序章・ファンタジーの欠片が落ちた日   1

 黒髪の少女の名前はヒメヅル・アサアラシと言った。見た目は少女であるが、見た目通りの年齢をしておらず、彼女はこの星で生まれた中で一番の長寿であった。転送ゲートを造り出せるほど科学と化学が発展して神の真似事まで出来るようになった星には綺麗ごとだけがあるわけはなく、その裏側にはおぞましい欲望を追求した醜い一面も持っていた。

 その最たる一つがヒメヅル・アサアラシという少女であった。

 彼女が存在する前のこの星では進み過ぎた科学と化学は専門を細分化しつつ拡大し、応用できる知識を莫大に増やしている途中だった。しかし、科学と化学の進歩の停滞が顕著に表れた時。彼女を生み出す切っ掛けが生まれた。


 ――莫大に増やした知識を満遍なく利用するには何が必要か?


 当たり前だが、前提となる知識を理解して応用することである。しかし、いくら前提となる知識を最適化しても、コンピューターで知識の肩代わりをさせたとしても、人が覚えておかなくてはいけない最低限の基礎知識というものがある。


 ――そして、その基礎知識を覚え、身につけるものが増え続けると、どういうことが起こるのか?


 ヒメヅル達の星の人々は寿命という限界に行き当たった。

 つまり、基礎知識を理解する知識を溜め込む期間が膨大になり、知識を応用するまでの年数が長くなったのである。知識を利用して新しいものを作る時間の年数のバランスが利用する時間よりも溜め込む時間の方が多くなってしまったのである。また、知識を溜め込む時間が利用する時間よりも少なかったとしても、寿命という有限の時の中で知識を利用する時間は短くなっていったのである。

 他にも専門分野が多彩になったことも問題に拍車をかけていた。知識を細分化して専門分野を掘り下げることに成功しても、多くに分かれた専門分野を統括する人材が必要になったのである。優れた人間を充てることで補うことができた時期もあったが、進み過ぎた文明に寄り添える一握りの天才の数には限りがあり、その天才がいつまでも老いず死なずということはありえなかった。時が経つにつれ、統括することができる天才は数を減らし、やがて統括する人間の能力に合わせて現状を維持することになった。

 この理由から、この星の人々の進歩は停滞した。そして、そんな停滞から千年が経とうとしていた時だった。エルフという人と酷似した生物の化石が見つかったのは……。


 …


 エルフという生物は文明の進歩の停滞をすべて解決する遺伝子を持っていた。エルフの化石を解析すると不老不死に近い肉体構成、どれだけ長い時を生きても記憶するのに限界がない脳を持っていた。解析の過程で過去に同じ星に住んでいたエルフは遺伝子を人間に組み込みことが可能である生物だということも分かった。

 この解析結果から文明の進歩の停滞していた人々は、エルフという生物が文明の進歩を進める鍵になるのではないかと思い至った。

 そして、最初に始めたのが化石からエルフを復元することだった。観察用に特別区を設けて土地を与え、そこに化石から復元したエルフを解き放った。言語は自分達の使用している言語を定着させ、観察をした。その観察の結果、最初に復元したエルフの遺伝子は化石から採取した遺伝子と比べると遺伝子の強度として脆弱で安定せず、何世代かの世代替わりをして遺伝子を強化する必要があることが分かった。また、長寿のエルフ達は子孫を残して反映させることに積極的ではなく、気まぐれに近い感じで子供を作るということも分かった。

 この種族的傾向により世代替わりのサイクルは途方もない時間を要し、自分達の遺伝子に組み込めるほど強化されるまでには観察を始めて約四百年の月日が掛かった。


 …


 一方、エルフの遺伝子が強化されるまでの間、人々は何を行っていたのか?

 文明の進歩の停滞に悩んでいた人々は、ただ待っているだけということはなかった。エルフの遺伝子が強化されるその四百年の時は別の方向で文明を進めた。

 それはエルフという種族がある日、突然に何もないところから火を発生させ、風を起こし、水を湧かせ、大地を変形させ、当たり前のように日常の中で超常現象を取り入れて生活し始めたことが切っ掛けだった。

 火を熾す、風を起こす、水を湧かせる、大地を変形させる。これらの事象にエネルギーが必要なのは間違いなかった。


 ――では、エルフ達はこれらのエネルギーをどこから持ってきたのか?


 体内から生み出せる量のエネルギーではないことは明白だった。

 観察して分かったのは新たなエネルギーの発見。何もない“無”と思っていた空間にこそ、何の影響も受けていない純粋な力が存在しており、それは物質に変わる前の純粋なものだということが分かった。

 これにより人々は一つの解を導き出した。事象を遡り、宇宙が誕生する前に遡るとどうしても無というものに辿り着いてしまう。では、宇宙はどうやって出来たのか? 今立つこの大地は? 海は? 空気は? 今まで存在していた物質がどこから来たのかを教えてくれた。何もない無と思われていたものにこそ、何にでも変換できるものであった。

 そして、そこに干渉して扱える生物が存在した。エルフは無と呼ばれる力を制御して有を作り出す特殊な器官を持っていたのである。エルフをつぶさに観察し、異能力の発動時に無から有へ変換する時に特殊なエネルギーに変換していることが分かった。この器官は身体の臓器ではなく、無と呼ばれていたエネルギーで作られており、この純粋な力に触れる遺伝子が人間には存在しなかった。

 しかし、そこに気が付けば科学と化学に落とし込むことは出来ないことではなかった。エルフから異能力を発動する遺伝子を特定し、人間にも組み込むことを可能にした。そして、エルフでも扱え切れない無のエネルギーを取り込み、特殊なエネルギーへ変換する装置を造り出すことにも成功した。

 無のエネルギーを認識できるようになった人間は新たなエネルギーを得て、無から有を作り出すシステムを進化させ、装置を小型化していき、エネルギーの使用効率のパーセンテージをどんどん上げていった。そして、実用にこぎ着けた時、人々はこの新しいエネルギーを物語に出てくる不思議な力と同じ名前を与えた。

 即ちエネルギーのことを魔力、と。

 即ち発現した結果のことを魔法、と。

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