第5話 量子コンピュータ開発と陽子衝突実験
5-1.量子コンピュータの開発
平和17年8月6日、サンは、15歳になった。椎葉村に来て2年たった。
人工知能のスパローは、役にはたったが、所詮PCタブレットでのシミュレーションで遅すぎた。
サンは本格的な量子コンピュータの試作機を作る決心をした。
サンは、4次元物理空間の絶対零度に近いきわめて近い極低温(ごくていおん)領域で超伝導量子ビット基板を動作させれば、電子の量子もつれを容易に生成でき、安定し、そしてノイズによるエラーを非常に少なくできることを理論的に予想していた。
3次元空間での大規模な冷却装置は必要なかった。
PCタブレットのシミュレーションの量子ゲート方式の汎用型量子コンピュータを使用して、超伝導量子ビット回路の設計書を作成した。
超伝導量子ゲート方式の本格的な汎用型超伝導量子コンピュータの試作機は、4次元物理空間で動作させ量子エラー訂正機能を必要としない真正の128量子ビットで、2の128乗の並行処理が行えるものだ。
汎用型超伝導量子コンピュータの並行処理部と論理回路を4次元物理空間の絶対零度に近いきわめて低い極低温(ごくていおん)領域におき、さらに3次元空間側に通常のコンピュータサーバを配置させ、全体として汎用的なコンピュータシステムを作り上げるつもりだった。
これで、なんとかサンの要求するレベルの性能を実現できそうだった。
サンは、量子コンピュータの基板を作ってくれそうな会社をWEBで探した。
大銀河量子回路基板株式会社という小さなハードウェア・メーカがあった。
試しに、基板の製作が可能かメールで問い合わせてみた。
直ぐに返事が来た。何回かのやり取りで、自分が会社でないと注文できない事が判った。
早速、大治郎の家に行った。
「爺さん、頼みたい事があるとやが」
「なんじゃ」
「今度、会社を作るので、社長になってくれ」
「えっ、俺はそんな面倒なことはできん」
大治郎は驚いた顔で答えた。
「いっちゃが、名前だけ貸してくれ。後は俺と幸がやる」
「どんな会社か」
「物を買うだけの会社じゃ。研究に必要な機械を買う。会社じゃないと信用してくれんとじゃが」
「まあ、サンが言うことじゃから信用するか。後は、全部お前等がやってくれよ」
「有難う、爺さん。お礼に今度うまい焼酎を持ってきちゃる」
「おう、そうか。楽しみに待ちょるぞ。ところで会社の名前は何か」
「おっと忘れていた。大吉企画というのはどう。牛の名前じゃが」
「おう、それは良い。めでたい名前じゃ」
大治郎は、にこやかに答えた。
それから、サンは直ぐに会社を設立した。
社長は大治郎、社員はサンと幸だけだった。
まず、大銀河量子回路基板に量子コンピュータの基板の設計図を送り、見積もりを取り、注文した。
基板1枚に8量子ビット乗せ、16枚で1,600万円だった。
サンは、前払いで支払った。
直ぐに、大銀河コンピュータの営業から、サンのPCタブレットに電話がかかってきた。
「大吉企画様ですか、こちらは大銀河量子回路基板の営業の神内と申します。社長さんはいらっしゃいますか」
「社長は、今外出しています」
大治郎は、畑仕事に朝から出かけていた。
「そうですか、社長さんに、この度のご注文有難うございましたとお伝えください」
「伝えておきます」
「それでは、失礼いたします」
丁寧な電話だった。サン達の会社を金払いの良い上客と思っているらしい。
それからサンは、サンの小屋と幸の家の間に、人や物の運搬用のモノレールを発注した。
みかん畑によくある傾斜地用の荷物と人の搬送を目的とした斜めのエレベーターみたいなものだ。
2名乗りで、無理をすれば3名乗れた。強い雨の時はずぶ濡れは必至だ。
幸は、荷物が来ると、それをモノレールに乗せ、スタートボタンを押した。
荷物は、無人でサンの小屋まで登っていき、自動的に停止した。
サンは、メールで連絡を受けるか、たまに見に行き荷物を下ろした。
サンの小屋はあまりにも手狭だったので、プレハブ小屋を直ぐ隣に建てた。
ここに、量子コンピュータやブレーンの研究機材を置くことにした。
今後の研究に電力が必要だったので、太陽光発電装置と蓄電池も増強した。
さらに、量子コンピュータの前置用に市販のコンピュータサーバを購入し、量子コンピュータと一体化した汎用型量子コンピュータシステムになるようにソフトウェアの開発を行った。
