序章・ファンタジーの欠片が落ちた日 2
エルフの化石が見つかってから七百年後――。
命をいたずらに生み出す倫理的に問題のある行為と分かっていても、進歩の停滞とを天秤に掛けて人々は罪を重ねて突き進み続けていた。
遂にエルフの遺伝子を人間に組み込む日を迎えることになった、その日。
エルフから副次的に齎された無のエネルギーを変換した魔力と魔法を行使する装置を使用し、いくつもの実験場となる世界を創り出し、寿命に関する遺伝子と魔法を扱える遺伝子を獲得するため、人間とエルフの遺伝子を組み込んだ新しい人類を実験場へ解き放ったのである。
そして、そんな倫理的に道を外した者達ではあったが、最後の良心だけはまだ残していた。
創り出した世界に対して次のことは絶対に守ることが義務付けられた。
――観察対象の世界の人々には一切手を出さないこと。
――観察して得られるものが揃ったら、実験場の管理者は速やかに実験場から立ち去ること。
――管理者の手から離れた実験場は時間を掛けて平面世界から星となり、その星は実験場に住まう生き物達のものとすること。
…
エルフの化石が見つかってから千年後――。
寿命延ばす遺伝子を組み込んだ人間を観察する実験場。
魔法を扱う遺伝子を組み込んだ人間を観察する実験場。
魔法を扱う遺伝子を組み込み、かつ、寿命延ばす遺伝子を組み込んだ人間を観察する実験場。
様々な条件の世界が創られ、最初の実験場を創ってから三百年ほどで、予定していた寿命を克服するサンプルと魔法を扱う適正のサンプルはほぼ集まった。様々な遺伝子パターンを組み込んだ平面世界の実験場は、すべての実験のサンプルデータを獲得するまでに最終的には四百七十五個の世界を創り出すことになった。そして、最初の自分達の世界の人間としてエルフの遺伝子を組み込んで生み出された三人の中にヒメヅル・アサアラシが含まれていた。
…
そして、それから幾千年の時が流れた……。
エルフの遺伝子を組み込まれた最初の三人の中で現代まで生き残っているのは、もうヒメヅルしか存在しない。確かに人間はエルフと同等の魔法を扱う適正と寿命を手に入れたはずだったが、一緒に生まれた二人は同じ時を過ごせずに周りの知り合いが死んでいくことに耐え切れず、自ら命を絶ってしまった。遺伝子的に寿命を克服できても、人間としての精神では自分だけが取り残されて死ねないという現実に耐えられなくなったのである。
――何故、エルフ達が子孫を残して反映させることに積極的ではなく、世代替わりのサイクルが短いのか?
それは長寿であるからこそ、死を見る機会が多いのを本能的に知っていたからだった。同じ種族で同じ寿命を持つエルフの死はほとんどが病死であり、長い寿命との付き合い方も遺伝子に沁みついていた。
しかし、人間はそうではない。欲求が強く、子孫を残すのに積極的で、死という概念に関してはエルフに比べてあまりに未熟だった。この問題は組み込んだ遺伝子がすべて同じ人間の実験場では見られず、都合のいいところだけを採取しようとした、この星の人間にのみ起きた問題だった。
この事例から必ずしも長寿が幸せではないことを悟り、人々は文明の進歩の停滞を招かない程度の寿命の設定として、以降の人間の寿命は三百~五百年という規則を設けられた。
…
この時から生き残ったヒメヅルは、人間をベースにしたエルフの寿命と魔法を扱う適正を兼ね備えているが、いつ死ぬか分からないという人間となった。
そして、ヒメヅルを少女の姿のままにして何千年もの時間が過ぎ、ヒメヅルは死者を幾度となく見送り、新しい知識を詰め込み、文明の進歩のために身を捧げ続け、もう直ぐ星の終わりを迎えるという日が近づいても、ヒメヅルには寿命の終わりというものが訪れる気配はなかったのである。
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