11.カーラ
カーラは先代国王の時代から宮中で仕えている古参の
現国王の母であったレナータ王妃付きとなって以来、国王については生まれたその日から面倒を見てきている。
だから人生に
その日も王の側近であるセヴラン卿を通じて、また王宮に入れる女の部屋を用意するように言われたとき、フンと鼻息も荒く、王の又従兄弟だとかいう胡散臭い男をギロリと睨みつけた。
「まったく。卿もいいかげん、陛下に
「
「相応しい方といっても、ああも次から次へと、古くなった
「残念ながら今までのご令嬢は、陛下にとって雑巾程度の価値しかなかったのでしょうね」
「あぁ、まったく! あなた達、男どもときたら!! 女をなんだと思っておいでです!?
「やれやれ。陛下への忠義に厚いマダム・カーラにも、とうとう
セヴランは老女官の
「今回の
「オルレア宮に?」
カーラは思わず聞き返した。
本宮殿から歩いて二十分ほどの距離の離宮は、元は先々代国王の
「どうした心境の変化です? あの離宮に召されるなど」
「特に意味はないですよ。ただ、今度来られるご令嬢は体が弱くていらっしゃるので、静かな環境のほうが良かろうと思われたのでしょう」
「…………」
カーラはピクピクと眉を動かして、探るように王の側近を見つめたが、年の割に
「令嬢の名前はエレーヌ・マーニャ・フラヴィニー。フラヴィニー伯爵の
カーラはセヴランの言った名前を聞いて、素早く頭の中で検索してみたが、思い当たる令嬢はいなかった。いずれにしろ今までと同じく愚かな夢を見て、ノコノコやって来るのであろう。こちらとしてはいつものように、それなりに準備するだけだ。
「かしこまりました。それで、そのご令嬢はいつ頃おみえになられるのです? 三日後ですか? 五日後ですか?」
「今日です」
セヴランがニッコリと答える。
カーラは聞き返した。
「今日?」
「はい、今日」
「今日……ということは、これからおみえになられる……と?」
「はい。陛下
「なんですって!?」
カーラはあわてて立ち上がると、目についた女官を引き連れて、大慌てでオルレア宮に向かった。それからてんやわんやでカーテンやら
案内された部屋に入ったエレーヌ嬢は、ひとまず窓際近くに配置したソファに腰を下ろすと、ふぅと溜息をついた。他の令嬢であればひとしきり部屋を見回して、やれカーテンの色は緑がいいだの、室内履きは
「あのぅ、よろしいでしょうか?」
おずおずと声をかけてくる。
さて、どんな不満が飛び出すのかと、カーラは身構えながら「なんでございましょう?」と、鹿爪らしく受け答えする。
「ここは
カーラはさっきも聞いた『背高さん』という言葉に、ヒクヒクッと頬を震わせた。
何度聞いても、
それでも古参女官はそう簡単に噴き出すことはしない。
それよりももっと重要なことは、目の前のご令嬢がいまだに自分が誰に連れてこられたのかをわかっていない、ということだ。
「失礼ながら、エレーヌ嬢。あなた様は、あなたを連れておいでの方について、ご存知でいらっしゃらないのですか?」
「えぇ……はい、まぁ……あまり」
物知らずな令嬢は、なんとも決まり悪そうに答える。
カーラはハァと溜息をついた。
いくらなんでも、世間知らずにも程がある。病弱だか何だか知らないが、フラヴィニー伯爵はもう少し妹の教育について熱心に
「よく知りもしない男に
カーラがあえて嫌味たらしく言うと、箱入り令嬢は少し考えてから、まるで謎かけを解くかのように問うてくる。
「
あぁ……! とカーラは内心で頭を抱えた。
これはまた、とんでもないご令嬢だ! わざとにそんなふうに世間知らずに振る舞っているのだとすれば、とんでもない悪女に違いない。
しかし……とカーラはもう一度、注意深く目の前の令嬢を観察した。いまだに落ち着かなげな様子からしても、どうやら本気で言っているらしい。
カーラはコホリと一つ咳払いして尋ねた。
「あの御方は、あなたにご自分の身分を明かしておられないのですか?」
「えぇ。教えてくれません。カーラさんはご存知でいらっしゃるのですよね? 教えていただけませんか?」
「あの御方がご自身で名乗られぬのでしたら、私からは申し上げられません」
カーラはすげなく答えてから、ピクピクと眉を動かし、ヒントを与えた。
「ですが、一応申し上げておきますと、近衛の騎士達の中には、確かに高貴なるご身分の子息方々が在籍しておられますが、離宮を
「…………じゃあ、ここは?」
「王宮の中の建物は、すべて国王陛下のものであり、かの方のご了承なしに立ち入ることは、
「…………」
ポカンと自分を見返してくる令嬢がだんだんと哀れに思えてきて、カーラがいっそ正解を教えようとしたところに、割って入ってきたのはセヴランだった。
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