第7話 事故物件に引っ越したら女の化け物が現れるので追い出してやった話 【7】


 電話をかけると、Zはすぐに出た。


『 はい、もしもし。』


『 ごめん、色々あってかけるの遅くなったわ。』


『 大丈夫か?』


『 大丈夫・・・ではないかな。』


 あったことをZに話した。するとやはり引っ越しを薦めてきた。それは分かっているがそうもいかない。

 そこで、何か他に対処法があれば試してみたいから教えてほしいと相談を持ち掛けると、いくつか教えてもらえた。

 まずは怖がらないこと。最初から無理・・・。怖がらないことはとても重要で、恐怖や不安などのネガティブな波長は、同じようにネガティブな波長を持つ霊が実際にいた場合に同調し何らかに影響するという。それらの波長を低いものだとすると、真逆の高い波長を保つことで避けれる場合があるのだとか。高い波長とは楽しんだりすることだと思うが、意図的に何とかなるものなのか。

 ただこれは実際に何もいなかった場合にも言えるかもしれない。事故物件だと聞かされ、言われてみれば何か現れそうな建物の雰囲気による視覚的なもの、更に両隣が空き部屋であるという心理的ものなど、いくつかの要素が重なって錯覚を起こしている可能性もある。物音も木の軋む音かもしれないし、臭いに関しては・・・僕の布団が臭いだけ。非通知の件は謎が残るが、怖いと思いながら生活をして怖い夢を見たんだと考えれば片付かなくもない。シミュラクラ現象のように、木目や壁のシミが顔に見えてしまえば以降はそれにしか見えないのと同じ。そう考えると心に余裕が持てる気がしてきた。


 それから、彼女でも作って夜だけでも泊まりに行ってみては? という提案。


 ナメてんのか。


 他には、夜だけ実家に帰れ。せめて昼間だけ実家に帰れ。つーか部屋を出て早く実家に帰れ。どれも無理なら実家に帰らなくていいから実家に帰れ。と、そんなのばっかりだ。

 

 冗談は抜きにして、Zによると勘違いではなく間違いなくいるからこのままでは本当に取り返しのつかないことになるそうだ。


 もう少しだけ様子を見ると告げて電話を切った。


 話をして少し元気が出てきた。怖い気持ちはあるが、科学的な目線で色々と検証してみたいという好奇心がそれを勝る。

 そしてアパートへ戻った。もちろん車を降りる前に汚れた上着は着た。

 部屋に入ると相変わらず不気味な雰囲気。外から帰ってくると一層重苦しく感じる。ひと息つく間もなく部屋中からラップ音が鳴り出した。無理にでも気持ちを落ち着かせようと、御守りを握り何度も何度も心の中で・・・。


  脱いじゃダメだ。脱いじゃダメだ。これは家鳴りだ!


 そう繰り返した。


 しばらくすると音は鳴り止んだ。しかし次の瞬間・・・。

 洗面台の方から水道の蛇口をキュッと捻る音が聞こえ、突然勢いよく水が出始めた。

 すぐに蛇口を元に戻し、いつでも脱げるようにズボンのファスナーを摘まんだ。


『 誰だ! 出ていけ! これ以上何かするとこの場で脱ぐぞ!』


 震える声で懸命に威嚇した。


 これは洒落にならない。気のせいでも何でもない。さすがにマズイ・・・ダメだ、脱ごう。

 と威嚇しておきながらその後まだ何も起きてないのに、とりあえず下だけ脱いでしまった。そのまま動きを止めると何かされそうで怖くなり、部屋の中の端から端を反復横跳びのようにサイドステップで行き来した。

 そんな動きをしていると、何故か恐怖心は薄れていく。恐怖<疲労という構図の影響だろう。極限まで疲れたことによって何もかもがどうでもいい・・・というか、休んで呼吸を整えたい気持ちでいっぱいだ。

 

 しかし足を止めると更なる恐怖が襲う。


 息を切らして座り込むとほぼ同時に、浴室から『ふふふっ』と、笑い声が聞こえた。間違いなくあの女だ。座ったまま後退りをしていると今度は耳元でも同じような笑い声。

 

 僕は発狂しそうになりそこから逃げ出した。恐ろしさのあまり上手に走ることも出来ず、ニ、三度は前のめりに転びながらも必死に玄関へ走った。もちろん脱いでしまった衣服は回収したのだが、履いてる余裕がなかったので抱えて逃げ出すことに・・・。死に物狂いの最中にもこれが凄く格好の悪いことだと感じた。ラブホで不貞を働いてる時にめっちゃ怖い人が入ってきて『人の女に何さらしとんじゃワレ!』と怒鳴られて逃げ出すのと同じ動きだ。そのまま玄関から外へ飛び出した。


 くそっ、何でこうなるんだ。いわく付き物件だからってここまで酷いものなのか・・・。

 そんなことを思いながら車へ乗り込みすぐに発進させた。これ程素早く乗り込んだと同時にエンジンをかけて車を出せるのは、きっとルパンとこの時の僕ぐらいだろう。


 あ、下履いてなかった。まぁいい。


 先程のコンビニへ向かい、道中震えながら車内で色々な事を考えた。耐えれそうにない。本当に引っ越したほうが良さそうだが、金もない。どうしよう・・・泊まりに行っても一時の気休めにしかならない。解決策も見つからないし、もう部屋に戻ることが恐怖で仕方ない。とりあえず怖すぎるから着いたらもう一度Zに電話してみよう。


 そしてコンビニに到着し車を停めるとすぐに下を履いた。


 電話をしようとポケットに手を入れると、Zからもらった御守りに触れたので取り出したのだが、それを見て目を疑った。


『 う、嘘だろ・・・。』


 御守りは茶色く変色していたのだ。開いて中を見てみると、ラップに包まれた茶色い液体が入っていて、それが外へ飛び出して表面の紙に染みてしまっていたのが分かる。今初めて中を見たが、渡されたときは確か、少し膨らんでいて中に砂のような石のようなものが入っていたと思う。

 

 

 まさかZの野郎・・・。


 


 うんこ入れやがったのか! だとしたら許さんぞ!!


 いや待て・・・そうか。うんこは不浄なものだから、悪霊のように同じく不浄な属性に効果があるというワケか。毒をもって毒を制すと同じ理屈ってことだ。これには納得出来たが、効果を得られず憤りを感じる。

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