第16話 映画を見る夢

「…………」

 気が付くと、僕は映画館の座席に腰を掛けて、スクリーンを見ていた。

 既視感のある光景だったため、これが夢であることに気づくのに、時間はかからなかった。

「………」

 夢だ。ああ、夢だ。またこの夢。

 この前と同じく、スクリーンには誰かの視点を映した映像が投影されていた。

 ある男の子を主人公とした映画だ。

『母さん、どこに行くの?』

 廊下の方で母が出て行く気配がしたから、その男の子は座っていた座布団から立ち上がり、襖を開けて廊下に出た。

 木目の美しい廊下の先には、引き戸の玄関があって、丁度、母が上がり框に腰を掛けて靴を履いているところだった。

『買い物? 母さん、僕も連れて行ってよ』

 背中まで伸びたその黒い髪に、嬉々とした声を掛ける。

『来るの?』

 慈愛に満ち溢れた声で、母が振り返る。その瞬間、引き戸のガラスから陽光が差し込んで、母の顔に黒い影を落とした。

 白い光に目が眩み、男の子は一瞬視線を逸らしたが、また黒い顔の母の方を向き直り、歩み寄った。

『行くよ。うん、行く』

『そう…、じゃあ、支度しておいで』

 母の言葉に、男の子は「うんっ!」と頷き、踵を返して、さっき出てきた居間に戻ると、小さなショルダーバッグを掴み、肩に掛けた。

 再び母のところに戻り、サンダルを履こうとして、「あ…」と声をあげる。

『母さん、あいつは一緒に行かないの?』

『誘っても良いんだけどね…』

 母は寂しそうにそう言うと、玄関の引き戸を差した。

 相変わらずガラス越しに白い光が差し込んで、廊下を舞う埃をキラキラと輝かせていた。夏なのだろう。微かに、蝉の鳴き声。そう言えば、男の子の目に映る母親は、袖の無いワンピースを身に纏っていた。

 肩口から覗く腕は、病人のように白く、そして細かった。

『そうだよね。仕方がないよね』

 男の子はそう言うと、母の手を握る。

 母も握り返す。

『じゃあ、行こうか』

 ある親子の、ある夏の光景。

 そんな映像を、僕は映画館の座席に腰を掛けて、間抜けのように口を半開きにして見ていたのだった。

「………」

 一体、何の話なのやら。

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