第30話 死神(後編)
三日目の午後二時頃は、ランチタイムのにぎわいも鎮まって、静かな店内には、カウンターに涼音と蓮、それに、見習いのヒカリがいた。小池さんと海斗は、厨房で待機しているはずだ。
「しっかしまあ、涼音さんは変わらないっすね」
蓮が、ちょっとあきれたように言う。
「どういう意味?」
「ほら、前にデカフェを出したことがあるでしょ(※第1話)」
「ああ……確かにあのときも、こんな感じだった。ワンパターンね」
「それ、どういうお話ですか。長くかかるんだったら、また今度でかまいませんけど」
ヒカリが口をはさんだ。
「そんな複雑な話じゃないの。つまりね……」
涼音が説明しようとしたとき、ドアチャイムが鳴って、死神が入ってきた。
「いらっしゃいませー」
涼音が覚えている限り初めて、蓮が正しくあいさつした。
「カウンターへどうぞ」
死神は、眉をひそめながら、カウンター席へと付いた。すばやく蓮が、『三点セット』……水、おしぼり、メニューを持ってくる。
「どぞどぞ」
「君は店長の後継者かな」
「身長の高低差、ってほっといて下さい!」
「は?」
「すみません。蓮ちゃんは、ときどき不思議なことを言うんです……後継者は、こちらのヒカリちゃんがいい、と私は思っているんですが」
「わ、わたしっ?」
ヒカリがあわてたように言う。
「いいっすね、それ。自分も店長とかになるんじゃなく、一店員の方が、気楽っつーもんっすよ。考えないといけないことが、店長だったら激増しますもん」
「でも私……」
「あなたたちには、緊張感というものがないんですか」
死神が、さすがに耐えかねて、大声を上げた。
「緊張しかない、というぐらい、緊張しています。ただ、どうせ死ぬなら、湿っぽいふんいきではなく、明るく逝こう【いこう】と思ったんです」
「ふむ、それなら分からなくもありませんな」
死神は落ちついたようで、
「ただ、そんなに時間はありませんよ」
「大丈夫です。こちらも時間を稼ぐ気はありません」
涼音は言った。
「ただ、せっかくおいでなのですから、コーヒーを一杯いかがですか。私も失礼して、一杯いただきます。人生で最後のコーヒーです」
「まあ、いいでしょう。あなたの運命は、私が握っていることをお忘れなく」
「蓮ちゃん、コーヒーふたつ」
「かしこかしこまりましたかしこー」
蓮は、見た目は元気にのれんをくぐって厨房へと行った。
「ちょっと失礼しますね」
涼音はことわっておいて、振り向く。ハンドミラーに映っていたのは……。
「何か見えますか」
死神の問いに、涼音は微笑んで応えた。
「私の未来が見えます」
「未来とは大げさな。どうせ、あと一時間かそこらじゃありませんか」
「死神さんは、自信家なんですね。私が反撃できない、と思っているんでしょう」
「何か反撃を、思いついたんですか」
「内緒です」
にっこりと、涼音は微笑んだ。
……蓮がコーヒーを持って来た。
「あたたたたい……いや、これはボケではなく、ええと、あたたかか……」
「うん。『暖かい内にお召し上がり下さい』でしょう」
「ですです」
「なるほど。店長に推すには、やや頼りないですな」
「人間じゃないものに、言われても平気っすよ」
蓮はささやかな胸を張った。
「いや、経営者とは大変なものだ」
コーヒーをすすりながら、死神は言った。
「この前から考えているんですが……」
涼音は訊いてみた。
「死神さんは、会社で言えば重役なんですか。それとも、部課長クラスとか」
「そんなこと、どうでもいいでしょう」
死神はむっつりと応えた。
「ごめんなさい。訊いてはいけないことだとは思わなかったもので」
「……です」
「はい?」
「主任クラスですよ」
ふてくされたように、死神は声を上げた。
「ええ、そうです。死神の世界も、人間の世界と変わらず、ひとつの会社みたいなもんなんです。平社員の内は、大きな仕事は任せてもらえません。命を落としてもいい人を探して、ひたすら歩くんです。……人間の世界では、最近は電話やメールで予約をとって、OKが出れば逢うことができるようですが、死神だ、と電話して、普通に信じて聴いてくれる人間がいると思いますか?」
「それは大変ですね」
涼音は、人間のビジネスマンに対するように同情を込めて言った。
