未練解消!幽霊になったわたしと人間嫌いの王子さま

久里

第1話 今のままで良いの?

 天ノ川あまのがわ中学校一年二組の放課後は、今日も、彼のウワサで持ちきりだ。

「ねえ、聞いた? 人間嫌い王子なんだけどさぁ、また、道端の虚空にむかって話しかけてたらしいよ。チョー怖くない?」

「えーっ、またぁ? 今度のカラオケ会、試しに王子も誘ってみようと思ってたけどやめといた方が無難かなぁ」

「はぁ⁉ なに言ってんのっ、ゼッタイ関わらない方が良いって!」

「だってー、桐生くんって、ほんとにガチのイケメンなんだもーん。あんなにかっこよかったら、ちょっとぐらい変人でもゆるせちゃうかなーって」

「いや、ちょっとどころじゃないっしょ。いくら国宝級イケメンでも、中学校生活初っ端の自己紹介で『喋りかけないでください。オレ、人間に興味ないんで』って言い放つ男子は無理。どう考えてもヤバい人じゃん」

 クラスメイトの桐生きりゅう玲央れおくん――通称、人間嫌い王子の話題で盛りあがる彼女たちをわたしはヒヤヒヤしながら眺めてた。

 だってさ、だってさ。

 真後ろに、本人が立ってるんだもん!

「…………そこ、ジャマ」

「ひっ! き、桐生くん⁉」

 四月初旬。今日は天気も良くあたたかい陽気のはずなのに、あの三人の間にだけヒュルリと冷たい風が通り抜けた気がした。

「…………」

 すっかり青ざめた二人のわきを、桐生くんは興味もなさそうな顔で通りすぎていく。

 艶のあるサラサラの黒い髪に、きめこまやかな白い肌。

 長めの前髪からのぞく、意志の強そうな切れ長の瞳。

 濃紺のブレザーとグレーのズボン。みんなと同じブレザーの制服を着ているとは思えないほどのカリスマオーラを放ってる。

 たしかに桐生くんは、芸能人にも負けない絶世のイケメンだ。

 精巧な人形と見まがうほどの整った顔立ち。

 入学式の体育館で、桐生くんのことを初めて見たときには、あまりのイケメンぶりにポカンと口をあけて見入っちゃったもんね。

 けど……、そんな彼には、怖いウワサが絶えないんだ。

 なんでも、桐生くんは、何もない空間に向かって話しかけるのが趣味だとか……。

 おかげで彼は、学校中から腫れ物に触るような扱いをされている。

「……さっきの会話、王子に聞こえちゃってたよね」

「だろうね。まー、あの様子だと、気にもしてなさそうだけど」

 たしかに表情も変えずに帰っちゃったもんね。

「ねー、朝霧あさぎりさん」

 桐生くんもわたしも、教室内で一人ぼっちなところは一緒。

 ただし、彼が良くも悪くも学校中の大有名人であるのに対して、わたし——朝霧あさぎり清花きよかは空気に同化しちゃいそうなほどの地味女子だけど……。

「朝霧さーん? おーい」

「……へっ⁉ あっ! えっ?」

「あはは。話しかけただけで、そんな驚かなくてもいいじゃん」

 気がつけば、さっきまで桐生くんの話題で盛りあがっていた坂本さかもとさんが、わたしの机の目の前に立っていた。

 坂本さんの大きな瞳に、間抜けな顔をしたわたしが映りこむ。

 いつの間に……。

「わ、わたしに話しかけてたの?」

 オドオドしながら首をかしげると、坂本さんは、ニッコリと愛想よく笑った。

「そうそう。ねー、朝霧さん。朝霧さんって、たしか帰宅部にする予定だったよね?」

「う、うん。それがどうかした?」

 坂本さんは、パチンと両手をあわせた。

「今日の放課後なんだけどさ、体育倉庫の片付け、代わってくれないかなぁ? 急用ができちゃって、行けなくなったんだ」

「体育倉庫? それって、昨日のうちに片付け終わったんじゃなかったっけ」

「それがさ〜、片付け方が雑すぎるから今日中にやり直せ! って先生に叱られちゃったんだよねぇ。でも、今日はホントに無理でさっ。お願いだよ、朝霧さん~!」

 お願い。

 わたしは、この言葉に弱いんだ。

 断って、気まずい空気にはなりたくないから。

 たとえ本心では『自分でやらないとダメじゃん』と思っても、ゼッタイに言えない。

 口にしたら、おせっかいだと思われてしまうから。

「うん、わかった。引き受けるよ」

 坂本さんの花ひらくような笑顔に、肩の力が抜けた。

 わたしは中学で部活に入る気がないし、放課後に一緒に遊ぶような友達もいない。

 今日この後の予定は、学校の宿題と家で動画を見ることくらいだったから、このぐらいはお安いご用だ。


「ひゃっ⁉」

 扉をあけた瞬間、転がってきたバスケットボールにつんのめって、転びそうになった。

 あまりの土埃っぽさに、ムセそうだ。

 これは……想像以上にひどいかも。

 わたしは、坂本さんの代わりに、早速、体育倉庫にやってきていた。

 普段はすっきりと片づいているんだけど、今はひっどい惨状!

