魔族と人族の因縁に決着を。

ダンナ

第1話

 ––魔王歴945年


 玉座の間が突然勢い良く開かれる。


「魔王様、人間の軍がすぐそこまで迫っています!」


 言葉を発した部下の様子から戦況が伝わってくる。


「そうか、早かったな…。人間共も存外優秀ということか。––いや勇者の力か。20年程前迄は魔王城近辺には来れなかった人間達がたった一人の勇者によってここまで力をつけるとはな…。」


 魔王様がそうおっしゃると目を瞑り深く一息つく。ゆっくり時間をかけて顔を上げると周りの配下をぐるっと一周見渡し私と目が合うと動きを止める。


「ソコウよ。」

「はっ」


 私は即座にその場に片膝をつき頭を下げ言葉を待つ。


「この城の西3km先、森の中に巨大な岩が鎮座している。その付近に其方の部隊を数日は野営が出来るように準備をして待機させておけ。もちろん戦闘も出来るようにだ。」

「野営の準備…ですか?」

「ああ、指示を出し終わったら其方も同じように準備をした上で娘を此処に連れてきてくれ。」

「…かしこまりました。」






 私は下げた頭を上げて立ち上がると即座に玉座の間から出ていく。入口を守っている仲間に兵糧の準備を頼むと、部隊が待機してあるであろう部屋に向かう。部屋が見える位置まで来ると扉の前で腕を組み寄りかかっている部下が見える。近づく気配に気付いたのか顔を上げ此方を見る。身長が高く此方を見る目は大きくぎょろっとしている。そして体は特徴的な緑の皮膚に覆われている避役族の男、パンサーだ。


「パンサー、全員中にいるか?」

「この前拾った子供以外は全員いるぞ。」


 ––この時間はまだ寝ている時間か。


 パンサーに部屋に入るよう促し、自身も中に入る。部屋の中を見渡し先程のパンサーを含め3人いることを確認する。


「魔王様から命令が下った。今すぐ戦闘準備をして特定の位置で待機しろとのことだ。数日はかかる前提で食料と…野営の用意もしておけ、場所は西の森3km先、岩付近だ。」


 ––訝しい、そんな顔をしているな。


「言いたいことは分かるが命令だ、今すぐ全員準備をしろ。食料は頼んでいるから言えば貰える、待機地点に着いたら周囲の安全を確保をしておけ、わかったな!」


 その言葉にパンサーがすぐに部屋を出ていく。私も続いて出ていこうとしたところ後ろから声をかけられる。


「隊長、あの子…レイはどうするの?」


 声をかけてきた女は蝙蝠族のレトシュだ。背中からは黒い羽根が生えており声を発した口からは鋭利な牙が見えているが童顔のせいで怖くは感じない。小柄のため近づいてくると必然的に上目遣いになる。


「レイも連れていけ、この時間じゃ寝ているだろうが叩き起こして準備をさせろ。」

「りょーかーい。」


 敬礼のようなポーズを取ってあと、横をパタパタと音を立てながら小走りで通り過ぎていく。レイがいる部屋の方に向かっていくのを横目で見ながら部屋に視線を戻すと最後の1人は準備を始めているようだ。


「私は後から行く。準備が出来次第全員で向かっておいてくれ。」

「あ、ちょっと待って。」


 声をかけたにも関わらず手を止めずにガサガサと棚を漁っている。目的の物が漁っていた棚になかったのか小さい体を上に伸ばして上の棚を漁ろうとしたが背伸びをしても届かないようだ。一度溜息をつくと重むろに背中から触手を出しはじめ上の棚に伸ばしていく。蛸種族の女、アスミだ。


「お、あったあった。これ持ってって。」


 目的の物らしきものを触手で巻き付けると、そのまま私に投げてくる。飛来物を受け取ると黒く四角い箱のような物だった。


「これは?」

「それは以前に人間の死体から拾ったものを修理したものだよ、確か無線機って言ったかな? 離れてても声が届くなんてすごいよね。僕も同じものを持っているから1kmくらいなら会話が出来るから念のため持って行ってほしいな。」


 話を聞きながら箱の周りを見てみたり横についている棒を伸ばしたり縮めたりしてみていると、口に手を当てて笑いながらアスミが見ているのに気付く。


「ふふっ、その棒は僕と会話したい時に伸ばすと会話が届く距離が伸びるみたいだから出来るだけ伸ばしてみてね、後は会話する時はこのボタンを押しながら喋ってね。設定はしてるからそれだけで使えるよ。」


