第3話
最初に飛び出したのはパンサー。右側に向かって駆けていくのが見えた。森の方から弓を弾くような音が聞こえたと思うと私の横で銃声が数回聞こえた。恐らく飛来する矢を打ち抜いているのだろう、自慢げな顔をしているのも想像に容易い。そのまま剣撃が鳴り響き、横にいたレトシュも移動を始めた。正面と左側に陣取っている敵は一切援護に行かないことからやり方は決まったようなものだ。
「俺が前に出る、アンタはカバーしてくれ。」
「おや、噂とは随分違うみたいだね?もっと何も考えず突っ込んでいくものかと思ったよ。それとアンタじゃなくてアスミだよ。」
左側では敵が攻めて来ないのを感じ取ったのか悠長に話を始めている。
「ぁあ! 俺の事を知ってるのか? まぁ…いいか、頼むぞ、アスミ。」
「ふふ、君の馬鹿力に期待してるよ。ヤジャ君!」
アスミは懐に手を入れ何かを取り出すとそのまま敵に向かって投げつけた。投げつけた物が地面に接触すると大きな爆発を巻き起こした。それを皮切りにヤジャが敵陣に駆けていき、左側も戦闘が開始した。
「レイ。この子を預かってくれるかな。」
私は姫様という単語を敢えて出さずレイに姫様を手渡す。レイは体全体で抱きしめてから力強く頷く。私は振り返り正面を見据える。
「さて、待たせたね。君たちの相手は私だ、よろしく頼むよ。」
「我々を相手に貴様1人とガキ2人だと…馬鹿にしやがって…。」
恐らくこの小隊の指揮官と思われる人間が私の言葉に怒りを露わにする。私は右手に持った刀を後ろに引き、足を前後に開きながら腰を落とす。
「今すぐ来た道を引き返すなら見逃してやってもいいが…どうする?」
「…舐めやがって、お前ら! ガキ共々奴を殺せ!」
一足飛びで敵陣に入り、その勢いのまま刀の切っ先を先頭の兵の頭に突き刺すと特に抵抗もなく絶命する。周りも余りの速さに動くことが出来ず驚愕を浮かべるだけだ。
「戦場で惚けるとは余りに致命的だぞ。」
刀を抜き取り、そのままの勢いで右側に回転するように奥の兵を切りつける。そこでようやく硬直が解けたのか咄嗟に防御態勢を取るも私の剣の方が速く脇腹から肩口まで切りつける。血が噴き出している為、致命傷ではあるだろう…が本来なら分断できたはずの威力があるはずだ。これが違和感か。2人殺されて冷静になったのか周りを囲み始める。矢を放つ風切り音と共に詰めてくる3人の兵。飛来する矢を後ろに飛び躱し、着地すると同時に前に詰める。
––まずは左側だ。
先程まで私の居たところに槍を突き刺していた兵がそのまま横一文字に振るってくる。体制を低くして躱しつつ腹部を切りつけるも浅かったのか僅かに呻き声が聞こえる程度だった。即座に左足で腹部を蹴り付け、詰めてくる兵諸共吹き飛ばす。左の肩口へ迫ってくる槍を半身をずらしそのまま袈裟懸けに切って捨てた。一息付く暇もなく飛来する矢を弾きつつ弓兵の位置を補足しつつ刀を納刀する。
「飛鷹刃」
納刀時に風の力を蓄積させ抜刀と共に風の刃を飛ばす。弓兵がいたであろう位置に向けた風の刃を標的に命中したようで森の方から人が落ちるような音がする。先程吹き飛ばした2人が体制を立て直したのか此方に向かってくる。傷の影響は全くないようだが頭に血が昇っているのか1人ずつ列をなしている。
「止まれ!」
敵の指揮官らしき者からの声に2人が硬直する。それを見逃すつもりのない私は先頭の兵に詰め刀を振るうも防がれる。防いだ勢いを利用し後退された。
––ッチ、もう少し減らしたかったが。
「たかが1人と高を括る想像以上にやるようだ…。数は此方の方が有利だ。無理に攻めずじわじわと追いつめてやれ。ガキを適度に狙うのも忘れるなよ!」
