第36話
開いたカプセルから溢れ出し、枯葉の如く宙を舞って落ちたのは、封筒だった。
約三十数枚の封筒。外見は様々で、茶色の味気の無いものから、純白の封筒、星や宝石、花などで彩られたファンシーなものまであった。大きさも、重さも、分厚さだって、全部月と鼈のような違いがあった。唯一共通しているところと言えば、その全てに、「二十歳の○○へ」という、自分自身に宛てたタイトルが振られているところだった。
それを見た時、僕の中で、ほんの少しだけ記憶が蘇った。
「思い出したわ」
僕は足元に落ちていた茶封筒を拾い上げた。
「藤宮颯太」と書かれた封筒は、三センチほどの分厚さがあり、手に吸い付くような重厚感があった。もちろん、僕のものじゃない。
「タイムカプセルには、未来の自分に宛てて書いた手紙と、自分の宝物を入れたんだ…。先生が提案した。中に入れるものは、常識の範囲内じゃ何でもよかった…」
この、ふじみやそうた…という男の封筒には、きっと好きな本が入っているのだろう。
それから、星の模様があしらわれた封筒を拾う。宛名は「鴻上紫苑」とあって、振ってみると、しゃらしゃら…と音が聴こえた。多分、アクセサリーか何かを入れているのだと思う。
「それで、ナナシさんは何を入れたのか憶えてるわけ?」
皆月が、散らばった封筒を拾い上げながら聞いた。
「さあ…」
さすがにそこまで思い出すことが出来なかった僕は、おどけたように肩を竦めた。
「でも、確かに、何か書いて入れた気がする」
「じゃあ、この中にあるわけね」
「あんまり期待しない方が良いさ」
僕は肩を竦め、近くに落ちている封筒から拾っていった。
「どうせ、無難なことしか書いていないに決まっている」
元気ですか? 私は元気です。元気でいてください。頑張ってください…的な、何の生産性も感動もない、そんな、くだらないことを書いているに違いない。
「あ…」
そこで、僕はあることに気づいて声をあげた。
「僕、今、名前が無い状態なんだぞ? そもそも見つけられるのか?」
「できるよ」
皆月は僕の方を振り返らずに頷いた。
「落ち葉だらけの地面の上に、一枚だけ紙が落ちているようなもんよ」
そう言って封筒を拾い続けた彼女は、三十秒としないうちに、ある一枚を前にして固まり、口元に笑みを浮かべた。
「あったあった…」
そう言って、そいつを拾い上げる。
得意げな顔をして彼女が見せてきたものは、味気の無い茶封筒で、遠目から見ても薄く、小さかった。
宛名のところには、「二十歳の譛晄律螂亥、乗ィケへ」と、意味不明な文字が書き記されていた。
「名前がわからなくたって、ナナシさんのものかどうかの判別はできるわ。読むことが出来ないものを探せばいい話なんだから」
「ああ、なるほど」
彼女の言ったように、落ち葉の中に、紙が一枚置かれているようなものか…。逆に目立ってしまうっていう…。
「それにしても、随分と軽そうだな」
「そうだね」
皆月は頷くと、僕に向かって封筒を放った。
ひらりひらりと舞ったそれを掴む。
すぐに開けたい気持ちは山々だったが、そうしてしまうと、まるで僕が過去の行動に期待を抱いているように映ってしまうので、その衝動はぐっと堪えた。
とりあえず、風に飛ばされないよう、他の手紙をすべて拾い上げ、カプセルに戻す。
その上で、築山に腰を掛けた。
「早く開けてよ」
皆月は僕の隣に座り、急かした。
懐中電灯の白い光が、その封筒の薄さを余計際立たせている。中身を入れ忘れたんじゃないか? って思うくらいに、薄かった。
段々と不安になった僕は、いそいそと手紙に触れ、口を破った。
汚い断面で開いた口。構わず、広げて指を突っ込む。
その時指先が、紙に触れた。
「ああ…よかった」
ちゃんと中身があったことに安堵の息を吐いた僕は、それを摘まんで、引っ張り出す。
いよいよ姿を現した過去の自分からの手紙に、皆月は僕よりも目を輝かせていた。
「ほら、早く広げてよ。開けてよ」
「急かすなよ…」
僕は唾を飲み込むと、折り畳まれた紙を、かじかんだ指で開いた。
『アサへ』
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