量子コンピュータを演算させる為のライブラリーを多数作成した。
これはF++言語で使用する為だ。
FXソフトウェアと株式取引用ソフトウェアも量子コンピュータ対応にした。
ついでに、幸の為の教育AIソフトも量子コンピュータ対応に改善した。
市販の4本のアームの多肢マニピュレーターも購入し、量子コンピュータの組立の操作を練習した。
これで、研究の環境は整備された。
量子ビット用半導体は、大銀河コンピュータから外部の半導体メーカに製造を依頼された。
10nmプロセスレベルの変わり映えしないいたって普通の半導体に見えた。
何度かのやり取りの後、大銀河コンピュータから最終版の荷物が届いた。
発注してから1年近く経過していた。
16枚の量子ビット基板と制御用基板が1個、それとボードなどを納める特注ラックとケーブルだった。
量子ビット基板は、1枚で、8量子ビットと誤り訂正機能が搭載されている。
大銀河コンピュータでは、基板がいったい何に使われるのか用途が分からなかった。
実用性のない実験用のものと判断していた。
サンは、空間連結器の連結バリアモードで開いた4次元物理空間の中で、通販で購入した4本のアームを持つ多肢マニピュレーターを操作し16枚の量子ビット基板を制御用基板1枚を中心に放射状に組立て、量子コンピュータを制作した。まるでウニの棘のようだ。
全体としては直径50cmほどの球体で、中心から棘が飛び出したような形になった。
ケーブルは、それらの基板から延び、中心の御用基板に繋がっている。
電源ケーブルが3次元側から量子コンピュータに繋がり電気を供給するようになっていた。
8量子ビットX 16枚で128量子ビットの手作りの超伝導量子コンピュータが完成した。
3次元空間側のコンピュータサーバを配置し、超伝導量子コンピュータと回線で接続して全体として汎用的なコンピュータシステムとなった。
余りにシンプルな構造で普通の人から見たらとてもコンピュータには見えず、ガラクタとしか見えなかったであろう。
3次元物理空間側のサーバーを起動すると、サーバーから量子コンピュータの制御用基板の電源がオンになった。16枚の量子ビット基板のLEDがすべて緑色に輝きだした。
サーバーは自動で量子コンピュータの初期設定とシステムの診断を進めて行った。
サンは、自分のPCタブレットとサーバーを無線で結合した。
「さて、やるか」
サンは、PCタブレットの3Dディスプレイで、空中に浮かんだ量子コンピュータのスタートボタンを押した。
前置コンピュータサーバが量子コンピュータを認識し量子コンピュータの動作環境を設定していった。
PCタブレットの3Dディスプレイには、量子コンピュータの動作環境の設定状態が表示されている。
サンには、非常に長く感じられた。
やがて、空中に3次元鳥らしきものが現れた。量子コンピュータが完全に起動したのだった。
以前のPCタブレットの量子コンピュータのエミュレータの図形よりはるかに鳥らしい。
「私は、バードです。」
量子コンピュータが喋った。
「わたくし量子コンピュータは、正常に動いています。本日は、平和17年9月15日。現在時刻は、日本時間午前10時35分12秒です。
私の仕様をお知らせします。私は、128量子ビットの演算が可能な汎用型量子コンピュータです。同時に2の128乗個の並列演算が可能です。私は並行処理以外を担当するN社製PCサーバ9801とで構成されています。
おや? 貴方は、サン様ですか?」
バードは、PCタブレットのカメラから入力したサンの映像を量子コンピュータに送り、解釈し、内部のサンの映像やサンに関するデータから、それをサンと判断した。
「バード、お早う。やっと会えたな、これからよろしくな」
「サン様、私もお目にかかれてうれしいです。よろしくお願いします。おや? 3D電話がかかってきました。私の3Dイメージデータから推測しますと、きっと幸様です」
空中に幸の姿が映し出された。
「サン、サン、変なの。スパローが急に変わっちゃたの」
「どうした」
サンは、電話の意味は分かっていたが、知らないふりをした。
「急に、何というか、前より... 本物ぽくなっちゃたの」
