第7話 曖昧になった記憶
僕はある紙切れを凝視する。
数日前、イルムを一体捕獲し、なんとか家まで持ち帰って研究材料にすることが出来た。
今はアイドが腰を痛めて数日間外に出られなさそうなので、食材の買い出しついでに彼から渡された治療薬開発に必要な材料の調達も済ませる。
新居からフリューレ王国の市場は残念ながらかなり遠く、片道二時間は面白味のない道を一直線に歩き続けた。
やっとこさして街に着いたが、今僕は窮地の状況に立たされている。
街といえば人、そう人だかりだ。
幸いにも、ここの国民は金や茶、赤などあまり見ないような髪色、目の色をしているために自分のこの外見を嫌らしく思う人は少なく見える。
ただ、最近住み始めた移住民なだけあってか、あれ、こんな人いたっけ?みたいな顔をしている人がちらほら見受けられた。
案の定、お使い先の店で長話を強いられたが皆良い人達で友好的に接してくれた。
アイドから頼まれた薬品を風呂敷の中に詰め、買った食材を頑丈な籠に入れる。
すっかり重くなり、体力と時間を気にしながら市場を引き返す。
「何これ……この瓶重すぎるんだけど。かといって雑に扱っちゃいけないし」
疲れた足を引きずらせて歩いていく。
すると、貸すんだ視界に一瞬だけ通りすぎていく子供を見た気がした。
自分の背丈よりも小さい、幼女を。
僕は彼女が走った方向___古い家々の隙間である路地裏に目を向けた。
そこには一人ぽつんと自分と同じ銀の髪をした女の子が立ち尽くしていた。
後ろ姿ではあるが、何かを隠しているように感じる。
と、僕の記憶から船に乗るあの日の出来事を思い出した。
路地裏は薄暗い為に危険が沢山あること。
緊張しながらも、呼び止めようと声をかける。
「ね、ねえ君……」
声をかけた途端、僕がいることに驚いたのか、幼女は飛び上がるようにこちらを振り返り、その青い瞳を見開いている。
振り返った時に彼女が手の中で大切に持っていたのは海のように深い青の宝石。
その大きさ、形はどちらかというと原石、結晶と言い換えた方が妥当だ。
白くて金色の装飾が入った物珍しい衣服はどこか江戸でも見た女性の着物と共通する箇所があり、異国であることを思い知らされた気がした。
彼女はどこの誰なのだろうか。
しかし幼女は僕がもう一度見る間もなくそこにはいなかった。
小さく華奢な足跡も不可解にも路地裏の途中で途切れている。
僕は行方が気になってしょうがなく路地裏へと足を運ばせた。
「……えっ、馬車?」
そこに彼女の姿はなく、代わりに馬二匹を縄で繋いだ馬車が止まっていた。
商人が使っている訳でも無さそうで、荷物も何一つ置かれていない、
場所も山奥のような茂みで通った路地裏も抹消されていたのだった。
「行き先は?」
馬車に人がいる気配は皆無だったが、落ち着いた低い男性の声がした。
乗せてくれるのなら有難いが怪しむこと以外の何があるだろうか。
暫く黙っていると、目の端に先程の女児が映り込んでいた。
「うわっ!?」
「やはり汝(うぬ)には妾が見えておるようじゃの」
端正な気の強い顔立ちがにゅっと額と額を合わせて近づいてくる。
「行き先を言え。これは汝への褒美じゃ」
大分傲慢な態度を子供ながらにしているが、この国の姫であるのだろうか。
例え下手に叱っても、もし彼女が国の本物の貴族だったりしたらあまりにも分が悪い。
僕はただ言われるがままに家の住所と番地を伝えた。
「そうか。では、このことは記憶から消す。次に目を覚ました時には家に着いているだろう。荷物ごとな」
そう言われた瞬間、突如として視界が白くぼやけ始める。
決して眠くなったりしている気はしない。
ただ強制的に頭の中がぐにゃぐにゃになって________。
「実就?」
気づけば僕はいつものベッドに横たわっていた。
おかしい。
食料調達と薬品購入のために二時間かけて市場に行って帰るはず。
あれ、夢だったっけ?
しかし姉が持っている風呂敷を見て、事象が現実であることに気が付いた。
ならばどうやって僕は家まで?
何故寝ている?
何があった?
全てが思い出せない。
まるで何重にも南京錠が鎖と共に脳みそに掛けられて封印されているかのように。
「お前はいつ帰ってきて何故寝ている??訳が分からないが___まあ、早かったな。昼飯を作ってくれ。間に合わなくなるぞ」
僕は欠落されていたかも存在していたかも不確かな旅路の記憶を放り投げたのだった。
「___よし、できた。試作品一号だ。二人が異常に早くイルムを捕まえてくれたお陰で質の良いものができたよ。これだけでは完治できるとは限らないが試しに飲んでみてくれ」
手際だけは早い男だ。
弟がいつ頃か帰ってきて、机に置かれていた風呂敷の中の重たい薬品を慎重に計っては専用の容器に移していた。
実就の絶品料理を食べ、その後もアイドは私の弟の為に試行錯誤をしていたようだが、夕方になってようやく完成したようだ。
因みにイルムは肉同士がくっついて再生しないよう気をつけつつ、木っ端微塵に切り刻んで薬品に溶かしていた。
飲むのは私ではないが、奇妙な生物の肉入りであり、生命に関わるこの瞬間を見逃す訳には行かない。
唾を飲んだ弟は恐る恐る長細い透明な容器一杯に入った黒い濁った液体を手に取った。
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