第35話

 言いかけた次の瞬間、手の中に、カツン…と硬いものに触れるような感覚が広がった。

 石でも引っ掛かったのか? と思い、身を屈め、触れる。

 石とは違う、平らで無機質な感触があった。

「あ…」

 心臓が大きく脈を打つのを感じた僕は、ショベルを放り出し、スコップを掴む。

 地面の中から現れたそれを傷つけないよう、周りの土を慎重に削って、退かしていった。

「え…、なに? あったの?」

 僕の様子を見て、皆月が駆け寄ってくる。

「ほら」

 僕はそう言って、穴の中に懐中電灯を向けさせた。

 白い光に照らされ見えたのは、若干黒く錆びた、金属質の何か。全容を確認していないから断言はできないが、きっとタイムカプセルだった。

「へえ、本当にあるんだ」

 そりゃ、埋めたところを掘っているのだから、タイムカプセルが出てきて当たり前なのだが、まあ言わんとすることはわかる。

「ねえ、早く掘り返してよ」

「わかってるって」

 急かす皆月に僕は頷くと、スコップを動かし、少しずつと掘り進めていった。

 すぐに掘り出せるものだと高を括っていたが、掘っても、掘っても、その全容が見えてこない。穴は既に、お中元の箱くらいの大きさにまで広がっていた。

 仕方なく、もう一度ショベルに持ち替えて、タイムカプセルを覆う硬い土を大雑把に削っていった。手元が誤り、カプセルの表面に爪痕のような傷が走ったが、構わず続けていると、ようやく、丸みを帯びた重厚感のある角が現れた。

「あったあった」

 もうゴールは近い。後は、慎重に掘り起こすだけ。

 それにしても、意外に大きいな、このタイムカプセル。いや、クラス三十数名が持ち寄ったものを埋めるのだから、このくらいが丁度いいか。それに、雨風をしのぐためにはこのくらいの重厚感が無くちゃ意味がない。

 細かいことを考えるのは後にして、ショベルの先端を、土とタイムカプセルの隙間にねじ込み、柄を横に倒した。

 てこの原理で、カプセルが浮き上がる。

「よし…」

 しゃがみ込むと、両腕でそれを抱えた。

 確かにそれは持ち上がったのだが、とにかく重かった。だがこの重さは、中のもの…というよりも、本体の金属の塊から来る重みだと思った。

 四苦八苦しながらも、僕はタイムカプセルを抱えると、穴から離れた。

 皆月の足元へと、どすんっ! と叩きつける。

「よし、任務完了だ」

 改めて懐中電灯を照らすと、その表面にはビニールテープが巻き付いていた。剥がすまでも無く、朽ちたそれは大気に触れて崩れていく。

「よし、さっそく開けていくか…」

 当たるわけがない宝くじを嬉々として買うようなものだ。僕は若干笑みの含んだ声で言うと、しゃがみ込み、カプセルの上蓋に触れた。

 指をしっかりと引っかけてから、力を込める。

 案の定…と言うべきか、蓋は動かなかった。いや、ちゃんと擦れているような感触はあるのだが、それ以上進む気配がない。

 錆び付いているだけか? それとも、何か金具で留められているとか?

「ちょっと貸して」

 見かねた皆月は、懐中電灯を足元に置くと、タイムカプセルに触れた。

「私が蓋持つから、ナナシさんは本体の方を」

「あ、うん」

 皆月の方に蓋を向けると、中に入っていた物が転がる音と感触がした。

 皆月のしなやかな指が、蓋の淵にかかる。

 僕は本体を持つわけだが、滑るといけないので、腕を使って本体を抱えた。

「いっせー」

「のーでっ!」

 息を合わせた僕たちは、同時に逆方向へと引っ張る。するとどうだろう。さっきとは明らかに違う感触があった。まるで、蓋に噛みついている錆が剥がれていくような、確かな手ごたえだ。

「これ、いけるんじゃない?」

 希望を見出した僕たちは、一層力を込めた。

 蓋が一ミリほどズレる。その拍子に、粉となった赤錆が洩れて、僕のつま先に降りかかった。

 もう少し。あと少し…。あと、ほんの少し…。

 そんなことを一心に思い、顔を熱くしながら引っ張り続ける。

 夢中になったのがいけなかった。

 次の瞬間、ボンッ! と爆発するかのような音と共に、蓋が外れた。

 勢い余って、後方によろめく。踏みとどまろうと左足を下げた瞬間、それは空を切った。

「あ…」

 その時にはもう遅く、僕の身体は重力に引っ張られ、地面にぽっかりと開いていた奈落に、背中から落ちていた。最後に見たのは、カプセルの中から溢れ出した品々と、赤錆の粉塵。そして、悲鳴を上げて倒れる皆月。

 一瞬の気絶。

 我に返った僕は、黒い空を見上げていた。

 穴に嵌っているのだと気づき、起き上がろうと手足をばたつかせた。だが、上手くいかない。暴れれば暴れるほど、縁の土が崩れて顔にかかった。

 苦いものが唇の隙間から舌先に触れた瞬間、一瞬だけ、「死」という一文字が脳裏を過る。

 次の瞬間、冷たい手が僕の腕を掴み、一思いに引っ張り起こした。

「大丈夫? ナナシさん」

 引き上げてくれたのは、皆月だった。

 懐中電灯の光が、彼女の身体の輪郭を白くなぞっている。スカートは折れ、髪は嵐に遭った後のように乱れていた。

「まったく、ちゃんとしてよ」

「…ごめん」

「とにかく、開いたね」

 皆月は、ぺっ! と、土の混じった唾を吐くと、散らばったものを見下ろした。

「ナナシさんが入れたものを、探していこうか…」

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