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 学校につくと、私たちは教室には行かず、まっすぐサークルのたまり場に向かった。


 私たちの所属しているサークルは季節の星を観察する、文科系マイナー属のサークルだ。


 サークル名は『ジュエルスター』。部でもないし、こぢんまりとしてるから、とうぜん部室は持っていない。旧校舎の喫煙可能な談話室の一角を、いくつかのサークルと共同で使っている。


 その朝、うちらのたまり場には、まだ誰もきていなかった。


「なんだ。誰もいないじゃん」


 ぶつぶつ文句を言いながら、マコはイスに腰をおろした。合体させた長テーブルを囲むように設置されている、折りたたみ式のパイプイスだ。


「やっぱり、ちょっと早くきすぎちゃったかな」


 あーあとマコは退屈そうにあくびをした。中古のヴィトンを、テーブルうえにどかっとおく。鞄のなかから、同じモノグラムのシガレットケースをとり出した。


「まったく……」


 ひとりごとでぶつくさしながら、慣れた手つきでたばこをくわえる。ライターのセーフティをかちりとはずして火をつけた。


「ふう」


 つんとするメンソールの白い煙を口をすぼめて薄く吐き、ななめうえの遠くを見つめる。


 マールボロ・ブラック・メンソール・ワン。パッケージは黒地に緑が映えるデザイン。街なかでは嫌われもののたばこだが、マコのものは黒い闇にほんのり光る緑の希望が美しく、ブランド品のようにも見える。


 不快じゃなくて、下品でもない。大人みたいに流れるような自然な動作。


 私はたばこを吸わないけれども、マコの喫煙風景がほんのちょっと好きだったりする。となりに座ってしばしようすを眺めてしまう。


 そういえば電車のなかの男の子も、ほんのりたばこの匂いがしたな。こんなふうに大人みたく、たばこをぷかぷか吸うのかな。ふふふ。


「え? なに? どうしたの、ウミ」


 私が自分の世界にトリップしていると、マコが驚きの声をあげた。不思議そうに私の顔をのぞいてくる。

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