その言葉に兵たちは隊列を組み直し少しずつ此方に近づいてくる。お互いの間合いまであと少しというところで全体が止まり周囲を囲い始める。1人が前に出たと思って応戦すれば防御態勢を取り、すぐに周りの兵が攻撃を繰り出してくる。かといって一気に攻めようとすると端にいる兵が奥にいるレイと姫様を狙おうとし攻めきれない。
––まずいな。
どうすることも出来ずじりじりと後退していく。180度常に集中していなければいけないため、体力だけがいたずらに浪費させられる。
「隊長!」
後方からの部下の声に一気に後方へ飛ぶと所々傷を負い、疲弊しているだろう部下たちがいた。
「状況は。」
「芳しくない。どうしても仕留めきれん。このままではジリ貧だ。」
「僕たちもダメだね、傷つけるだけで精一杯。ヤジャ君の馬鹿力でも倒しきれないこともあるとさすがに厳しいかな…。」
周囲を見ると敵兵はまだ20人以上はいるだろう、対して此方は6人と姫様。なんとしても姫様だけは逃がさないと…。私は敵兵に聞こえない声量で部下に伝える。
「レイたちを最優先で逃がす。薄いところを抉じ開けてバイコーンで一気に駆け抜けさせる。」
「隊長! 僕が残って他の皆が護衛した方が。」
「駄目だ、抜けた後に敵を抑える必要がある、お前では足手まといだ。」
「子供を守るのは大人の役目だからね、私たちにレイたちを守らせてほしいなー。」
「そもそも俺らも死ぬつもりはねぇ、あいつらを殺したらすぐ追いつくからさっさと行け。」
ザーパ領までの地図と書状をレイの持っている鞄の中に入れる。涙目で私を見ているレイを安心させるよう微笑み頭を一撫でする。
「頼んだよ。」
部下たちの顔を一人一人見る。全員覚悟は出来ているようだ。私は前に出て刀を掲げ号令を––
「ふぇ––––うわぁぁぁぁん!!」
––ゾクッ
姫様が泣き出すと同時に急に悪寒が走る。一瞬思考が止まるが直ぐに立て直す。部下たちを見回すと全員が動揺している。
––まさか、この感覚は……魔王様。
考えうる最悪の予感を頭に浮かべ魔王城の方を見つめる。
「ヒィヒィーン!」
後方からバイコーンの嘶きが聞こえたと思うと敵兵の方に向かい駆け出していく。手綱に手を伸ばすも届かず横を通り抜けていく。
追いつくため、駆けだそうとすると急に魔王城の方から目に見える程濃くて、黒い空気が広がり迫ってくる。
––これは、瘴気か!
視界が悪くなるほどの瘴気は私たちを駆け抜けルカと姫様を乗せたバイコーンにも追いつくと更に奥まで広がっていく。
「な、なんだこれは!」
人間の兵たちは突然の瘴気に狼狽している。その隙にバイコーンは敵兵の間を抜け森の奥に消えていく。
当たり前だ。人間にとって瘴気は害でしかない。魔王領は人間領と比較し瘴気が濃くなっているが、ここまで濃い瘴気は一部地域のみにしか存在しないはずだ。なのに狼狽するだけで害があるように思えない。しかも視界が悪いにも関わらず敵兵はしっかり見えている。これは一体……。
「全員微かに光っている?」
瘴気対策だとしても一般兵など精々口に布を巻き付けるくらいだ。体が光るなんてまるで勇者パーティを相手したときのような……。
「皆の物、狼狽えるな! 我々には勇者様の加護が付いている、瘴気など恐るるに足らんわ! お前はあのガキ共を追え!」
「……なんだと?」
敵兵の声に二人の兵士が森の奥へと進んでいく。
「––ッパンサー!!」
すぐさまパンサーに対し叫ぶ。意図を一瞬で理解したのかバイコーンが消えて行った森の方向へ駆け出していくのに私も並走する。
私たちの行く手を阻もうとする敵兵の位置が突如爆発する。レトシュだろう、その爆発に敵陣を抜け切る。
私は森の手前で方向転換し敵兵に向きなおる。
「頼んだぞ!」
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