第33話

 大学を後にした僕と皆月は、夜の十時前に駅に集合することを約束して別れた。

 一度家に帰った僕は、鞄をひっくり返して、教科書や筆記具などを全て出すと、代わりに、フェイスタオル、軍手、ミニスコップ、そして懐中電灯を詰めた。全部、帰宅途中のホームセンターで買い揃えたものだった。

 おそらく重労働になる気がしたので、すぐ近くのコンビニに出向き、エネルギーゼリーを二つ買った。コンビニを出た後で、皆月の分も買っておいてやろうと思い、もう二つ買った。でも、彼女がエネルギーゼリーで喜ぶ気がしなかったので、プリンを買った。

 余分に買ってしまったエネルギーゼリー二本は、その日の昼食となった。

 そうして、だらだらと過ごして時間を潰し、夜がやってきた。

 そろそろだろう…と思った僕は、チェスターコートではなく、ウインドブレーカーを羽織り、パンパンに張った鞄を掴み、部屋を出る。

 階段を降りていると、雑草が生え散らかした駐車場を横切って、人影が歩いてくることに気づいた。

 街灯に照らされたそれは、皆月だった。

 準備万端の僕とは違い、彼女の格好は、昼間と同じブレザー。右手には鞄を持っているが、多分ノートパソコンしか入っていない。違う点と言えば、首元にチェック柄のマフラーが巻き付いていた。

 あと、タイツの厚さが変わっている。

「あれ…、皆月、駅集合じゃなかったっけ」

「よくよく考えたら、記憶が抜けてるあんたを一人で行動させるべきじゃないな…って」

 白い息を吐きながら言った彼女は、「おら」と言って、僕の脇腹を蹴った。

「駅に行こうとして、別の場所にいかれたらたまったものじゃないでしょう?」

「流石に駅の場所くらいは憶えてるよ。忘れたところで地図を見ればいいだけだし」

 まあ、皆月の厚意に感謝して、それ以上言うのはやめた。

 鈍行の時間を確認してから、僕たちは歩き出す。

 駅までの道は、車通りの少ない細い路地だった。建ち並ぶ民家の窓にはどれも明かりが灯り、人影が揺らめいていたが、道にその気配はない。夜になって風はますます勢いを強め、僕たちの頬を切り付けていった。

 三歩歩いただけで温かいコーヒーが恋しくなる世界。五歩進んだだけで、熱々のお風呂に飛び込みたくなる衝動。

 なんだかんだ、タイムカプセルを掘り起こすことを意気込んでいた僕も、なんだか馬鹿らしく思えてきた。

 やる気が完全になくなってしまう前に、残り火に薪をくべるように言った。

「なあ、皆月」

「なに」

「プリン買ったんだ」

「遠足じゃないんだから」

 皆月が苦笑する。そのへの字に歪んだ口がなんだかおもしろくて、僕はさらに続けた。

「欲しくなったら言えよな。あげるから」

「あー、はいはい」

 いつも人を馬鹿にするくせして、自分がからかわれるのは弱いらしい。

 皆月はなんと返せばいいのかわからないような顔をして、髪をくしゃりと掻いた。

 これで、あと一時間は頑張れる気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る