第6話 イルム捕獲大作戦

日が昇り始めた頃と共に目が覚め、布団、いやベッドから出る。

「凄い……肩凝りと腰痛が和らいだ」

ただ疲れを取るためだけに寝たはず。不快感を一切感じさせないこの寝床は疲労どころか節々の痛みを軽減し、更には活力まで湧いてきた。

(この国は家具にも魔法がかけられているのか?庶民も中々に満足した暮らしを送れているのだろうな。江戸の栄えが馬鹿みたいに感じてくる)

覚醒した頭をそんなことに費やしながら、私は朝食の準備をする。

昨日同様既視感のある食物と全くもって見覚えのない食材が混合しているため、戸棚にあった料理法を元に各食材の特徴や味を確認し、何とかいつも食べているような料理が完成した。

米は存在せず、パンと呼ばれる柔らかい小麦が原料の主食はそのままだが、材料の異なる味噌汁と焼き魚を作れた。

味見もしたが、抵抗なく食べられた。

魚もそこら辺で売られている鯖のような美味しい味だ。

ジャビアという魚の固有名詞を聞いたときは毒を持っているようなおぞましい何かかと危惧していたが、案外そうでもなかった。

「ねぇちゃん……おはよ」

甘ったるい声で呻く弟に朝食を出す。

見た目も抵抗無いように調味料で誤魔化したから難なく食せるだろう。

「すっごい美味しい!」

いつもより質の高い料理を出せただろうか。

今日からアイドの頼みもとい実就のための大切な支度をすることとなるが、ここまで明確で、闇雲に感じて意外にも信頼性のある仕事に腕が鳴る。

一刻も早く動きたいところだが、当の本人は遅起きなのだろうか。

ただの凡人なら叩いてでも起こすが恩に甘んじて放っておこう。

多分発熱魔法とかよく知らないが勝手に料理を温めて食べてそうだから特段心配しなくても大丈夫だな。

さて、その辺の雑草でも刈って掃除するか。

私は朝焼けの中日本刀を取り出した。






「別に私の料理が口に合わないのなら残して頂いて構わない。ただ無理だけはしないでくれ」

事の発端はアイドが私が作った焼き魚と味噌汁各々を口に入れた瞬間勢いよく吹き出し噎せたことだった。

ここまで証拠が揃っているのなら誤嚥だったでは済まされない。

青ざめた様子のアイドが青ざめた顔をして言い訳をした。

「今のは誤嚥性肺炎で気管に食べ物が入って___」

「配慮はいいんで食べなくて結構です」

「いや!本当なんだって!ああ弟くんに聞けばいいんじゃないかい?実就くん、君はお姉さんの料理はどう思う?」

曖昧な質問に実就が純粋に考え込み、答えた。

「姉さんの料理の味のことですか?美味しいですよ!」

私の体の力が抜けた。

「ほら、君の弟は誉めているではないか!私だって不味かった訳ではないのだよ」

確かに実就に長年食べさせていた物を否定されたらこれまでに無い程に傷つくし生きる意義としての一部を失うだろう。

だから美味しいと一言言ってくれただけで正直とても嬉しい。

今ここで拳を握りしめて勝ち誇ったように天高く突き上げたいくらいだ。

(でもまあ________)

「好き嫌いもあるでしょうし異文化間での味の好みとかもあるので捨ててもらって結構です」

「そういうことじゃない!!」

アイドの声が街に大きく響いたのだった。





「こちら南門前、姿は見受けられない」

アイドから渡されたトランシーバーという便利な通信機能を使ってイルムの数と動きを把握する。

朝食の騒ぎが起きたあの後、弟も合わせて三人で打ち合わせをした。

夜行性の生物イルムとやらは昼間に起きていても過度に動くことはない。そのため日が沈むまではその場でじっとしていることが多いという。

今日はアイドの所有する山の一角、彼が経営する国の農業を担う大企業のタホシリマと名付けられた場所で昼間から偵察が始まった。

私はタホシリマの建物南門側、弟が自然に面する北門側、アイドが施設内の畑に目を張り巡らせて見張りをする。

試しに持ち帰れないか背中に背負った籠に無理矢理イルムを詰め込もうとしたが、脂肪しかないような肉で手が滑って溢れ落ちる不思議な体であることとこの国では神聖な生物として崇められているため人の目を気にして捕獲は不可能だった。

労働終了の鐘がなり、働いていた人々は一斉に山を下っていく。

「北門前、三匹……っ、動き出した!」

「直ぐに向かおう」

「ああ、私も早急に行く」

雑音が混じる通信機器を片手に私は走り出した。

南門まではそう遠くはない。

愛刀を構えていま映っている視界に集中する。

「いた!」

斜面を下った先に、毬のように跳ねるイルムを見つける。

兎のような長い耳、一見可愛らしい目と笑っているような口といった姿でありながら尋常じゃない瞬発力に私は目を疑う。

直ぐ様刀を引き抜き、刃をイルムに突き刺す。

しかし、アイドが言うからには簡単に仕留められない。

餅の如くぷにぷにしていてそれ故にいくら刺しても切っても傷つくことはないのだ。

というか__________

(不老不死ならいくら葬ったところで痛くも痒くもないのでは?)

「おいアイド!こいつら不死身なら刀や鉈で切り付けたところで効かないんじゃないか!?」

「だからあくまでも捕獲なんだ。因みにこっちはイルムが天高く跳ね上がって諦めかけてます」

私の脳裏でイルム三匹が玩具のように月まで勢い良く消えていく想像がついた。

兎ですら二人がかりでなら仕留められるのに何故こいつの奇妙な動きにはお手上げという虚無感が心の底から湧いてくるのだろうか。

やけくそになった私は力一杯高速で刀を振って奴の体を何度も刺しまくった。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

「……ん?」

何か違和感を覚え___気づいた。

こいつ、避けているのではない。

全身を切り刻まれながらも肉体が元に戻っているのだ。試しにぽよんぽよんと五月蝿く動くイルムを刀で刺して、傷口が自分に見えるように手前に引いてみた。

すると、やはり血すら出ない開いた傷口が覆われ___微塵も痕が残っていなかった。

「どうなってるんだ!?」

未知の生物に出会った人の心情が何となく分かった気がした。

そして、肉体が再生されたイルムはアイドの言うように空高く跳ねた。

忍者でもこんなに非現実的な動きではない。

もう捕獲するのは無理だろうか。

「____?」

重力を含んで高速で落ちていくイルムを下から見て、巾着を絞めたような形状をした体の穴を見つける。

そこだけは生命体と感じられる要素が含まれていた。

「肛門か?なら刺せば臓器の一つや二つ出せるか?」

即興でタホシリマの本部の建物の屋根に登り、月明かりに照らされた白い形姿を睨み付ける。

(今だ!)

黒い袴で大きく夕闇の空を駆け、肛門目掛けて突き刺す。

しかし、私の予想を遥かに上回るイルムに驚愕の表情をする。

小さな穴が気色悪い音を立てて大きく開いた。

そしてそのまま真下にいる私の頭にすっぽりとはまる。

「……は?」

因みに丸呑みされる瞬間、あれは肛門ではなく口であることが判明した。

なぜなら口内に四方八方、針のような鋭い歯が羅列していたから。

尚、今はそれらが顔面に触れてとんでもなく痛い。

視界が見えない時に変に暴れても自分が怪我する可能性が高いので下手に動けないのである。

「姉さん!そっちに一匹逃げて……姉さん?」

なんてことだ。

私は人生で一番恥を晒される瞬間に直面している。

恐らく弟から見た私はきれいに頭だけが間抜けたイルムの首になっているのだろう。

想像するだけで笑ってしまいそうだが、少し頭をずらしただけてイルムの歯が刺さりそうだからそれはそれで辛い現状だ。

「あぁ……姉さん……」

弟よ。こんな出来損ないの姉を捨てて別のを捕獲してくれ。

しかし弟の行動はさらに上を行く程に常軌を逸していた。

「うおおおおおおお!!姉さんに無礼極まりないことをおお!死ね!!」

一体彼の体のどこからそんな大声が出るというのだろうか。

いつも人を甚振るように殺傷を繰り返していた彼だが、発狂されても別の意味で心配だ。

育て方を間違えただろうか。

鉈の刃は目に見えない速さで私の頭上ギリギリを掠る。

流石の技量にイルムの再生力も追い付かず、真っ二つになったそれは私の頭から外れて阿鼻叫喚の甲高い悲鳴を上げていた。

「今のうちに籠に入れるぞ。実就は上部を、私は下部を。再生されると厄介だからな」

「分かった。正直ここまで手こずるなんて思わなかったよ。社会の塵を片付けるよりも窮地に立たされた気がする」

アイドが言っていたように暗殺者の我々でもここまで大変だとは思わなかった。

とはいえ、一匹確保できたから上々だ。

イルムのこの治癒力が実就の命綱となるならば頭部を食べられたところでどうってこともないのである。

さて、あの人は一体全体何処へ?

「ところでアイドは?」

「うーん、あまり見てないかも」

その直後、壮年の情けない悲鳴が聞こえたのは驚きもしないことであったのだった。

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