「幸、それでいいんだ。君のコンピュータが新しい量子コンピュータとリンクされて、映像の質が向上したんだよ。それに、スパローは、前より賢くなったはずだ」
「本当? 急にスパローが変わったので、私ビックリしちゃった」
「勉強もどんどんはかどると思うよ。今機械のテスト中だから、後で電話するよ」
「じゃ、サン。またね」
電話が切れた。
こうして、周辺装置を含めてわずか3,000万円程で、世界最強の原始的な汎用型量子コンピュータが誕生した。
バードは、サンがF++でプログラミングした人工知能本体のキャラクターだった。
F++もサンが開発したオリジナルの並列型オブジェクト言語だ。
バードは、ちょうどコンシェルジュ(執事)みたいな役目のAIソフトだった。
依頼したことはちゃんとやり、報告しなければならない事は、適切な時に報告する。また、ご主人たるサンの動向を注意深く見守る機能を備えていた。
それに、必要な情報は、世界中から検索し、自分で分析まで行うことができた。
サンが依頼する前に、依頼されるかも知れない情報を検索し分析しておき、依頼された瞬間に回答することもできた。
サンは、スパローのような性格を持った3D映像で主人を個別にサポートするAIソフトをアウルと名付けた。アウルとはフクロウの事だ。
つまり複数のアウルの本体は、バードであった。
個人やグループに特化したアウルを明確化したい場合は、動物や鳥などを命名しそれをキャラクターとして表示したり呼び出す事も可能だった。
この時、個人やグループのデータや通信は第三者から厳格に保護された。
5-2.陽子衝突実験とブレーン膜観測
世界最強の原始的な汎用型超伝導量子コンピュータの完成ですら、通過点に過ぎない。
サンは、汎用型量子コンピュータが完成したので、いよいよ本番の陽子衝突実験の準備を開始した。
サンは、バードに高次元観測装置と、操作用ロボット、開放型陽子衝突型加速器(LHC: Large Hadron Collider)、陽子衝突実験によるブレーンを観察する為の高次元マニピュレーター等に必要な機能のチェックの洗い出しを頼んだ。
まずどうしても必要なのは、陽子衝突型加速器(LHC: Large Hadron Collider)だった。
サンはこれの設計に取り掛かった。
サンには、もう3億円しか金が残っていなかった。とてもじゃないが、大型の円形の陽子衝突型加速器など作れるわけがなかった。
サンは、4次元物理空間の中で凍結した水素に超強度のレーザーパルスを照射して陽子を発生させ2つの「開放型線形衝突加速器」に注入して互いに進行方向の異なる陽子を何回も加速して陽子と陽子を衝突させる方式にした。
「開放型線形衝突加速器」は、4次元物理空間の真空中で稼働させる。
先ずはWEBで福岡の小さなロボット製造会社の福岡ロボット技研株式会社が発売している「超強度のレーザーパルス装置」を調べた。
サンが福岡ロボット技研株式会社に電話し超強度の「レーザーパルス装置」について問い合わせると芦尾 道山という、若い技術者が画面に出た。
「芦尾 道山と申します。どのようなお問い合わせでしょうか」
「大吉企画の神武です。レーザーパルス装置について質問があります。
御社の装置を使用して、凍結した純粋な水素に強力なレーザーパルスを照射しハロゲンつまり陽子単体を取り出すことは可能ですか?」
「それは可能です。当社のレーザーパルス装置は市販されている中では最も小型で、最も強力なレーザーパルスを発射できますので、陽子を単体で取り出せます。必要でしたら、その後の応用についてもサポートさせていただきます」
「分かりました、検討の為の説明書等をメールで送ってください」
「了解いたしました。会社のメールアドレスにお客様のメールアドレスをお送りいただきましたら、直ぐに資料をお送りいたします。今後ともよろしくお願いいたします」
話が終わると、直ぐにサンは自分のメールアドレスを芦尾道山の会社にメールした。
しばらくしたら、芦尾からメールが届き資料が添付されていた。
これで、最大1兆個の陽子の発生装置については見通しがついた。
次には発生した陽子を「線形衝突加速器」で一定の速度に加速し、「開放型線形衝突加速器」に陽子を注入する必要がある。
サンは、「線形加速器」は市販のもの、それも中古品で間に合わせることにした。
