第2話

 姫様を改めて抱きかかえると同じ魔将であるラセツと玉座の間を後にする。部屋を出ると城内からは悲鳴や爆発音が至る所から響き渡っている。急いで図書室へ向かい該当する部屋へ入ると見知らぬ大きな体躯の魔族の青年が立っていた。体中の至る所に傷がついており横には体躯程もある大きな太刀が置いてあり、振り回す姿が想像に容易い。その青年は苛立っていることを隠そうともせず口を開き始めた。


「おい親父! 戦場にいた俺をこんなところに呼び出すなんてどういうことだ!」


 ラセツはそんな息子と思われる奴のいうことを無視しながら隠し扉を開ける準備を始めている。


「おい貴様、姫様が不安になるから大きな声をだすんじゃない。」


 此方に振り向き私の言葉で姫様の存在に気付くと一瞬怯んだ後静かになる。そうこうしている内に飾ってあった像の後ろから隠し通路が姿を現す。ラセツは息子を一瞥した後、私の方に向き直り目を合わせる。


「それでソコウよ、すまないがこの馬鹿も連れて行ってくれないか?」


「––それ「ふざけんな、どういうことだ、聞いてねぇぞ!」––おい、静かに喋れ。」


 言葉を遮られたうえに、騒がしいため睨みを利かせ再度黙らせる。


「時間がない、どういうことか簡潔に説明してくれ。」


 先程から通路が騒がしくなってきている。きっと人間がここまでたどり着いたのだろう。


「さっきも言った通り、この馬鹿、ヤジャも姫様と一緒に連れて行ってくれ。最低限の実力だけはある。」

「ふざけんな、俺は魔王様の子供だろうと子守なんてするつもりはねぇ! 俺は強い奴と殺し合いてぇんだ! こんな自分を高められて最高の場所から逃げられるか!」

「…確かにここには強い奴がいっぱいいるだろう、だがもしそいつと戦って死んでどうする。」

「そこで死んだら俺が弱ぇだけだった話だろ! それは本望だ!」

「馬鹿者め、お前は大事なことがわかっていない。だからお前は弱い。お前が勝手に突っ込んで勝手に負けたら周りの仲間はどうなると思う? お前を助けようとして無理をして命を落とすかもしれない。何よりお前がそんな考えで仲間を危険にさらすというのならば戦場に出すわけにはいかない。」


 ラセツのいう通りだ、魔族は仲間意識が高くお互いを見捨てるという選択は基本的にはしない。仲間が危険な状況なら迷わず助けに行くし、自身が犠牲になれば多数を助けられるというなら喜んで犠牲になる。それが魔族だ。


「だからソコウと姫様と共に行け。そして大事なことを学び、強くなれ。強い奴と戦うのはそれからでも遅くはない。それにこれは命令ではない。親として…最後の頼みだ。」

「––!…ッチ、わかったよ、行けばいいんだろ。」


 通路から悲鳴が聞こえ、図書室の入口が開く音がする。


「もう話をしている時間はない、ラセツ、ヤジャ行くぞ!」


 走り出す私たちの後ろから声がする。


「この通路は基本的に一本道だ、真っすぐ進み壁にぶつかったら左脇の壁にスイッチがある。そこを押せば森に出られる!」

「ラセツ!? 一緒に行かないのか!」


 振り向いた先には隠し通路の入口から動いていないラセツが見える。ラセツは私と目が合うと親指と口角を上げるとそのまま振り向き通路を閉め始めた。


「…親父。」


 ラセツの背中を見つめてたであろうヤジャの肩を叩き先に進むよう促す。通路を走っていく私たちの後ろから微かに声が聞こえた。


「我こそは魔王軍魔将が一人、鬼人ラセツ! ここを通りたければ我を倒してから行け!」






 あれから一度も後ろを振り返らずひたすら通路を走っている。並走しているヤジャも何かを考えているのか一度も言葉を発さず付いてきている。

 ––そろそろ半分くらいか?

