってきて」
サンが促した。
「わかったわ。料理を作るから。先に焼酎を飲んでいて」
幸が、焼酎の一升ビンを両手で抱えて持ってきた。
そして、湯呑茶碗が皆に配られた。
「じゃ。いくで」
ゲンが皆の湯呑茶碗に焼酎をついでいった。
「乾杯」
皆で一気に焼酎を飲んだ。
サンは、久しぶりの焼酎が喉を通る間にしみ込むのを感じた。
「サン。具体的な仕事は、まだ聞いちょらんが」
「うん、この先の俺の家のそばに、大きな穴があいちょる。その中の水と泥を抜いて、そこに屋根というか蓋をしてほしい。そこを実験室にする。ゲン、エレベータは手配してくれたよね」
「エレベータは、中古の安い工事用のやつを手配した。水抜き用のポンプも用意した。俺たちにまかすれば、大丈夫じゃが」
「ゲン、人手は、これで大丈夫か」
「いや、地元の人夫も雇う。費用は大丈夫か」
「大丈夫、金は用意した」
「お前、どこで金儲けした。」
「いや、それについては、今度話す。稼いだ金は、全て使う予定だ」
「お前も頑張ったが、俺もがんばったぞ。前にも話したが、俺は、建築会社を設立したんだ。シュンもマコトもハジメもうちの会社の社員じゃが」
「ゲン凄いな。俺の仕事がうまくいったら、手伝ってくれ」
「大丈夫じゃ。いくらでも手伝ってやるよ。わはははは」
皆で大笑いした。
ゲンとシュン、マコト、ハジメは、工事が終わるまで、出来上がったばかりのプレハブの家に泊まることになった。
翌日から、ゲンとシュン、マコト、ハジメが強大な穴の内部の水を抜き、コンクリートの床を作りエレベータを設置した。
サンは、その巨大な穴を「実験室」と呼ぶことにした。
同時に業者と一緒に、太陽光発電装置を設置整備し、人と荷物を運ぶ斜面用モノレールを設置した。
以前より大規模になった。
サンは、実験室で試しに再び作成した空間連結器で前回の座標で4次元物理空間を開いてみた。
「おおー」
思わずサンは、叫んだ。
以前の実験装置がそのまま残っていた。
後は、喪失した3次元側のコンピュータ類を用意すれば良かった。
復旧作業が大幅に短縮され、費用も大幅に軽減できる。
量子コンピュータと繋がる性能をアップした最新の前置コンピュータも設置した。
前置コンピュータには、人工知能(AI)のアウルや高次元投影システムも格納済みだった。
サンは、量子コンピュータと前置コンピュータを接続した。
前置コンピュータの電源を入れると、「ブーン」という低い音がした。
前置コンピュータに、バックアップ記憶媒体を入れると、インディケータが点滅しソフトウェアやデータを読み込み始めた。
しばらくするとサンのPCタブレットにバードが現れた。
「サン様、お久しぶりです。私はバードです。正常に機能しています。何なりと申し付けてください」
「バード、久しぶりだな。加速器と観測装置の自動設置作業の工程表をチェックし、何か問題点があれば、後で報告してくれ」
「分かりました。作業の工程表をチェックして自動設置作業等に問題がありましたら、対応案を含めてご報告いたします」
これらは、大治郎の家に置いていた、システムやソフトウェア、各種資料のバックアップ記憶媒体を基に再現・改良したものだった。
バックアップ記憶媒体が無かったら、ここまで簡単に行かなかっただろう。
しかも宮崎市にいるうちに、PCタブレットに再現した遅い量子コンピュータのシュミレータを使って以下のようなソフトの開発や装置の設計および作成を完了していた。
・多次元投影システム:陽子同士の衝突実験の観測表示ソフト
・陽子同士の衝突実験制御ソフト
改良された多次元マニュプレータも搬入された。
4日目の午後、大治郎の家にサンとゲン達が集まって打ち上げを行った。
大治郎と幸も参加した。
皆で胡坐をかき円形に坐っていた。手元にビールの入ったグラスを持っている。
幸は、ジュースだった。
「サン、乾杯しようぜ」
ゲンが催促した。
サンが立ち上がった。
「乾杯!」
「乾杯!」
皆、口々に叫んだ。
「皆んな、ありがとう。そしてお疲れ様です。」
サンは、深々と頭を下げた。
「サン、俺らも楽しかった。実験がうまくいったら呼んでくれ、また来たいからよろしく」
ゲンが言った。
「ゲン、結果が出たら。すぐ連絡するのでよろしく」
その後、ゲン達はビールをたらふく飲み、サン達に見送られて、日向市の日豊本線の日向市駅までタクシーで帰って行った。
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