12

「ウミが想いを寄せる愛しの彼が、どんなやつか見てみたい。今晩ウミの家に泊まって、明日の朝あんたといっしょに学校行けば、電車のなかで見られるんでしょ、そいつ」


 まあ……


「たぶん見られるとは思うけど……」


 あいまいな私のこたえはB型女には、肯定の意思表示にとられてしまったようだ。


「じゃあ決まりね。そうしよう」


 そうしようじゃねーだろう。こういうことを勝手に決めるな。だいいち、愛しのきみとか、ひと目惚れとか、そういうんじゃないんだけれど。


 ねえ、ちゃんと聞いてる? ねえ、マコちゃん。


 心のなかで必死ですがるが、徒労に終わった。


「そうと決まれば、善は急げね」


 私があわてていることなんておかまいなしに、マコはテーブルうえの灰皿でたばこをもみ消し、スマホ画面を確認した。ヴィトンを持ってイスを立つ。さっさと歩いて、空き教室を出ていった。


「ちょっとウミ、なにやってんの? 早く教室行かないと、授業に遅れちゃうよ」


 ドアの外で振り向いて、私に呼びかけた。手にはヴィトンのバッグのほかにクリアファイルがにぎられている。


 ん……? クリアファイル? 


 ってマコ。あんたはそれを部長にわたすために、朝早くからわざわざここにきたんじゃないの? 


 一瞬そう言おうと思ったが、これも言っても始まらない。どうせこいつは人の話をなにも聞かない。電車といっしょで、自分のペースだけを守って生きている。


「はあ」


 しかたない。私もあわててイスを立ち、廊下のマコのうしろを追った。


 どこかのスピーカーからは、授業開始のチャイムが静かに鳴っていた。

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