第46話
「くそが」
男は悪態をつくと、次の瞬間、僕の脛を蹴りつけた。
流石は弁慶の泣き所。激痛に立っていられなくなり、その場に崩れ落ちる。
僕を見下ろした男は、人混みに向かって叫んだ。
「誰か! 警察呼んでくれ! 不法侵入者だから!」
警察? 嘘だろ?
背筋が冷える。走って逃げられるか? いや、すぐに捕まりそうだ。そもそも、殴られたおかげで目が回る。足に、力が入らない…。
どうすればいいかわからなくなって、視界が一瞬、暗転する。
その時だった。
「おい、沢渡…」
聞き覚えのある声がしたと思えば、僕と男の間に、がたいのいい男が割って入った。
島田啓馬だった。
彼は僕を横目に、沢渡と呼ばれた男を宥める。
「沢渡、警察は流石に大げさだろ」
「なわけないだろ。せっかくの同窓会をぶち壊そうとしてる奴だぞ?」
「警察なんて来てみろよ。もっとぶち壊すことになるわ」
そう言うと、沢渡…と呼ばれた男の頬がピクリと動く。「それもそうか」と言いたげな顔だった。だがすぐに我に返り、島田を睨んだ。
「いやいや、こんな気分の悪い奴、野放しにできないだろ。ってかお前、こいつの味方すんのか? こんな得体の知れない、気持ちの悪い奴」
「得体は知れてる。同級生だよ」
島田啓馬はそうフォローを入れつつ、首を横に振った。
「頼むよ。あいつのこと、大目に見てやってくれよ」
「いやいやいやいや」
沢渡は、当然納得いっていない様子で首を横に振った。それから首を傾けると、唇を歪めながら、上目遣いに島田を見据える。完全に挑発しているようだった。
「お前よ、いくら同級生だったって、分別はつけようぜ。あいつは、招待状も無いのにここにきて、しかも朝子を泣かせたんだ。相応に…」
「な、頼むよ」
島田は沢渡の言葉を遮って言うと、次の瞬間、彼の肩を掴んだ。
沢渡は引きつったような声を上げ、半歩下がる。
島田は二歩間を詰め、キスをするんじゃないかってくらいの距離まで、顔を近づけた。
「な? 頼むよ。仲良くやろうぜ」
島田と沢渡…。二人が並んだことで気づいたのだが、島田は沢渡よりも三十センチほど背が高かった。肩幅も島田の方が広い。腕も足も丸太のように太く、生地の厚い服を着ていても、その逆三角形の肉体を誤魔化すことはできていなかった。
もし、あの巨体と拳を交えたとして、勝つのはどちらなのか…。
「離せよ」
沢渡は舌打ち交じりに言い、己の肩を掴む腕を掴み返した。だが、びくともしない。
島田は笑顔を張り付けたまま、沢渡の肩を揺さぶる。
「な? あいつには、俺がきつく言っておくから」
「ああ、くそ! わかったよ!」
気圧された沢渡は、そう吐いて首を横に振った。
そのタイミングで、島田も手を離す。
解放された沢渡は三歩下がり、向けられる周りの視線を気にしつつ、島田を睨んだ。
「お前、やっぱ変わってないよな。その力にものを言わせて、強引に話通すところ…。俺、中学の時からお前が気に入らなかったんだわ」
「ああ、そう」
島田はそれ以上反応せず、僕の方を振り返った。
僕と目が合った瞬間、悪戯をしてやった後のように、にやっと笑う。そして、その筋肉を揺らしながら歩み寄ってきた。
「大丈夫か?」
僕の前にしゃがみ込むと、ごつごつとした手を差し伸べる。
「ほら、立てよ」
「…………」
僕は、動かない。
呆然としている僕を見て、島田は何を思ったのか、大げさに笑った。
「全く、やんなっちゃうよな。友達と再会したってのに、邪険に扱われて…」
そして改めて、僕に手を差し出す。
「ほら、立ちな。しばらくは俺が一緒にいてやるよ。募る話もあるだろ」
次の瞬間、僕は立ち上がった。ただし、島田の力は借りなかった。擦り切れた手で冷たいアスファルトを押したのだ。
地面を踏みしめた瞬間、よろめく。
島田に支えられそうになったが、身を捩りその腕を躱し、何とか踏みとどまった。
「………悪い。もう帰る」
白い息を吐きながらそう言った。
島田は面食らったような顔をして、何か言いたげに息を吸い込んだが、僕はそれよりも先に踵を返す。そして、不時着する飛行機のような足取りで、校門へと歩いて行った。
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