第4話 便利機能、"魔法"

「……で、つまり……なので」

目覚めの悪すぎる状況だったため、目の前にいる女性の話が伝わってこない。

数秒遅れて漸く脳が事実を受け入れはじめているというところだ。

一体どこまでが事実でどこからが悪夢だったのだろうか。

上の空になりながらも考える。


___貴女は溺れて意識を失った


そうか。船が嵐で壊れ、姉弟共々溺れたところまでが現実か。

確かに弟も含め二人とも全身びちゃびちゃに塗れている。

正直言って寒いし気持ち悪いから早急に着替えたいところだ。

ゆっくりとディリアの言葉を一字一句噛み砕き、やっと整理がついた。

話によると、その後このフリューレ王国とやらの海上に流れ着き、私達はこの国に保護されたらしい。

そしてフリューレ王国はどの国からも遠く離れた孤島の小国だ。

もう二度と日本に帰ることは出来ないだろう。

ということで、恐らく私と弟はこの国で残りの人生を暮らすことになる。

死ぬか異国で暮らすかなど、天と地の差で新生活を送る方が勝るが。

しかし、外国行きを決めていた時から薄々何かしらの生命、又は生活に関わる変化が起こると思っていたがこんな形でなるとは。

絶体絶命どころか絶対死すなこの体をよくもまあ運良く引き上げられたものだ。

そして私の方もよく耐えられたな。

しかし何より____

(弟が生きているならそれが一番だ)

何やら難しそうな文章を呼んで首を傾げる弟を見てそんなことを思う。

弱視のため至近距離で分厚い紙をまじまじと見つめていた。

「こちらは異国民様が王国で生活をするに当たっての注意事項となります」

「……読めない?」

そこまで病が進行しているとは思わなかった。

私は代わりに読んであげようと思い、貸してみろと紙を渡させる。

そこまで大きな文字ではないが凝視し_____読めなかった。

丸い記号のような何かが横書きで印字された全くもって解読不能な文書だ。

「すまない。異国の文字は生憎読めなくてな。読んでくれないだろうか」

ジェシカは大きな目をパチパチとさせると、何かを思いついたように驚いた顔をしてみせた。

「大変申し訳御座いません。こちらの方で文字の解読を忘れておりました。今致しますね。〈通訳〉」

ジェシカが謎の言語かも分からない何かを唱えると、彼女の手の中で白い光が生まれ、光は紙に溶け込むように消えた。

「今のは?」

「魔法で御座います。懍様のように驚かれる方も多いのですが、これは古くから伝わる技術です。己の体の中にある、見えない臓器とも呼ばれる魔力を消費することで様々な効果をもたらしてくれる非常に便利な物です。魔法の規則性や詠唱を覚えれば、すぐに習得できる通常魔法とフリューレ王国の守護神、エクスニエ様を信仰することで天から力を授けられた者のみが使える信仰系魔法の二種類が御座います。今私が使用したのは信仰系魔法の一つ、何でも言語を訳してくれる便利魔法です」

「それは確かに便利だな……」

それらの原理だとかは微塵も分からないが、魔法で注意書きが読めるようになったのは確かだ。

どれも公俗秩序を守っている常人であれば困るような内容ではない。

何より人を日本刀で殺めている私が言えることでもないのだが。

「それと、お身体も濡れておられるので私の方から対応させていただきますね。〈洗浄〉」

突如として冷たい感覚が消え、新品同然となった着物がそこにあった。

着物を着ている私自身の体も魔法とやらによって綺麗にされていた。

その証拠として海水で傷んだ髪の毛が今まで以上に艶を放っていた。

弟も乾いた着物の裾を掴んで感嘆の声を上げていた。

「これは私も習得したいものだ」

「今のは通常魔法ですし、魔力の消費量も微量なので誰でも出来ますよ」

取り敢えずここでの新生活に慣れたら覚えよう。

「さて、住居の件なのですが、今現在フリューレ王国内での貴女様のような何らかのトラブル、事件によってこの国に迷い込む突発性移民が急増しており、それによって空いている家が無いのです。ですので、もうすぐ完成する集合住宅が出来るまでは神殿の施設で他の移民と共に衣食住をして貰うしか___」

と、我々のいる岸の奥から一人の人影が近づいてきた。

見たこともないような全身黒い服装、胸元には刀を模倣したような紋章、白髪の混じった彫りの深い、金髪の男が不思議そうな顔をしてやって来る。

「あの___少しいいかな?」

初対面にして気さくな男の態度に警戒を取る。

「誰だ?」

「ああ、そんなに身構えなくても大丈夫だ。私はこの国に来て暫く経っているが、君達と同じ移民の者だ。私の名はアイド·イーヴィッツ。今の話を聞いて、少し提案したいことがあるのだが」

アイドを見て、ジェシカが目を見開いた。

そこまで驚かれるような偉い立場の人なのだろうか。

「私の館___といってもぼろ屋敷だが、空いている二部屋を好きなように使っていい。その代わりといっては難だが、一緒に仕事をして欲しい。勿論お金をこちらから徴収したりなんてことはしない。出来れば食事なども共同にしたいと思っている。お二人が許可してくれるなら。それと___」

彼は背丈の低い弟に顔を向けた。案の定実就は青ざめた顔をして膠着してしまっている。

「弟に何をするつもりだ!?」

いつでも刀を引き抜けるように臨戦態勢を取る。

「あ、いや、待ってくれ!」

慌てた様子で両手を上げ、やや早口になりながら彼は話す。

「私は元々医者なんだ。それに魔法もある程度習得している。了承してくれるのであれば、弟さんの病を魔法と医療を駆使して治せるかもしれない。協力してくれないだろうか……?」

あまりにも現実味を帯びないこちらにとっては利益しかない交渉に胸が揺れた。

危険性があったとしても、希望が見えるなら、是非とも協力させたいが___やはり弟の判断次第だ。

「実就、お前はどうしたい?」

「えっと___」

すると、弟はすぐには答えず、懐から手紙の入った瓶を取り出した。

元々波しぶきなどで手紙が濡れて破けないように厳重に保管させたものだ。

てっきり溺れた時に他の荷物と共に流されたと思っていたが、無事だったのか。

やっぱりと独り言のように彼は呟く。

そして、小さい手で開いた手紙をジェシカとアイドに見せ、頼みごとをした。

「あの、じぇしかさん?これにさっきの魔法を掛けてくれませんか?」

一体何をするのだろうと疑問に思う顔をした彼女が呪文を唱えた。

私の方こそあんなに怯えていた弟が自発的に行動するとはと早速だが気持ちがぐちゃぐちゃだ。

勝手に成長を感じて感動的な気分である。

文字が解読されたのか、アイドはまじまじと文に目を当てた。

「ほう……何故手紙に私の名前が?」

「この手紙は、僕が医者から海外のとある医師に向けて渡されました。これを持って彼の元に行くようにと。僕らは船に乗って嵐に合い、気づけばここにたどり着いていました。そして、この手紙の宛先の名前が今の貴方の姓名と一致しています。アイド·イーヴィッツさん、僕は貴方を信頼し、全面的に協力します。僕は料理も出来ますし万が一の時には人を守ることだって出来ます。条件を飲みましょう。ですから僕の病気を治してください!」




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