第32話

 次の瞬間、後頭部を叩かれ、現実に引き戻された。

 振り返ると、そこにはブレザーを着た皆月が立っていた。

「皆月、いたのか…」

「いや、ずっといたけど」

 皆月は顔を顰め、唾を吐くみたいに言う。

 腕を組んで仁王立ちする彼女の後ろを学生らが通っていくわけだが、皆、一輪の花のような彼女を横目で見ていた。

 僕は息が吸える感覚を覚えながら、言葉の輪郭をなぞった。

「じゃあ、全部聞いてたのか?」

「聞いてた。大体のことは分かった」

 皆月は頷くと、半歩僕に歩み寄り腕を掴む。そして、強引に引いた。

 奇異の目で見られながら、まるで犬のリードを引くように、僕を出口まで連れて行く。外に出ると、通路を外れて中庭に出た。

 添えられるように設置されたベンチに、投げ飛ばすようにして僕を座らせる。

 お尻に伝わる冷たい感触に僕は脱力し、肩を落とした。

 皆月が、僕を見下ろしている。

 僕は、鼻で笑った。

「というわけだ。同窓会には参加できないらしい。全く、残念だよ。僕の過去を復元するいい機会だったのにな」

「まあ、そうだね。過去のあんたが、余計なことしてくれたおかげで、せっかくのチャンスを逃した」

「怒ってるか?」

 挑発的に言う。

「全然」

 皆月もまた、悪戯っぽく笑った。

「やり方はいくらでもある。それに今重要なのは、あんたのことを深く知る人物と接触することだから。さっきの男の話を聞く限り、同窓会に行ったところで、そういう人間は居なさそうだし…」

 そこまで言った彼女はスカートを折りつつ、僕の横に腰を掛けた。

 タイツを纏った細脚を組むと、芝の上で練習をしているバレー部を眺めながら続ける。

「多分、中学生の頃のナナシさんは、独りぼっちだったんだろうね」

「……まあ、そうなんだろうな」

 否定すること自体が惨めな気がして、僕は頷いた。

「じゃあ、これからどうする? 次は高校の同窓会の知らせがやってくるまで待つか?」

「まさか。そんな気が遠くなること誰がするかっての」

 自虐を含めた冗談を一蹴した皆月は、風に揺れる髪を梳いた。

「過去の復元ってのは、わかり切ったことでも確認を取らなくちゃいけないの。あんた、中に何も入っていない…って言われた宝箱を前にして、本当に開けないわけ?」

「それは…」

 少し悩んで、僕は言った。

「振るくらいは、してみるかもな…」

「じゃあ、振ってみようじゃないの。本当にあんたが孤独だったのかどうか。ダメもとでね」

「何言ってんだお前」

 僕は鼻で笑った。

「同窓会に、飛び入りで参加しろってか?」

「そんな不法侵入になりかねないことしないよ」

 僕の言葉を遮る様に言った皆月は、肩を竦めた。そして、不敵な笑みを浮かべると、ベンチに背を凭れる。

「確か、同窓会当日のスケジュールって、まず中学校に集合して、タイムカプセルを掘り起こすんだったよね」

「ああ、うん…」

「中学校のどこかに、あんたらが埋めたタイムカプセルがあるってわけだ」

 何を当たり前のことを言っているんだ…? と突っ込もうとしたとき、皆月が言わんとしていることが理解できた気がした。

 彼女の薄い唇がその言葉をなぞる前に、反射的に立ち上がる。

 すかさず皆月の腕が伸びてきて、僕の手を掴んだ。

 冷たくて、すべすべとした感触に、心臓が跳ねる。

 横目で僕を見た彼女は、間隙を縫って口を開いた。

「掘り起こしたら、また埋め直せばいいんだよ」

 ああ、やっぱり…って思う。これから、皆月に尻を蹴り飛ばされて僕がすることを想像すると、どうしようもなく背筋に冷たいものが走った。

「皆月よ、それは立派な、不法侵入じゃないか?」

 一縷の望みを込めて、彼女の良心に語り掛ける。

「ばれなきゃいいんだよ」

 皆月は悪意をこれでもか…と詰め込んだ顔で、そう言った。

「今日暇でしょう? 夜に掘り起こしに行くよ」

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