第25話
「嘘つくなよ。どうせ作ってないだろ」
「本当だよ」
僕はムキになって言うと、足元に置いた鞄からノートパソコンを取り出した。
勢い余って、大きな音を立てながら机の上に置くと、電源ボタンを押した。
少しだけ明るくなる画面。コアもメモリも、雀の涙しかないパソコンのせいか、それから音沙汰無しの時間が続く。
「まだなの?」
赤茶髪の言葉が僕を急かす。
「もうちょっと待って…」
耳の中で心臓が鳴っている。黒い画面に浮かび上がる「起動中」の文字が恨めしい。
永遠とも思える四十秒の末、取っ散らかったデスクトップが表示された。
「ええと…、どこだっけ…」
記憶を必死に刺激し、マウスパッドに触れる。
デスクトップにはない。ドキュメントのところには…あった。「地域企画論発表資料」というタイトルのファイル。
「よかった」
安堵してダブルクリック。
中に入っていたのは、台本と思われるワードと、僕がカフェを巡った時に撮った写真。そして、本番使用することを想定したパワーポイント。
そのうちの一つ、「カフェ巡り」という名前のパワーポイントを開いた。
表示された表紙には、黒いコーヒーの写真と、オシャレなフォントで、「カフェ巡り」の文字。
「ほら、こんな感じ…」
どうだ? ちゃんと作っていただろ? と言いたげに、画面を綾瀬さん及び、カラフルへアーズとその他一名に見せる。
だが、案の定、彼らは良い反応をしてくれなかった。
「なに? カフェの写真?」
赤茶髪と青髪が鼻で笑う。
「もしかして、あんた綾瀬のパクったの?」
「そういうわけじゃないよ。たまたまさ…。彼女と一緒で、一人でこの町の資料を調べるとなると大変だから…、一番興味のあるカフェにしたんだ」
「男がカフェ」
今度は金髪が笑った。
「可愛いのね」
まあ、否定はしないよ。こんな、人に話しかけられない、友達もいない根暗男が、カフェを巡るだなんて。しかもそれを一丁前に生徒の前で発表しようとしていたわけだ。それはきっと、爆笑必須のエンターテイメントなのだろう。
「あ! すごい!」
意気消沈していた時、綾瀬さんが歓声をあげた。
彼女は目を輝かせてパソコンの画面を覗き込むと、手を動かし、スライドをめくっていった。
「ええと…、ナナシ君…だよね」
「うん」
「良かった。ナナシ君も、カフェについて紹介しようとしてくれていたんだね…」
一言声かけてくれたらよかったのに…と言いつつ、彼女は天使のような微笑みを浮かべた。
「でも、良かった。お互い発表の内容わかってるから、練習もしやすいね」
「ああ、うん…」
「それで…、どうする? どっちのスライド使おうか? もう時間もないし、一から作り直すのはあれだからね…」
綾瀬さんが首を傾げて聞いてくる。
「あ…、それは…」
綾瀬さんの方で…と言おうと、息を吸い込む。
「ホノカの方でいいでしょ」
背後から、青髪の声が聴こえた。
ちらっと振り返ると、トシキとカラフルへアーズらが腕を組んでこくこくと頷いていた。
「ホノカの方が綺麗に作ってるし」
青髪は鼻を鳴らすと、切りつけるように言う。
「あ、いや…」
綾瀬さんが何か言おうと唇を動かしたが、横から金髪の腕が伸びてきて、僕のパソコンに触れた。
「切り替える時のアニメーションもない。フォントの工夫もしてない。写真の写りも悪いし…」
ぶつぶつと僕の資料の指摘をしながら、スライドを動かしていく。そして、最後まで流し見すると、光の無い目が僕を見た。
「こんな雑な資料使えないでしょ。あんた、ホノカに恥かかせる気? これで点貰えなくて、単位落としたらどうするの?」
「あ…、いや、その…」
そんなことは無いよ。僕もそれなりに、見やすい資料を志して作ったんだ。だから、そんなすぐに否定なんて、しないでおくれよ…。
そう言おうと、喉の奥で言葉が形成されたのに、彼らが外の光を浴びることは無かった。
顔を真っ赤にして固まる僕を見て、女子らは勝ち誇ったような顔をすると、カーソルを動かし、ウインドウの閉じるボタンをクリック。たちまち、僕が作成した粗悪な発表資料は消え失せて、乱雑としたデスクトップが表れるのだった。
「じゃあ、早く、ホノカの資料完成させようか」
「そうだね。五人でやったらすぐに終わるでしょ」
この場にいるのは六人なのだが、彼女は数も数えられない馬鹿なのだろうか?
当然、そんな皮肉言えるはずもなく、さっきの弁明の言葉と一緒に呑みこみ、腹の底で溶かした。
綾瀬さんは何か言いたげな顔をしていたが、それを、周りの者たちの声がかき消す。
黙りこくり、一ミリの動くことのない僕の横では、何者のものなのかわからないパワーポイントが完成へと近づいていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます