15
「まもなく、2番線に電車がまいりマァス」
上空のスピーカーから、すごくクリアな女性の声が降ってくる。
まわりはざわざわ、がたがた、ぺたぺた、ノイズみたいないつもの音だ。
私とマコは次の朝、駅のホームに立っていた。横にならんで列の一番まえにいる。
「そういえば私、満員電車なんて乗るの高校のとき以来だわ」
昨夜ほとんど寝てないのに、マコはやたらと元気がいい。雑音のなかでもひときわうるさい。やかましい。ぎゃいのぎゃいのとはしゃいでる。
「やっぱりまだ痴漢とかっているのかな。制服着てたころは、みんなよくさわられたりしてたから」
ええい、うるさい。そんなの知るか。私は低血圧なのだ。
「まあ、もし痴漢が出たとしても、助けてもらえばいいか。電車さんに。今日もちゃんと乗ってくるよね、電車男」
マコはまだ昨日のネタを引きずっている。私は正面を見たまま言った。
「いつも乗ってる電車だから、たぶんくるとは思うけど。そんなことまで責任持てないよ、私」
「早く電車こないかなー」
話を聞かない友人は、リズムをつけてそう言った。顔をちょこっと突き出して、ホームの先をのぞきこむ。本当にこいつはうるさいなあ。
私はマコのトレンチコートのすそをつかんで、落ちないように引き寄せた。
「ほら、あぶない。そんなことしてたら、電車がきたときに落っこっちゃうよ」
ぷわあっと大きくホーンを鳴らして、電車がホームに入ってきた。速度を落として、灰色の長い車体が私たちのまえにも届く。
「いい、マコ。電車に乗ったら絶対に騒いじゃだめだからね。ほかの人もたくさん乗ってるんだから。迷惑かけたらだめなんだよ」
私は言っていて、なんだかむしょうに悲しくなった。
いったい、この子はおいくつですか? 私はマコの親ですか?
マコはあきれたみたいに私の方を振り向いて、からかうような口調になった。
「ウミ。あんたは私の母親かっ」
電車が停まり一拍遅れて、ぶわっと大きな風が吹く。乗降口の扉が静かにスライドして、私たちは電車に乗った。
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