16
その日も車内は、いつもと同じ様相だった。なみの混雑ぐあいというやつ。乗車率は150パーセントというところ。
もちろん、かぎりあるつり革は争奪戦になっているけど、ほかに場所はいくらでもある。私たちはシルバーシート周辺の、細い通路にならんで立った。その位置は、車両と車両の連結部分の近くのエリアで、通路をはさんだ壁ぎわに、三人がけのシルバーシートが電車に対して平行に向かいあってならんでいる。
前後左右にうじゃうじゃ人がいるけれど、ドア付近のエリアよりはだんぜんましな空間だった。なんといっても、ちびの私が埋もれないですむ。車内の景色も楽しめる。
私とマコは人ごみのまんなかあたりで、先ほど開かなかった方の扉を向いて立っていた。その位置からだと人の頭のあいだから、男の子が立つ(であろう)乗降扉がよく見える。
とうぜんだけれど男の子はまだ乗っていない。しばし黙って、がたごと電車に揺られる。
電車はいつもと変わらずに、自分のペースに忠実だった。動き始めてしばらくはマコもおとなしかったけど、二つ先の駅が近づいてくると、さすがに我慢ができなくなったようだ。また例の妙に高いテンションではしゃぎ始める。
「そろそろだね。チャンスがあったら私がうまくアプローチして、あんたに絶妙のパスを出してあげるからね」
おいっ。そんなことはたのんでいない。
だいいち、いきなり電車のなかで話しかけられたりしたら、ふつうは引く。絶対引く。少なくとも私はそうだ。なんでこいつは、いちいちよけいなことをしようとするのだろうか。
「いいから、黙って電車に乗ってる。よけいなことは絶対しない。いい?」
声を殺して念を押した。
「はいはい」
マコはへらへら笑って、あてにならない返事をした。
むう。こいつは絶対、聞いていない。私の話をいつもみたいに流してる。
心配だ。ひじょうに、ひじょーに心配だ。
そんなこんなで灰色の電車が、二つ先の駅についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます