第5話 新居
「僕の病気を治してください!」
知らない国の旗がはためき、鳥が悠々と空を飛ぶ中、僕は懇願し、名一杯の声を出した。
自分がもう長くないことも分かっている。
今までの人生からして、僕は大抵の人に嫌われる外見で、尚且抗えるような勇気もない。
でも、この人なら信用できる気がした。
手紙の宛先が本人だからという訳でもない。
宛名が同姓同名の別人という可能性だってあるが、決め手はそこでもないのだ。
人の顔色ばかり見て臆病ながらに送ってきた十二年間の己の感がこの人にだけ不信感を持たなかった。
着物一枚で白髪で紫色の目をしたこの醜い顔を曝け出した今の状態でもあの人は動じず、それどころか明るく話しかけてきた。
そして一目で僕のことを病持ちと判別し、互いに不利のない取引を持ちかけて来たのだ。
もし、彼がこの条件に値するようなとんでもないことを企んでいるのだとしても、残りは短いのだからと悔やむこともないだろう。
「そうかい……なら交渉成立だ。私も精一杯を尽くして治療法を見つけよう。よろしく頼む」
健康的な肌色をした彼が握手の手を差し伸べてきた。
僕は笑顔で手を握った。
町並みはやはり日本とは何もかもが異なる。
地面は石が敷き詰められていて石畳と言うらしいが、江戸の砂利を含んだ土よりも随分と整備されていて美しい。
住居も各区画ごとに一定の件数で建てられているように見えた。
主要の道路から分岐するように集落のような場所が設けられていて、比較的狭い空間に複数の部落が存在しているといったところだろうか。
暫くアイドの家に向けて三人で道を歩いているが、お互い中々話を切り出せない。
まず、彼に無礼を欠いた私として最優先にすることはただ一つ。
「あの、先程はすみませんでした。てっきり弟に何か危害を加えるのだろうかと早とちりしてしまいまして……」
私はそう呟いて静かに俯いた。
きっと今の私は暗く沈んだ顔をしているのだろう。
そんな私の気持ちを一掃するように、アイドの軽やかな笑いが飛んだ。
「いや、あれは正直僕も初対面の少年少女に軽率に近づいて反省しているよ。君が弟を守るためにとった行動は正しい」
少女という単語が心のどこかで引っかかったが、忘れることとした。
「それにしても、弟君は珍しい外見……いや、含みではないのだが、何とも可愛らしいというか端整で綺麗というか素敵な子だな。病さえなければ完璧なのになあ」
態々親身になってくれている。
当の本人はというと、褒められ慣れていないため頬を真っ赤に染めて照れていた。
元々白い肌だから尚更林檎のようになっている。
「さ、ここが今日から二人の家だ。大きいだけの古い家だが許してくれ」
近隣に建った家々よりも圧倒的にそびえ立つそれは、家と言うよりかは小さな城そのものだった。
木製の開き戸から入ると、二階まで吹き抜けとなった開放感ある空間がそこに広がっていた。
部屋の四隅に埃や蜘蛛の巣が張っているが、ここまで広いのなら仕方無いだろう。
二階の右端の二部屋をそれぞれ使わせてくれるとのことだ。
一部屋あたりも相当空間があり、少し前まで住居としていた壊れかけのボロい小屋と同じくらいの面積である。
各部屋には西洋風の寝床と机が設置され、私達が住むにあたって洗浄魔法で汚れ一つなくしてくれた。
一通りの部屋の説明と、三日毎に変わる掃除・料理当番とやらを決め、私特製の夕食を提供後、この国での初日は終わった。
就寝前に暗くなった部屋をアイドがまた何らかの魔法で灯りを生み出して照らし、私と実就を一階のテーブル前に招いた。
「早速で悪いが、二人には実就くんの治療のため、新薬製作の協力をして貰いたい」
「新薬って、もう何かが分かったというのですか?」
あり得ない、という意味も込めて私が聞き返す。
まだ半日も過ごしていない彼が、奇病とも揶揄され、治療法は無いと幾つもの医師から断言された先天性の病気の手掛かりを掴んだとでもいうのだろうか。
「かつて私の近所に生まれつき銀髪で、赤い目を持った弱視の少年がいた。心優しい少年で、毎日家に招いて遊んでいたものだったが、ある日少しの間外に出た彼は見知らぬ男に銃で射殺された。その男は十中八九彼の見た目を偏見の目で見た結果人と判断出来ずに殺したのだ。だから、私は実就くんの思いに同情するし、頼りになりたいんだ。それが第一に私が加担する理由なのだが、魔法の一種に治癒魔法と呼ばれる生物の生命を支えてくれる魔法がある。魔法を一から作ることは簡単では無いのだが、その第一段階として二人にして欲しいことがある。それは、この共和国に古くから住み着く不老不死の謎多き生物、イルムを複数匹捕まえて欲しいのだ。但しイルムは素早く追っ手から猫のようにすり抜けて逃げてしまう。また、魔力を持った強力なイルムは狐のように攻撃性もあって危険を伴うのだが、それでも___」
「「やります」」
ガタッと二人同時に席を立って言う。
「しかし、前例の無いことだ。先程言ったように狂暴性もあり、山の暗殺者とまで恐れられているのだぞ?本当に……」
私と実就は自信満々に互いを見て頷き、これまた二人同時に口を開いた。
「「大丈夫です。私(僕)暗殺者なので」」
フリューレ王国東部アイドが住む家にて。
懍と実就が寝た夜更け、アイドは一人、蝋燭を灯してややクシャクシャになった手紙を凝視していた。
暫くし、大きな溜め息を付くと、独り言を呟く。
「さて、ようやく動き始めたか。十年音沙汰無かったが、やはり生きていたのだな。マナホシ。罪の無いこの二人を俺に寄越して何がしたい?それと……」
アイドは席を立ち、引き出しを開ける。そこには銀の単刀と二丁拳銃が並べられていて、銃の一つをまじまじと観察するように取り出した。
「そろそろ平和ではいられなくなるな。武装しておくか。手始めに、何年かけてでもこの国を滅ぼす。」
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