「だから私も、大きな案件を探していて、涼音さん、あなたに出逢えたのですよ。絶対に、失敗は許されませんが、同時に、気持ちよく死んでいただきたいんですね。それがセールスマンシップというものです」
「そんな気配りができる『ひと』なら、死神になんかならないで、たとえば天使にでも転職できればいいのに……」
「大きなお世話ですよ」
死神は顔をしかめた。
「それならあなただって、喫茶店なんかやっていないで、弁護士にでもなればいいんです。私も、やみくもに標的を探しているわけじゃありません。新水涼音さん、あなたのことは、いろいろと知っているんです。……それに私も、この仕事が嫌い、というわけではないんですよ。もう、生きるのには疲れた、そろそろこの世に別れを告げたい。そういう人間を見つけたときは、一緒に同情しながら、胸が弾みますね。安らかに、この世と別れさせてあげるんですから。……この辺りでは、洋品店のシノさんなんかは、私を受け入れてくれそうです」
涼音は、どきん、とした。
「まさか、シノさんを……」
洋品店の店主・シノさんは、もう六十代後半の、優しいおばあさんだ。煮物など多く作ると、『作りすぎちゃったから、食べて』と持ってくる。お礼にカフェオレを持っていくこともある。ただ、間もなく店をたたんで、隠居するということだった。
けれど、もうだいぶ前に、たったひとりの家族だった娘さんをなくして、それからはすっかり弱気になっている。『早くお迎えが来ないかしら』、ということばが、冗談にきこえなくなったのは、いつからだっただろう……。
「ああ、あの『ひと』ね」
死神は軽くうなずいて、
「もちろん候補には入っていますよ。あなたを片づけたら、次はシノさんにしよう、と思っています。それも急ぎの用ですね。のんびりしていて、シノさんに病気や自殺などされては、私の仕事にはなりませんからねえ」
「ねえ、じゃねえ!」
蓮がキレた。
「あんたみたいなのをなあ、あんたみたいなのをなあ、ケダモノの皮をかぶった人間、って言うんだ!」
「蓮ちゃん、逆。それじゃ着ぐるみでしょ。だいたい、死神さんは人間じゃないし」
軽くツッコんでおいて、涼音は、死神に向き直った。
「そろそろですね」
「やっと、落ちついた……というところですかな」
死神は、にやり、として、
「それでは、儀式に入りましょう。あなたの願いを聴かせて下さい。三つまで」
「分かりました」
涼音は表情を引き締めた。
「一緒に来て下さい」
エプロンを脱ぐと、カウンターの奥に置くと、涼音はワンピースにジレ、コルクのサンダル、といういつもの姿になった。蓮の横を通るとき、ごく小さな声で、
「お願いね」
ささやくと、死神が付いてきているかも確かめずに、店を出た。
涼音が向かったのは、例の祠【ほこら】の裏に開いた、死神の洞穴だった。
「何をするつもりです?」
後をついてきた死神に、涼音は微笑んでみせた。
「私は、私にできることをします。……先導してくれないんですか。先に行かせると、何をするか分かりませんよ」
「まさか……ちょっと待って下さい」
あわてたように、死神は先に立って洞穴の階段を降りた。
洞穴の底に死神が降り立ったのを見計らって、まだ上の方の段にいる涼音は、大きく、鋭い声をかけた。
「私の願いの、ひとつ目です。これから私が……いいえ、私たちがあることをします。それが終わるまで、絶対に手を出さないで下さい。……いいですね」
「待て! 何をするつもりなんだ?」
死神の表情に、焦りの色が広がった。
「約束ですよ。破る気ですか」
「そこまでは……しかし……」
死神はひるんでいる。涼音は、振り向いて、叫んだ。
「みんな! お願い!」
……とたんにぶおおおん! という機械音が響いたかと思うと、激しい風が洞穴を襲った。同時に涼音は階段を駆け下りた。
「待て! そのバカげた風を止めろ!」
「業務用の、充電式送風機です。あなたはそれを止められない」
送風機は最新型のもので、ひとつひとつを、蓮たちが構えて降りてくる。
静かに点っていたロウソクの炎が、ちぎれそうに吹き散らされた。ひとつ、ふたつ……またたく間に、大変な数のロウソクが、消えてしまった。