 やはり人間というのは侮れないな。受け取った無線機を懐にしまいお礼を言うと部屋を後にした。






「魔王様の命令で姫様を玉座の間に連れていくことになりました。」


 部屋で佇んでいる姫様の乳母にそう声をかける。私が部屋に来た時点で何かを察していたのか一度目を伏せる。


「この日が来てしまったのですね…。」


 そう呟くとベッドで寝ている姫様を抱き上げ一度顔を寄せると震える手で此方に差し出してくる。


「姫様を…お願いします。」

「…勿論です。」

「それとこれを姫様に。」


 乳母はそういうと姫様の首にネックレスをかける。ネックレスの先には姫という立場にしてはシンプルで無骨な銀の指輪が付いている。


「こちらは王妃殿下が大事にしていた指輪です。王妃殿下亡き今、姫様に持っていてもらうのが一番でしょう。気分がすぐれない時もこちらの指輪を触っている時は嬉しそうにするんです。」

「そうですか…。責任を持ってお預かりします。…しかし、何か知っているのですか?」


 私の言葉に頭をゆっくり左右に振り、そのまま頭を下げる。


「…姫様を確かにお預かりしました。それでは失礼いたします。」


 姫様を両手でしっかり抱き上げそのまま部屋を後にする。後ろで何か呟く声が聞こえたような気がして振り返るが頭を下げている乳母がそこにいるだけだった。






 城内が騒がしくなってきた。恐らく人間共がすぐ近くまで攻めてきているのだろう。


 ––急がねば。


 抱きかかえている姫様を起こさぬよう走り玉座の間の前まで来ると仲間の焦った声が聞こえる。


「城内に勇者達が侵入しました! 付近にいる魔族は皆迎撃にあたっております、魔王様ご指示を!」

「…そうか。先程話した通りだ。3人の将以外は部隊を率いて城内の侵入者の迎撃にあたれ、あくまで今は時間稼ぎということを忘れるな。そして該当の勇者には決して手を出すな、他の者にも伝えておけ。」


 ––どういうことだ。


 話の内容に足が止まってしまい、玉座の間の前にいる私の目の前を中にいた魔族達が慌ただしく走っていく。中には私に気付き目が合うものもいるが顔を曇らせたり目をそらしたりと普段見ない反応に不安を募らせる。大きく息を吐き私は前へ進む。


「魔王様、戻りました。」


 私は姫様を抱きかかえたまま、魔王様の前に行き片膝をつく。


「戻ったか…ソコウよ、聞け。」


 魔王様の声に先程払ったはずの不安が再度纏わりついてくる。


「魔王領の歴史書が蔵書されている部屋に隠し通路がある。案内にはラセツを付ける。その通路を抜ければ先程伝えた森の中に出る。そこで部隊と合流し我が娘と共にザーパ領を目指せ、領主とは既に話はついている。」


「…なっ」


 他の魔将達は仲間と共に人間共との戦いに赴いているのに私だけ逃げろなんて理解できなかった。––いや理解したくなかった。


「ふぇ…」


 突然の声に我に返る。知らず知らずのうちに手に力が入っていたのか腕の中にいた姫様が苦しかったのか泣き出しそうになっている。慌てて立ち上がり泣かないようにあやし始めるも子供の相手をしたことがない私では力不足か泣き出してしまった。


「ソコウよ、娘を此方に。」


 泣き叫んでいる姫様をそのまま魔王様の元に連れていきお渡しする。

 姫様は魔王様に抱かれると先程まで泣いていたのが嘘のように笑いだす。


「ふっ…」


 魔王様は一瞬微笑むと姫様の頭を重むろに撫で始めた。その表情に私を含め周りにいた魔将達は皆、驚愕を浮かべていた。

そのまま撫で続けていた魔王様はふと首からぶら下がっている指輪に気付いたようだ。手のひらに乗せ指輪の内側をゆっくり指で触れ、なぞっていく。そして自身の懐に手をいれたと思うと指輪を取り出した。それは銀色の指輪でシンプルなものだが姫様がぶら下げているものに似ているが、そちらより洗練されているように見える。そのまま姫様のネックレスに指輪を付けたと思うと両手で姫様の脇を持ち頭上に掲げる。


「ナルよ、愛しているぞ。」


 姫様は遊んでもらっていると感じているのか頭上で笑顔を浮かべながらはしゃいでいる。姫様が両手を上下に振る度に指輪同士が重なり合い音を立てている。

 魔王様が腕を降ろし姫様を抱きかかえると私の方にお渡しになる。丁重にお受けし正面を向くと魔王様と目が合う。その目からは強い信頼が込められているように感じた。


「––このソコウ、命を懸けてお守りいたします!」

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