そして、それは彼女に受け継がれ……。 2nd
熊雑草
序章・ファンタジーの欠片が落ちた日 プロローグ
遠い遠い宇宙のとある星にてゲートと呼ばれる転送装置が起動した。
光の溢れるゲートから姿を現したのは光沢のあるぴったりと体に張り付くような黒いスーツを着た、腰まである長い黒髪の少女であった。少女の胸にはゲートの先にある現地の住人から託された二振りの双剣のレイピアが両手で抱きかかえられていた。
ゲートから戻った際の規定に従い、少女は双剣のレイピアを抱えながらゲートの次の部屋に設けられている一メートル四方のクリーンルームへ入ると、直後にクリーンルームの自動ドアが閉まり、空気が外部へ漏れないようにドアの隙間を密着してドアを圧着する音が響いた。
少女は双剣のレイピアを壁にめり込む形で備え付けられた検査用のボックスへ収納して検査開始のスイッチを押すと、ボックスは金属製の扉が隙間を密着して圧着する音とともに閉まった。
(今回、訪れた世界は以前に滅んでしまった世界と同じ構成で創られていた。もし、私が滅んだ世界と同じ原因の病原菌に感染していたら、病原菌を滅菌する投薬と隔離で、数日の間、閉じ込められることを覚悟しないといけませんね)
暫くすると少女の着るスーツとクリーンルームの機械がリンクし始め、少女の周りを次々と身体を検査する機械やアームが覆っていった。クリーンルームでは次々と少女から抽出したサンプルがデータとしてまとめられ、ゲートを通って別世界へ旅立つ前の少女の状態と細胞単位で比較し、差分のあった箇所をコンピューターがチェックしていく。
数分の待ち時間のあと、電子音と共に少女の眼前にウィンドウが浮かび上がって検査結果が表示された。
「……え?」
思わず声を漏らした少女は検査結果に眉根を歪める。
「何の異常もない……? それどころか、肺に入っていた空気の構成さえも、こちらとまるで変わらないなんて……」
そんなことがあり得るのか?
それはあまりに異常なことだった。過去に五回、同じ構成で創られた世界では同じ病原菌が発生して世界を滅ぼしていた。つまり、少女が訪れた世界には世界を滅ぼした病原菌が発生するのに適した条件の痕跡が少しでも残っているはずであった。
しかし、それが少女の体から発見できなかったのである。
「こんなことがあるはずは……」
訪れた世界は現在も多くの人々が生存しており、過去に滅んだ世界よりも長い時間の営みがあった。しかし、病気の原因である病原菌を科学と化学で駆逐するほどの文明は備わっていなかった。
それなのに……。
――同じ構成で同じ環境の別世界で100%の確率で発生した病原菌が訪れた世界だけ発生しないなど、あり得るのか?
少女は首を振る。
「私の知る限り、時間的な誤差があるにしろ病原菌は必ず発生する。発生しないにしても、病原菌が生まれるのに適した条件の痕跡がどこかに残っていた。だから、私は病原菌に感染することを覚悟して、その世界を訪れたのに……」
検査結果から病原菌への対策を特定し、自分達のいる星と何ら変わらない世界に修正するつもりであった。病気にならないことは喜ばしいことだが、必ず見つかるものが見つからないというのは気持ちの悪いものだった。
『では、これから発生するのか?』と、少女は自分へ問うが、自分達の世界と変わらない影響しか身体に与えていないと分かった以上、病原菌が発生する条件など訪れた世界には発生していなかったというのが自然な考えだ。
少女は天井を見上げて大きく息を吐き出す。
「もう直ぐこの星を離れるというのに、ここで新たな問題が発生するとは……」
思わぬところから生まれた不安の種は少女の胸に小さな不安を残した。
(ここで考えていても仕方がありませんね)
検査の終わった双剣のレイピアを取り出すため、少女は検査ボックスの開閉ボタンを押した。金属製の扉が開き、中から双剣のレイピアを取り出すと左手に抱える。
次に少女は徐に右手を突き出して魔力を集中させると、特権で彼女に与えられた亜空間を開くため、亜空間の座標と亜空間を開くための魔法の暗号化による鍵を精製する。そして、鍵により亜空間に固定された扉を開くと、検査の終わった双剣のレイピアを亜空間へ収納した。
「刃物を持って歩き回るわけにはいけませんからね。一時的な処置として、ここに保管しておきましょう」
少女は亜空間への扉を施錠して閉じ、訪れた世界で起きた事象と過去にあった世界との差異をどのようの調査をするべきか、と溜息を吐いてクリーンルームを後にした。
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