第28話
そのまま眠っていたらしく、通行人に肩を叩かれて目を覚ました。
僕を起こしたのは、優しそうな若いOLさんで、異臭を放つ僕の肩を掴むと、「大丈夫ですか?」「気分は悪くないですか」と矢継ぎ早に聞いてきた。まるで女神のように綺麗な人だった。
こういう綺麗な女に介抱されるんだ。ふて寝も悪くないな…。
そう思って、女性の鎖骨の辺りから漂う芳香にうっとりとしていた僕だったが、女性が「救急車、呼びましたからね」と言ったことで、事態は一変した。
さらに女性は「警察も呼びましたから。もう大丈夫ですから」と言った。どうやら、怪我をして、目を泣き腫らし、そして臭いゴミ回収スペースで眠る男に、何か事件の香りを嗅ぎ取ったらしかった。
救急車なんて呼ばれてたまるか。警察なんてなおさらだ。
身体を起こした僕は、鞄を掴むと、「あ、待って」と呼び止める声を振り切り、走り出した。そして、走って走って、走り続け、自身の部屋へと飛び込んだ。
後のことはよく憶えていない。シャワーを浴びる気力も、何か口に入れる気力も無く、畳んであった敷布団の上で丸くなって、絞るように目を閉じた。
翌日。
夜が明けて、朝露が微睡んでいる頃に皆月がやってきたけど、相手にしなかった。彼女は舌打ちを三十五回続け、それから、丸くなった僕の背を蹴った。だけど、僕はてこでも動かなかった。
「あんたが過去の復元しろって言ったんだよ?」
彼女はそう言ったが、無視をした。この不貞腐れた時間も、僕もしょうもない人間性が露呈する上で有意義だった。
だが、皆月はけして「上等だよ。もう知らない」と言って帰ることは無く、昼頃までは僕の部屋にいた。何をするのかと言えば、僕の冷蔵庫を漁ってパンを焼いたり、コーヒーを飲んだり。あとは、ずっと、僕への文句を吐き散らしながらパソコンを叩いていた。
そして、終業となると、暴言と蹴りを食らわせてから出て行った。
ガシャンッ! と、蝶番が外れるんじゃないか? ってくらいの勢いで扉が閉められる。コツコツ…と、ローファーの足音が遠ざかっていく。
僕は静かに息を吐くと、身体をほんの少しずらし、また丸くなった。
そうして、石のように眠り続け、三日が経った。
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