WEBで、「線形加速器」を検索すると、検索結果が表示された。
2番目に表示されたものが、一瞬光った。
『青木中古精密装置販売株式会社
中古の「線形加速器」、「衝突検出器」、「陽子発生器」、その他を完璧に整備し販売いたします。』
とあった。
サン、それをクリックした。
商品一覧には、「線形加速器」は、300万円。「衝突器+検出器」は、100万円。「陽子発生器」は、100万円となっていた。
「線形加速器」は、2m程の長さだった。
サンは、「線形加速器」を2個、その他は1個づつ注文することにした。
合計で、800万円だった。
サンは、直ぐに注文した。
「陽子発生器」の内部で発生させた純粋な水素を、「レーザーパルス装置」で陽子単体で取出し、「線形加速器」で加速した後に、「開放型線形衝突加速器」に陽子を注入し、何万回以上のループで、光の速度に限りなく近づけて、衝突器で正面衝突させて、衝突を検出し量子コンピュータを使用した高次元投影システムで解析させる仕組みを構築するのだ。
サンは長年にわたり高次元空間を研究して来た。
サンは、4次元物理空間が3次元物理空間よりさらに空虚なのを理論的に予測し空間連結器で確認した。
そして4次元物理空間の中では、ある角度の直線で進む陽子を4次元物理空間ではループさせられることを導いた。
3次元物理空間に存在する円を2次元物理空間に垂直に投影すると円の直径の直線になる。
同様に4次元物理空間中の直線がループを描いて元の場所に戻ってくることが可能だ。
つまり4次元物理空間中の開放型線形加速器から真空の空間に一直線に飛び出した陽子は閉じた曲線を描いて一周し、元の開放型線形加速器の反対側に戻って来て再度加速されるのだ。
直線で進む人工衛星が、地球を一周して元の場所に戻ってくるのと似ている。4次元物理空間では重力無しで同じことが可能だ。
開放型線形加速器の反対側に戻って来た陽子を再度取り込み、開放型線形加速器で少しずつ加速すれば、光のスピードまで加速させることが可能だった。
反粒子は使用せず、2個の陽子を2個の開放型線形加速器で互いに逆の方向に加速し、空間で飛行方向を曲げて、何度も開放型線形加速器で加速し光速に達した時点で2つの開放型線形加速器から陽子を取り出す。
別々に取り出した複数の陽子同士を両端が開いた衝突装置の中で極限の1点で連続して衝突させることにした。これで巨大なエネルギーが発生する。
サンは、不確定性原理の補正項を発見していたので、非常に高い確率で極小の一点で粒子を正面衝突させることを確信していた。
サンは、量子コンピュータのAIでシミュレーションによる自己収斂衝突実験を繰り返した。
AIは自動で実験を繰り返し、次第に極小の1点で陽子同士を正面衝突させる確率を向上させていった。
電力は、太陽光発電で発生させた電気を蓄電池に蓄電させて供給した。
サンの持つ電力では、小さな加速器しか動かせなかったが、長時間少しづつ加速すれば、大丈夫だ。
ループの長さは、1000分の1光秒にした。加速されたハロゲンは1000分の1秒で戻って来た。
開放型線形加速器は長さが5m。
1秒で1000回ループし、加速距離は5mの1000倍の5kmになる。
1秒間の加速で5km、10秒間で50kmの空前絶後の長さの線形加速器の能力になった。
陽子同士が衝突した空間の1点の観測結果を量子コンピュータで拡大処理し、高次元空間として表示し、観測するつもりであった。
(不確定性原理を回避するため、)陽子が自己収斂させるようにして衝突させ、衝突の瞬間は、量子コンピュータで処理し、3D映像として3Dモニターに表示することにした。
サンは、量子コンピュータを使い、加速システムと観察装置の設計を進めていった。
10月末ようやく設計と量子コンピュータによるシミュレーションが完了した。
11月に入ると、すぐに住菱(すみびし)電工に開口型加速器と位置調整装置を注文した。
加速器は長さは5mにした。微妙に湾曲し、非常な精度が必要だった。当然調整装置も発注した。費用は合計1億円だった。もちろん1億円を前払いで支払った。
次に、レーザにより究極の一点を観測し操作する高次元マニピュレーターを福岡ロボット技研株式会社に発注した。
