第4話

 瘴気によって更に暗くなった森をバイコーンに乗って駆けている。

 木々が密集しておりスピードは対して出ていないが片手は姫様を抱いている為、振り落とされないので必死になっている。


「姫様、大丈夫、大丈夫ですよ……。」


 今も泣き続けている姫様をあやしながら進んでいく。

 ここまで来てしまったら目的地に向かった方がいいだろうけど……。

 今自分が何処に向かっているのか見当もつかない。何処かで落ち着いて地図を見ればわかるだろうけど姫様が泣いていては止まっていては危険なのは間違いない。

 きっと追手は来ている、まずは少しでも距離を––––


「––––ッ!」


 腰がガクンっと落ちたと思うと急に速度が止まり、その勢いで前に投げ出される。

 すぐさま姫様を体全体で包みそのまま何とか受け身を取ろうとする。背中に強烈な衝撃を受けた後も何度か地面とバウンドすることで勢いがなくなり何とか止まることが出来た。


「痛っ……! 姫様、お怪我は!?」


 痛む体を無視し、姫様の状態を確認するも泣いてはいるが特に怪我もなく無事の様子に安堵する。

 何が起きたのか周囲を確認すると前方には倒れたバイコーンが。左足には矢が刺さっている。


「おいおいおい、今姫様って聞こえたぞ。」


 バイコーンより先の木の奥から人間の兵士が弓を持って出てくる。僕たちの様子を見て手前のバイコーンを見た後、再度僕たちの方を見るとニヤっと嫌らしい笑みを浮かべる。


「おい、ガキ。今確かに姫様って言ったよな?」


 ––––迂闊だった。敵兵の言うことを無視し姫様を抱き直し、奥へ踏み出そうとすると足元に矢が刺さる。


「人に何か聞かれたら答えろって教わらなかったのか?」

「残念だけど教わらなかったよ、魔族に聞かれたら答えるけどね。」


 問答をしながら考える、どうしたら姫様を連れて逃げれるか。動けば矢が飛んでくる。かといって動かなければ少しずつ近づいてくる敵兵に捕まる。どうすれば、何かないか……。


「ガキにしては利口だな、そうだな、大人しくしてればお前の命だけは––––」


 ゆっくり近づいてきていた敵兵が急に横に吹き飛ぶ。何があったのか前方に向き直るとバイコーンが起き上がっていた。


「バイコーン!」


 走って近寄ろうとした時バイコーンは低く嘶いた後こっちを見る。少しの間目線があったと思うと敵兵が吹き飛んだ方をジッと見つめ始める。


「––––ありがとう!」


 僕はバイコーンから目を切り森の奥へ進んでいく。後方からは人間の怒声とバイコーンの嘶きが聞こえてくる。目から溢れてくる涙を拭うこともせずひたすら前を向き走る。道はわからないけど出来るだけ遠くに、少しでも見つからない場所に––––。

 どれだけ走っただろう、息も上がり足も震えてきた。流石に一旦休もうと大きな木の根元に腰を落とす。鞄から水を取り出し、布に染み込ませ姫様から飲ませる。あれだけ泣いたのだ、喉が渇いていたのだろう。水を美味しそうに飲んでいる。ある程度飲んだら満足したのかうとうとし始めた。僕も水を飲んだ後、地図を確認する。


 ––––良かった。


 運よく方向はあっているようだ。子供の足ではどれだけかかるかわからないが道にさえ迷わなければその内着くだろう。それに隊長たちと途中で合流も出来るだろう……。水を鞄に入れ左手で姫様を右手にコンパスを持ちながら立ち上がる。コンパスを見て前に進もうとした途端、足元に影がさす。


 ––––ゾワッ


 悪寒がし、咄嗟に後ろに飛び前を向く。先程まで立っていた場所には鈍い銀色の剣が振り下ろされていた。


「良く気付いたな。」


 こっちを見て笑っているのは人間の兵、さっきとは違う奴だ。瞬時に周りを見渡すが特に気配はない。


「安心しな、俺一人だ。」


 剣を降ろしながらこっちに近づいてくる敵兵。さっきとは違い弓はないようだ。踵を返し一切振り返らず走り出す。


「––––ッガ」


 突如左側から衝撃を受ける。余りの衝撃に地面に激突したと同時に姫様を手から放してしまう。


「姫様っ!」


 すぐさま立ち上がるも後ろから近づいてくる足音が聞こえる。走ってくるわけでもなくまるで狩りを楽しんでいるようにゆっくりと。


「姫様……申し訳ございません。少しそちらでお待ちください。」


 僕は後ろに向き直り、敵兵を見上げ睨みつける。左腕は動く、問題ない。右手にショートソードを取り出して構える。


「魔王軍4番隊レイ。行くぞ!」






 時間にして僅か数分、息をするとヒューヒューと変な音がする、肺か何かがやられているのだろう。体を少し動かすだけも激痛が走る、骨も何本か折れているかな。


「ガキにしてはよくやった。そろそろ止めを刺してやるよ。」


 顔を少し上げ睨みつける。目の前にいる敵兵はほぼ無傷、剣は何度か当たったが刃が通らないのではどうすることも出来ない。いつの間にか後ろに下がっていたのか、すぐ後方には姫様がいる。このままじゃもう守れないか……。

 痛む肺を無視し、大きく息を吐き覚悟を決める。


 僕でも倒せるようなのじゃダメだ、生半可な強さでなく僕では絶対倒せない強さの––––


 地面に手を付け魔法陣を発動させる。


「逢魔降臨、ブラッドウルフ!」


 自身の体に別の魂が入ってくる。全身から力が湧き出てきて万能感に高揚すると同時に自分の中に別の意思が存在し、体を乗っ取ろうとしてくる。何とかそれを押さえつけながら武器を持ち、構える。


 ––––恐らく持って1分、それ以上は僕の意識がなくなる。


 先程とは比べものにならない速さで肉薄し剣を振るう。敵兵の腕から鮮血が飛び散るのが見える。


 ––––行ける。


 そのまま切り合うも少しずつ速さに慣れてきたのか徐々に剣が当たらない。当たっても致命傷には至らない。そんな切り合いを続けていっている内刻一刻と時間は過ぎていく。


 ––––これでも届かないのか。


 ふと弱気な事を考えてしまった瞬間、意識が持ってかれそうになり思わず頭を押さえる。その隙を逃すはずもなくお腹に蹴りを食らってしまう。ボキボキという嫌な音を聞きながら僕は後方に大きく吹き飛び、木にぶつかり勢いを止める。剣が手元から落ちる音がした。


「流石に驚いたが、もう何もないだろう。今度こそ殺してやる!」


 こっちに近づいてくる足音を聞きながら顔を何とかあげる。

 目はかすみ前もよく見えない。

 体は全身悲鳴を上げており息も上手く出来ない。

 頭の中もぐちゃぐちゃで考えることも出来なってきた。

 ぐちゃぐちゃになってきた頭に抵抗することなく身を任せて目を閉じようとする––––


「ふぇ、ふえぇぇぇん!」


 姫様の泣き声を聞いた瞬間、反射的に目が開いた。視界には敵兵が姫様の方を向いている姿が見える。本能が動くままに四つん這いになり、落ちている剣を拾うとそのまま駆け出し敵兵の首元に飛びつき振りぬいた。


 そこで僕の意識は途切れた。

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