第5話 事故物件に引っ越したら女の化け物が現れるので追い出してやった話 【5】
下の階101号室の前に立ち、ドアの横にあるボタンを押そうと人差し指を伸ばす。だが、緊張しすぎた僕の指は物凄く震えてターゲットが定まらず、ボタンの周りの壁をツンツンと押してしまう。壁ツンとはこの事をいうのか。
少し肩の力を抜いて、再び挑戦。今度は親指で勢いよく・・・スロットの7を揃える気持ちで押した。
しかし鳴らない。
普通に壊れていた。これは結構あるあるだ。仕方がないのでドアをノックしてみたが応答はない。何度か叩いて声をかけたがそれでも応答はない。もし、今この様子を後ろから撮影していた人がいたらと思うと・・・。
YouTubeにでもアップしといてください。
そして恐る恐るドアノブに手を掛けると、鍵はかかっておらず、ゆっくりとドアを開けた。
『 すみません・・・。』
すると廊下におばあさん、その後ろにおばあさん、そして奥の部屋から煙草を吸いながらこちらに歩いてきたおばあさん。間違っていたら失礼だが、何れも80歳は越えているであろう。
あの・・・どういう構成ですか?
そう聞きたかったが、それは本人らの自由だから触れることはない。煙草を吸ってるおばあさんは昨夜見かけた人か。
おばあさんら3人は、玄関に集まり何も言わずに僕の方を見ている・・・のだが視線が合わない。辿ってみると股間に向いていた。
『 あ、あぁこれ? すみません。』
僕はそっと玄関のドアを閉めて退散することにした。
それからすぐに隣の部屋を訪ねてみたのだが、ピンポンを押した瞬間にドアが開いた。
『 あの、こんな格好で突然すみません。実は今困っていま・・・。』
開いたドアの向こうから現れたのは、長い髪と髭を生やした仙人みたいな全裸のおじいさんだった。
『 ・・・。』
そこからしばらく沈黙。何とも言えない時間が流れた。
『 ・・・。』
目を合わせたまま、互いに視線を逸らすことなく、ただただ無言。
『 あーしたっ!!』
堪らずその場から逃げるように、また次の隣の部屋の前へ走った。
僕が去ると先程の仙人じいさんはすぐにドアを閉める。
今のは何だったんだ。向こうもそう思ったかもしれないが、あの仙人じいさんの落ち着きはただ者ではない。体からオーラが立ち込めているように感じた。同じように服を着ていない両者ではあるが、恐らく仙人は服を着ることをやめたに違いない。それは暑いからではなく、めんどくさいからでもない。
──あれこそが本来の生き物の姿を追求して出た答えだからだ。
我々は人間である以前に動物である。全ての生命は何も持たず何も身に付けずこの世に生を受ける。いつしか根付いた忌々しき知恵や感情が人間をその姿から遠ざけていった。結果、当たり前でないことが当たり前となり、在るべき姿を見失い相反を悪と呼ぶ。彼こそが、あの仙人じいさんこそがそれを極めた存在。神などではない、あの姿こそが人である。
恐怖のあまり脱いでしまった僕とは全く別の生き物だ。
※後日、当時の仙人じいさんは風呂上がりか何かでたまたま服を着ていなかっただけということが判明。尚、オールシーズンアロハシャツを着て自転車で30分以内の商業施設に出没していたことから、仙人アロハという愛称で地元では親しまれている。
藁にもすがる思いで最後のドアの前に立ち、深呼吸をして勢いよくボタンを押した。
キュイン!と鳴ったように聞こえたが、普通にピンポンと鳴ったかもしれない。
『 はい。』
ドアを開けたのは普通のおじいさんだった。今度は服を着ている。
僕は全裸のくせして多めに身振り手振りをしながら今の状況を説明し助けを求めた。
するとぶっきらぼうながらも話を聞いてくれたおじいさんは、部屋の奥にいる誰かを呼んだ。
『 っす。』
おじいさんに呼ばれて出てきたのは、バキバキに体を鍛えたようなマッチョ男。見た目のインパクトはなかなかのもので、坊主頭でウサギがプリントされたピンク色のタンクトップを装備し、目が大きくキラキラと輝いていた。もし似顔絵を描くなら少女漫画の作者が描いた方がしっくりきそうだ。おじいさんに関しては、めんど・・・特に特徴がないので割愛。
『 鍵がねぇから入れねぇんだと、手伝ってやれ。』
おじいさんが伝えると、マッチョ男は外に出てきた。まず最初に不動産屋に鍵を持ってきてもらおうと電話を借りたが繋がらない。
他の方法を考えようと建物の周りをぐるっと回った後、マッチョは僕が飛び降りた窓を見てその下で屈んだ。
『 あ、もしかして肩車ですか?』
『 っす。』
もちろん
しかしそうも言っていられず、肩車で侵入を試みた。マッチョに軽々と持ち上げてもらった僕は、これならいける! と手を伸ばした。
だが届かない。
『 すみません、このまま肩の上に立っていいですか?』
『 っす。』
っす。しか聞こえず良いのか悪いのか分からないが、そのまま立ち上がるが届かない。あともう少し・・・。
『 ダメだ。』
諦めて降ろしてもらおうと考えたその時、マッチョは僕の両足を掴み、そのまま重量挙げのように持ち上げた。今度こそいける! そして思い切りよじ登る。
『 ぐっ、ファイ・・・ト・・・。』
栄養ドリンクのCMのように無意識に漏れ出た僕の声に反応するようにマッチョは・・・。
『 っす!』
ちょっと強めの「っす」いただきました。このお陰で何とか部屋に戻ることに成功した。
そのまま玄関の鍵を開けてすぐにお礼を言いに走った。部屋に戻ろうとするマッチョを呼び止めて礼を言うと・・・。
『 っす。』
軽く頭を下げて帰っていった。本当に感謝しかない。今後はこうならないように考えて行動しよう。
あ、服着てなかった。
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