サンはさらに、自ら高次元投影システムも開発した。
高次元投影システムは、量子コンピュータで陽子衝突結果を一瞬で解析し、3Dディスプレイに、5次元画像に変換し表示するシステムだった。
平和18年3月になると、住菱電工から次々に装置が送られてきた。
3月中旬に住菱電工の技術者が2名、装置の設置の為に椎葉村に来た。大吉企画の本社、すなわち大治郎の家を訪ねて来た。そしてモノレールに乗り、サンのプレハブ小屋に到着した。
装置は、先に宅急便で届き、小屋に持ち込んであった。
技術者達は、山奥のさらに山奥のプレハブに装置を持ち込むことにも驚いたが、そこにいたのが、高校生ほどのサンと幸と、農家の爺さんだったのには、心底驚いた。
「住菱電工の大垣です。大吉企画の神武 燦(あきら)さんですか。メールでは、何度か連絡を取っておりますが、こんなに若い人とは知りませんでした」
住菱電工の技術者が、サンに名刺を渡しながら、話した。サンも手作りの名刺を渡した。
「神武です。よろしくお願いします」
住菱電工の技術者が、2個の開口型加速器を4次元物理空間の切り口の前の白いテープの位置に設置した。
当然、切り口は見えないようにしておいた。
ほぼ水平に近いVの形状になるように開口型加速器が配置され金属の格子に固定された。
そしてそれに位置調整装置が接続された。
技術者が外部に位置調整装置を設置し基本的な動作を確認が終ると、サンは後は自分で調整するので明日来るように言って技術者を帰した。技術者は、幸が予約していた椎葉村役場近くのひなびた旅館に泊まる事になっていた。
技術者達が帰るとサンは、空間連結器(空間カッター)を起動した。
目の前の3次元空間に空間連結器(空間カッター)で4次元物理空間への入り口を切り裂かれ、3次元と4次元物理空間を連結した。
高さ3m、横4mの細長い長方形の切り口がサンの前に現れた。
サンは、4本のアームの多肢マニピュレーターで開口型加速器と位置調整装置を
4次元物理空間に配置した。
続いて、中古の「線形衝突加速器」、「陽子発生器」、「衝突装置」、「衝突検出器」を2個の開放型線形加速器に多肢マニピュレーターで接続した。
次に位置調整装置と量子コンピュータを接続した。
「衝突装置」には「衝突検出器」と「高次元マニピュレーター」を接続した。
そして超強度の「レーザーパルス装置」を「陽子発生器」に組み込んだ。
さらに購入していた水素ボンベを「陽子発生器」にセットした。
つまり、「陽子発生器」の中で、微量の水素は直ちに凍結し、超強度の「レーザーパルス装置」のレーザーパルスで裸の陽子に変化し、中古の「線形衝突加速器」である程度加速された後に、住菱電工の「開放型線形加速器」に投入され、加速され4次元物理空間の真空中に放出される。
放出された高速の陽子は、大きな曲線を描き、「開放型線形加速器」の反対側に到達し、さらに高速に加速される。
これを繰り返し、やがて光速に近づいていく。
そして「開放型線形加速器」から導き取り出され、「衝突装置」の中央部分で互いに反対方向に進む陽子同士が究極の1点で正面衝突し、ミニビッグバンと言って良い現象が発生する。
これを、「衝突検出器」で検出し量子コンピュータで解析し観察する事ができる。
全て埋め終わると、位置調整装置を使用して2つの開口型加速器から飛び出す素粒子の衝突位置を調整し始めた。
サンがPCタブレットの3Dモニターのアイコンをタップすると、3Dモニターが空中に出現し、量子コンピュータが、空間に大きな薄いブルーの広い円を描いた。中央部は、白い円になっている。手前にそれより少し小さなピンクの幅の広い円がずれて浮いていた。
ブルーの円は予定の衝突位置を表し、ピンクの円は実際の素粒子の衝突位置を表していた。
サンが、位置調整装置を動かすと、ピンクの円がブルーの中央の円まで移動し、さらにピンクの円が小さくなっていった。
極限までピンクの円を小さくすると、ブルーの円が小さくなっていった。
そして、また最初の大きなブルーの幅の広い円を描いた。手前にそれより小さなピンクの幅の広い円が少しずれて浮ぶ状態に戻った。
この一連の操作で、1億分の1の精度が向上した。
サンはこれを何度も繰り返した。
空間の位置決めは、1億分の1の、1億分の1の、1億分の1の...と向上した。