 そう考えてるとふいに懐から音が漏れているのに気付く。


「ヤジャ、姫様を一度頼む」


 寝ている姫様を渡そうとするとヤジャは目を見開いた後、慌てだす。


「お、おい。俺は赤ん坊なんて抱いたことないぞ!?」

「両腕で抱くようにすれば大丈夫だ、頭だけ揺れないように抱け。」


 音が今だ止まる事が無いため、何か緊急事態でもあったのだろう。半ば強制的にヤジャに姫様を預けると無線機を取り出し声を聞く。


『隊長、隊長。聞こえてましたら応答してください! 聞こえてますか、隊長!』

「アスミか? 聞こえてるぞ、何があった?」

『隊長、良かったようやく通じた! 目標地点に向かう際、人間の小隊規模に遭遇。応戦しながら目標地点には近づいていますが指示をお願いします!』

「…小隊規模程度ならお前らで撃退出来ないのか?」

『普段でしたら問題ないですが何かがおかしいです! 攻撃が余り通らず数を減らすことが中々出来ません!』


 ––姫様の事を考えれば合流せずに引き付けて貰うべきだが…。


「ヤジャ! お前はどれくらい戦える?」


 姫様を揺らさないようにするためか、変な走り方をしているヤジャに問いかける。


「ぁあ!? 親父には勝てたことはないが同じ隊では1対1なら誰にも負けなかったぞ!」


 ––なるほど。最低限の実力というのはそういうことか


「そのまま応戦しながら目標地点に向かえ! 私たちも今向かっているがそんなに時間はかからない!」

『わかりました! では今から目標地点まで撤退します!』


 その言葉を最後に無線機を懐にしまい、ヤジャから姫様を受け取りながらスピードを上げる。


「通路の先で人間の小隊規模と交戦予定だ、予測以上に手強いらしい。着いたらいつでも戦えるようにしとけ。」

「…わかった、任せてくれ。」


 そういうとヤジャは走りながら前方足元付近を見つめ続ける。何か思うところがあるようだ。


「壁が見えたぞ、あそこが合流地点だ!」


 振り返りヤジャを見ると自身の両手をジッと見つめている。


「おい、聞こえているか、戦闘準備をしろ!」


 その言葉に目を伏せながら両手を握りしめと何かを決心したかのように正面を力強い目で見据える。


 ––大丈夫そうだな。


 行き止まりの壁に辿り着き左側の壁面を触っていくと微かにへこんだ部分を見つける。そのまま押し込むと目の前の壁が動き、夜空に照らされた木々が見え始める。


「先に出る、通路を閉めてくれ。」


 姫様を片腕で抱えていつでも刀を取り出せるよう柄に手をかけながら通路から出る。辺りを見回すと誰もいないが周辺から微かに声が聞こえる。岩が動き出しヤジャが右側に付くと大太刀を手に持ち辺りを警戒し始める。私の方から草をかき分ける音が聞こえたと思うと小さな人影が飛び出してくる。


「隊長! 良かった、合流出来て!」


 アスミが息を切らして出てきたと思うと馬によく似たバイコーンが続いて出てくる。バイコーンの上に誰か乗っておりよく見てみるとレイが乗っている。ほとんど人間の子供と変わらない容姿をしており年齢も5歳とかそこいらのはずなのでアスミより小さい。更に後方から銃声と爆発音が何度かしたと思うと悲鳴と同時に煙が上がり、中からレトシュとパンサーが出て来てこちらと合流する。


「煙幕出しといたから少しは時間はあるよ。」

「良くやった、状況。」

「現在30人程度の人間の小隊と交戦中。妙な強さを持っている。」

「妙な強さとは?」

「何かちぐはぐなんだ。こちらの攻撃は普通に当たるんだが妙にダメージが少なく致命傷に至らない。相手からの攻撃も避けたり受けることは出来るが一撃が強力で受ければ手が痺れる程だ。身体能力は強者その者だが…技術はまるでなっていない、ただの一般兵のように感じる。」


 パンサーが刃こぼれした短剣を忌々しく見ながら吐き捨てるように答える。


「私の魔銃が当たっても少ししたら復帰するし、かといって後方を見てもそれらしい魔術師もいないし…何か気味悪いんだよねー。」


 レトシュの魔銃はその名の通り弾に魔力を込めることの出来る特別な武器だ。威力も高く通常の魔力弾でも普通の人間なら頭を吹き飛ばすほどの威力だ。


「今原因を考えてもどうしようもない、とりあえず情報を取りつつそれだけの強さをもった相手の前提で戦闘に臨むぞ。何か分かればすぐに報告をしろ。」


 全員が頭を縦に振ると、レトシュが私の腕にいる姫様に気付いたのか声をかけてくる。


「それで隊長の腕にいる可愛い赤ちゃんは今回の命令に関係あるんですか?」


 姫様の頬を優しく突きながら此方を見てくる。


「魔王様のご息女のナル様だ。姫様を連れてザーパ領まで逃れろとのことだ。」


 その言葉にレトシュは驚愕の表情をしながら突いていた指を見つめ寝ている姫様に必死に謝りだす。それを横目にパンサーが理解できないといった表情で聞いてくる。


「それなら我々が敵を引き付けている間にザーパ領まで向かえば良かったのでは?」

「私たちだけではザーパ領までの足がなかったからな。それにお前らだけじゃなく今回はヤジャもいる。徒歩で目指すより敵を殲滅してからバイコーンで向かった方が安全だと判断した、それだけだ。」


 そういうとレイシュとアスミはニヤニヤとした笑みを、パンサーは口角を僅かに上げている。レイはバイコーンの上で拳を握って気合を入れており、ヤジャは大きな声で笑い出した。その様子に困惑していると皆を代表するようにレイシュが口を開いた。


「へへへ、私たちをそんなに大事に思ってくれてるんですねー。」


 そんなことをニヤニヤしながらからかうように言ってくるレトシュに対し溜息を付くと周りからガチャガチャと金属同士が当たるような音が鳴り響いているのに気付く。森の中から次々と人間の兵士が私たち周辺を囲むように出てくる。全身鎧を着た兵士や軽装の魔術師、それに森の奥には弓兵の気配もする。ようやくお出ましのようだ。

 私は改めて姫様を抱きなおし腰に差した鞘から刀を取り出し正面を見据え、口を開いた。


「行くぞ!」


 ––私の言葉を皮切りに戦いが始まった。

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