「止めてくれ! そんなに急に、見境もなく命の火が消えてしまったら、俺はただじゃすまない。頼むから、……ああ、もう、間に合わない……」
死神は先頭にいたヒカリを捕まえようとつかみかかったが、工業の進歩とは怖ろしいもので、ヒカリの送風機に、手をかけることさえできなかった。
「俺の……俺のロウソクたち……俺の命たち……」
半泣きになりながら、死神は風をさえぎろうと、ムダな努力をする。しかし、風はそんなに生やさしいものではない。ごうごうという風と共に、いまや数え切れないロウソクが、消えていった。
「いま、地上では、大騒ぎでしょうね」
押し殺した声で、涼音は言った。
「運転中の人が死んだら、交通事故が起きるかも知れません。お医者さんが手術中に死んだら、患者さんもただでは済まないでしょう。それから……」
半ば勝利を確信していた涼音だったが……。
「うっ」
小池さんの声がした。ハッとして涼音が振り向くと、送風機を取り落として、小池さんが倒れたところだった。
「形勢逆転も、遠くはないな」
死神が、最後の悪あがきで、にやり、と笑う。たしかに、このまま続けていたら、みんなが──みんなのロウソクが、消えて……。
「ひいっ」
蓮が前のめりに倒れた。びっくりしたような顔の、表情が凍り付いている。
涼音は唇をかんで、小池さんの送風機を持ち上げた。階段を駆け下りて、狙いをつけていた、高い所にある太いロウソクに風を送った。一度はにやりとした死神の顔が、見る間に焦りの色になる。
「頼む! それだけは、それだけは!」
「これは私のロウソクですね。……消します」
涼音にも、微笑む余裕はなかった。
「これが消えたら、私は死にます。あなたは三つの願いをかなえられない。……こういう場合、どうなるんでしょうか」
「俺は……契約違反でひどい目に遭うんだ。だから、頼む、消さないでくれ!」
「それでは、ふたつ目のお願いを、聴いて下さい」
涼音は送風機を止めて、ロウソクの林を指差した。
「いま、私たちが消したロウソクを、いますぐすべて、私たちが入ってきたときの炎に戻して下さい。何もなかったことにする……それが二番目の願いです」
地の底を、這うようにして、まだ灯りの点っているロウソクの火を、消えたロウソクの芯に近づけて、ひとつでもふたつでも、火を元へ戻そうとしていた死神は、一瞬、何を言われたのか分からないようだった。
「そんな……こんなにたくさんの……」
「できませんか。できなかったら、私たちは相打ちにします。このまま続けていたら、私たちもみんな、死んでしまうでしょう。けれど、そのときあなたはどうなるのですか? 平気でいられるのですか?」
「へ、平気でなぞいられるわけがない……ああ、また消える……」
「では、いますぐ、元へ戻して下さい。いいですね」
「分かった。もう分かったから、そのふざけた風を止めてくれ!」
「ふざけたですって!」
「あ、いや、その……とにかく止めてくれ」
「海斗、ヒカリちゃん。スイッチを切って」
……風が止んだ。
這いつくばっていた死神は、ようやく立ち上がり、目の前を払うような動作を何回か、した。とたんに洞穴の中が、明るくなった。
涼音は約束が果たされているか、ロウソクの林を目で追ったが、もっと確かな証拠があった。倒れていた蓮と小池さんが立ち上がったのだ。
「ってー……ひどいっすよ、涼音さん。体罰っすよ。スパリゾート施設っすよ」
「ごめん何言ってるかちょっと分かんない」
「『スパルタ教育』と言いたいのでしょう」
小池さんは、何ごともなかったように、落ちついていた。
「これでいいだろう」
いまいましそうに言う死神は、まるで突然、主任から平社員に降格させられたかのように、元気がなかった。
「俺の人選ミスだ。お手上げだよ、新水涼音さん」
「何、『すべては終わった』感、出しているんですか」
厳しい表情で、涼音は今度こそ、最後になるはずの願いを口にした。
「最後のお願いです。私たちの、最後のひとりが洞穴を出たら、この洞穴の口をふさいで、二度と行き来ができないようにして下さい。……分かりましたね」
「それは……」
死神は何か言いかけたが、
「ああ、もういいや。俺が甘く見ていたんだ。負けは認めるよ。ただ、これだけは言っておく。俺は城隍神に負けたのであって、人間に負けたわけじゃない」