 運動用具が散らかりほうだいだ。足の踏み場もないほど荒れまくっている。

「うわぁ……。これを一人で片づけるのかぁ」

 昨日、新入生と上級生交流のための球技大会があったからだと思うけど、この様子だと片づけたっていうよりも、とりあえず倉庫に放りこんだって感じ。

「うっわ、きったな~! さすがのあたしでもドン引きだわ」

 あれ? 今、女の子の声が聞こえてきたような……。

 とっさに辺りを見まわす。

 誰もいない?

 思わず後ずさったら、玉入れ用の紅白玉が入っているカゴにぶつかってしまった。

 あざやかな赤と白が、足元に散らばる。

 あれ。誰かの声が聞こえたのは……気のせい、だったのかな?

「ねえ。あなた、もしかして、あたしの声が聞こえるの?」

 えっ! やっぱり、気のせいじゃない⁉

 心臓の動きが、緊張からとたんに速くなる。

 油断してたっ。まさか、こんなうす暗いところに人がいるなんて思いもしなかったよ!

「だ、誰? ど、どこにいるの?」

 震える声で尋ねると、明るい声が返ってきた。

「あたし? あたしは七瀬ななせ

「七瀬、さん?」

「七瀬で良いよ! それよりさっ、あなたすごいね!」

「へっ?」

「ほんとにほんとに、あたしの声が聞こえてるんだね! 誰かと会話をするのなんて、いつぶりだろう」

 えっ……。どういうこと?

 七瀬さんは、ずっと一人ぼっちだったのかな。もしかして、学校に通っていないとか?

 そうだとしても、家族とぐらいは話さないのかな……?

 頭の中がハテナでいっぱいになるわたしに、彼女は上機嫌で会話を続けてくる。

「ねえ。あなた、なんていう名前なの?」

「朝霧清花、ですけど」

 答えながらも、妙な違和感が大きくなっていく。

 さっきから声だけが聞こえてきて、七瀬さんの姿が一向に見えないんだ。

 彼女は……いったい何者?

 疑問だけでなく不安もふくらんでいき、背筋に冷たい汗が走る。

「へぇ、清花。かわいい名前だね」

「あ、ありがとう、ございます」

「それにしてもさぁ、この倉庫、ひどい散らかりようだねぇ。毎日のように部屋を片づけなさい! ってママに怒られてたあたしの汚部屋以上かも」

「は、はぁ」

「こんな雑用を押しつけられるなんて、ありえない。あたしだったら、確実に断るね」

「えっ!」

 なんで? どうして、わたしが頼まれてここに来たことを知ってるの?

 すべてを見透かしているような物言いに、驚いて目がまるくなる。

「あなたみたいにまじめそうな子は、公共の場をこんな風に散らかしたりできないでしょ。どーせ、誰かに押しつけられたに決まってる」

 強い風が吹いたみたいに、心が、ザワザワとした。

 わたしが頼みごとを引き受けるのは、坂本さんに限ったことじゃない。

 なんだかモヤモヤする。

 押しつけられたっていう言い方じゃ、まるで坂本さんに悪意があったみたいだ。

「頼んできた子には、用事があったんだよ。わたしは、ヒマだったから引き受けただけ」

「ふーん。その子がウソをついていたとしても良いんだ? 今ごろ、友達と遊びほうけてるんじゃないのかなぁ」

 いつの間にか汗がにじんできた手を、ギュッとにぎりこむ。

「そんな風に思いたくはないけど……もし、たとえそうだったとしても引き受けたよ」

 わたしは、あの場の空気を、読みまちがえなかった。

 誰とも波風を立てない。それが、なによりも大事なことだ。

 落ちつかない沈黙をやぶったのは、七瀬さんの方だった。

「納得してるなら、どーして泣きそうな顔になってんの」

 痛いところをつかれて、ひゅっとノドがほそまる。

 七瀬さんの言うとおり、情けない顔になっている自覚はあった。

「そうだ! ねえ、清花。あたし、良いこと思いついちゃった」

 今度はなんだろう。とてつもなく嫌な予感がするんだけど……。

「あたしが、弱虫な清花を、強くしてあげるよ!」

「は? な、なにを、言っているの?」

「言いたいことをズバッと言える、勇ましい子になりたくない? 本音を話せる友達がほしくないの? 清花は、ほんとに今のままで良いんだ」

「それは……」

 たしかに、現状が、素晴らしいとは思ってない。

 本当は、わたしだって信頼できる友だちがほしいよ。でも、無理なんだ。

 だって、それ以上に怖いんだもん。

 誰かと深く関わって、心をゆるしてしまったら、わたしは『また』その相手に本心を言わずにはいられなくなるだろう。

『……そーゆーの、なんていうか知ってる? 余計なおせっかい、って言うんだよ』

 たとえそれが、相手にとっての『おせっかい』で『迷惑』だったとしても……。

 面倒な子だと思われて突き放されるあんな地獄は、もう二度と味わいたくない。

 だけど……、それでも。

 もしも奇跡が起きるなら、また、心をゆるせる友だちがほしいな。

「……変われるのなら、変わりたいよ」

 そのとき、わたしは、たしかに願っていた。

 世界の誰にも届かなそうな、小さい声で。

「オッケー! あたしに任せて」

 だけど、目の前の彼女には、届いてしまったんだ。

 次の瞬間、全身にひどい寒気が走って、目まいがした。

「今まで清花を良いように使ってきた子たち全員に、生まれかわったあなたの姿を見せつけてあげる! 楽しみにしててね」

 遠のいていく意識の中で、やけに楽しそうな声だけが耳に残る。

 それはまるで悪魔の笑い声みたいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る