テストの為、陽子を発射し、加速器に誘導してみた。
加速器で加速された陽子は、一方の端から高次元空間に飛び出し、長大なループを一周して、加速器の一方の端に飛び込んできた。
ディスプレイに陽子がループする様子が緑色のビームのループとして表示された。
もう一つの加速器もテストしてみた。
ディスプレイに陽子がループする様子が黄色のビームのループとして表示された。
やがて、サンはテストを中止した。
これ以上は、さらに長時間の微調整を繰り返していくしかなかった。
サンは、空間連結器を凍結モードにしてその日の作業を終了した。
翌日、住菱電工の技術者達が来た。
「神武さん、調整はいかがですか」
大垣が聞いた。
「システムは、多肢マニピュレーターで奥の部屋に格納しました。
ディスプレイで各装置の配置状況と動作が確認できます」
サンは、そう言って3Dディスプレイを起動した。
皆の目の前に巨大な画面が表示された。
開口型加速器が2本ほぼ水平に置かれ、他の機器は周りに配置されていた。
「昨日、基本的な動作調整は終わりました」
サンが言った。
技術者達は、こんな装置のシステムなど見たことも聞いたこともなかった。
大垣は、まともに動く代物とは思っていなかった。
「ちょっと動かしてみましょう」
「ええ、お願いします」
「バード、システムを起動。ピンクのビームだけを表示しろ」
空中に3Dでピンクのビームが表示され、微妙に揺れ動いていた。
「ビームを加速しろ」
ピンクのビームが絞られてきた。
どうも、ビームを加速しているらしい。
「まだ初期段階ですから、こんなものです。だがシステムは完璧です」
大垣は、早く帰ることにした。
「そうですか、何か問題があれば、メールか電話で連絡いただければ、速やかに対応します」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
大垣達は、サンのモノレールで帰っていった。
サンは、毎日陽子の衝突実験を行った。
次第に衝突の確率が向上していき、時々陽子の衝突も検出された。
冬が去り、また次の冬が来た。
陽子の衝突実験では、陽子に閉じ込められていたクォークやグルーオンがクォーク• グルーオン•プラズマとして解放されるのが確認された。
ビッグバンの時に近い2兆度のプラズマが噴出されていた。
しかしプラズマは斜めの方向に噴射されていた。完全な正面衝突では無かった。
平和19年1月4日、燦は、まだ18歳だった。
既に、ブレーンの研究を始めて3年半経過していた。
加速器が完成してからも1年以上たっていた。
サンは一心不乱に研究を続けていた。
何故ここまでサンを魅了するのか、サンにも分からなかった。
極微小のブレーン膜が、サンには、巨大な平面ないしは空間に感じられた。
2つの加速器で加速された進行方向が異なる陽子が連続的に極限の1点で衝突を起こすことができるようになっていた。
これは、量子コンピュータを使い膨大な演算を瞬時に行い陽子の軌道を調整し、陽子同士が衝突する空間位置を極限の一点に収斂させることができた為である。
そして、観測装置からの入力データを解析し、量子コンピュータで、3Dディスプレイに、5次元画像に変換し表示した。
サンは、その画像をさらに7次元画像として理解した。もちろん、量子コンピュータにもそのサポートを行わさせた。
サンは、このシステムを、高次元投影システムと呼んでいた。
実際には、サンはコンピュータで描き表現された映像を見ていた。映像そのものは実体ではない。しかし、実体に対応していることは確かだった。
最初は、微小空間の1点は、泡立つ空間として見えた。
毎日の精度を向上させる作業を続けていった。
ある日、サンが理解する泡立った微小空間の1点には、極微小のブレーン膜の一部らしきものが存在するとして認識された。それを、量子コンピュータによって、3Dディスプレイに浮かぶ画像を見た、サンの頭の中に平面(2次元)として、出現した。
それ以来、サンが観察する衝突微小空間の大きさは、しだいにプランク長の大きさに近づいていった。
そしてそれは今や、サンには巨大なブレーン膜として認識されていた。
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