「……お好きなように」
涼音は冷たく応えた。
勝利、なんて感情はどこにもなかった。ただ、安心しただけだ。
これで、人びとは救われた……。
涼音たちが外の世界へ出ると、洞穴は形が薄れ、消えていった。
「これで終わりですか」
ヒカリがため息をついた。
「うん。死神でも、神様は神様。嘘はつかないよ」
「これからどうします」
蓮に訊かれて、涼音は応えた。
「とりあえず、リビングでひと息入れましょう」
言った後で、大事なことに気づいた。
「ごめんなさい。忘れていたことがあるの。先に行ってて」
みんなの後ろ姿を見送って、涼音もため息。祠【ほこら】の正面に向かった。
白木の扉を開けて、ご神体を取り出す。誰にも見られていないのを確かめると、紫のふくさを開いてみた。
中にはちゃんと、龍のうろこが隠されている。龍神様と涼音をつなぐ、それは大事なものだ。
「龍神様。お帰りだったんですね」
声をかけると、周りが突然、真っ暗になった。
……闇の中に、涼音は立っていた。
向こうから、よろいを着て、ひげをたくわえた龍神様がやってくる。
──無事か、涼音──
「はい。龍神様こそ、無事にお帰りなのですね」
──そのことなのだが──
龍神様は、少し困ったような顔をした。
──この度のことは、死神、それも下級の死神がしでかした茶番なのだ。気になるようなら、後で調べてみるが良い。人間がつぎつぎに死んでいるはずの時刻には、洞穴の外では、誰も死んでおらず、事故のようなことも起こっていない。すべては、死神の打った芝居なのだ──
「そうなんですか」
──驚いていないのか──
「つまり誰も、死んだりケガをしたりしていないのですよね? それならそれで、私がそういう力を持っている、と思い込んで何か愚行を働いたりしなければ、いいことだと思うのです」
応えた涼音はあれ? と思って、
「でも、龍神様。蓮ちゃんや小池さんは、一度、死にましたね。あれはどういうことなのでしょう。私の錯覚ですか」
──そこが死神の狡猾なところでな。お前にごく近しい者は、ほんとうに殺してみせたのだ──
「何のために?」
──お前が、ロウソクを消せば死ぬ、と強く信じさせるためだ。なぜなら涼音、それを信じたお前は、自らのロウソクを消せば死ぬ、と思い、やってみるであろう。さすれば(そうすれば)、お前はほんとうに死ぬはずなのだ──
「えっ。つまり私は、自分の思い込みで死ぬ、ということですか」
──いかにも──
涼音は、外がかなり寒いのに、いやな汗をかくのを感じて、ポケットのハンカチを握りしめた。自分が自分を殺すなんて……。
──奴は、たちの悪い死神だ。私も急に呼ばれたと思い、東の海へ行ってみたが、会議のようなものは、何もなかった。こう言うのも良くはないが、人間ではなく、神を騙してその隙に悪さをしよう、という神は、死神だろうが何だろうが、許しておくわけにはいかん。奴は未来永劫、闇の中をさまようことになるであろう──
「そうですか……」
まあ、それはそれで気の毒に思わないでもないが、神様の世界は厳しい。そこに半歩、踏み込んでいる涼音は、改めて、決意を固めねばと思った。
「しっかし、マジで心臓停まるかと思いましたよ」
『僕の森』のリビングで、蓮が笑った。
「いいえ、停まったのです」
小池さんが、冷静そうに言う。
「おかげで臨死体験というものができました。うれしくはありませんが、貴重な体験ではあります」
「今度、絵にしてみせて下さい」
ヒカリがわくわくしたように言った。
「リンス体験って、小池さん、いままではどうやって髪、洗ってたんですか。ヘアコンディショナー一本ですか」
「涼音さん。この人は、もう少し死なせておいた方がよかったんじゃないですか」
小池さんのことばに、涼音は生真面目に応えた。
「今度のことは、私の勝手な思いつきに、みんなを付き合わせただけじゃなく、命まで預かったんだから、いくら頭を下げても足りないぐらいよ。ほんとうに、みんな、どうもありがとう」
「それは、いいんだが……」
困ったように、海斗が言った。
「何? 閉店にしてたこと?」
「いや……送風機」
「うん。強力なのを揃えてくれたね。ありがとう」
「それはいいんだが、……これからどうする?」
「あ」
送風機が何台もある喫茶店。意味が分からない。
「ブログに書いてみます? 送風機が必要な人が読んで、引き取りたい、と言ってくれるとしたら」
小池さんが、微笑みを浮かべた。
「そんな人、いるでしょうか」
「ただの冗談です」
小池さんは、あっさりと応えた。
「あーっ!」
今度は蓮が声を上げた。
「大変なこと、忘れてました」
「……大変なこと? お店のこと?」
「そうじゃなくて、テラジマさんとの約束、忘れてました。すんません、ちょっと席外します。よくあやまどり……じゃない、謝っておかないと」
蓮はキッチンの方へ行って、スマホを取り出した。
涼音は、ため息をつきながら、それでも笑った。みんな、どうかしているぐらいに、日常だ。
それこそが、人間でいることの幸せだ、と思う。
そして深夜の、涼音の部屋には、きまりの悪そうな季里がいた。
「ごめんね、涼音ちゃん。だます気はなかった、……っていうか、私も軟禁状態だったの。死神のやることに口を出したら、お前も、って……それだけでもひどいのに、私の自由を奪っておいて、起こっていることを見せて」
「季里さんは、悪くありません」
涼音は首を振った。
「城隍神の立場を譲られたのは、私の意志です。だからこれは、私が自分で片づけなければならない仕事だったんです。そうでしょう?」
「それはそうなんだけれど……」
季里は、気が収まらないようすだ。
「これからも、こういうことが起きるかも知れないんでしょう? だったら、その度に季里さんに甘えて、弱い人間のふりをして責任逃れをするわけにはいきません。……私は、この街を護る役目なんですよね? だったら、ちゃんと護りたいんです。私にできることを、考えて、やってみたいんです。大丈夫です。いざとなったら龍神様もいらっしゃいますし」
「あの『ひと』も、分からない『ひと』だよね」
季里は首を振った。
「もっと大きな神社とか、住む所はいくらでもあるのに、なんでこんな小さな祠【ほこら】なんかに……」
言いかけて季里は、『あっ』と声を出さずに言った。
「どうしたんですか、季里さん」
涼音が訊くと、にっこりした。
「涼音ちゃんが気に入ったのかもね、龍神様は」
「……はあ」
「そういうのが分からないのも、あなたのいい所よ」
「何ですか、それ。教えて下さい」
「それはね……」
季里は、語り始めた。
その日の涼音のブログには、こんなことが書いてある。
二日ほど、ブログをサボってしまいました。『僕の森』店主の涼音です。
ほんとうに、申しわけありません。。。。
ちょっと、ひどい目に遭いました。
それこそ、『神様!』と言いたくなるような。
聴いた人は、笑い出すかも知れません。
私も、聴いただけなら、笑う。。。。でしょうか。
そういう、すっきりとしない、『事件』でした。
。。。。でも、皆さんには、関係ないですね。
とにかく、失礼しました。。。。
。。。あんまり、うまく書けませんね。ごめんなさい。
私は、神様ではなく、ひとりの人間として、
小さな幸せを、皆さんに届けられるかもしれません。
おいしいコーヒーと、古い音楽とで、
皆さんは、ほんのちょっと、幸せになれるかもしれません。
試してみたければ、一度、『僕の森』へおいで下さい。
長くなりましたね。。。。
きょうも『僕の森』は、営業しています。
ようこそ、おいで下さい。
。。。きょうが、きのうよりほんの少し、いい日でありますように。
(『死神』終わり)
【各話あとがき】ようやく前後編を書き上げました。
三つの願いと引き換えに魂をもらうのは、西洋の悪魔ですが、ここでは意図的に、死神(ちょっとネタバレですが、落語に『死神』という噺があって、こういう感じの噺なんです)とごっちゃにしたらどうなるかな、と思って、やってみました。いかがでしょう。
あれこれぶつぶつ言っている内に、いよいよ次回は最終回です。
『死神』で盛り上げたんだから、それでいいじゃないか、と思う方もいらっしゃるでしょうが、まあ、趣味の違いですね、たぶん。なければならない話ではないのかも知れませんが、私の考える連作の〆、というのはこういうものです。それでは、最終回で。
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