1.たつまきにさらわれて

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 ざわざわ、どたどた、がたがた、ぺたぺた。狭い車内に無数の音が飛んでいる。そのうえに重なるのは単音だけで構成されたメロディライン。人の気持ちをむやみに急かせる電子音。続いて耳に入ってくるのは、鼻風邪みたいなふざけた調子のアナウンス。


「ドア、しまりマァス」


 四月。早朝。八時半。私は電車に乗っていた。


 大学二年の桜の季節。毎朝乗っている、いつもの電車だ。


 春は私の一番好きな季節である。


 四月二日の通学時間。通勤ラッシュもピークをすぎて、列車のなかはそれほど混んではいなかった。人と人とのあいだには、ほんのわずかな隙間があり、かろうじて彼らが他人であると理解できる。


 その朝、私は運よく座れた(シルバーシートだけれども)。身体の左半分をひやりと冷たいステンレスのパイプにもたらせ、ぼんやりしたままスマホの画面を見つめていた。


 大学までの乗車時間は一時間。とにもかくにも退屈だ。


 私の朝は一年三百六十五日、こんな調子で変わらず始まる。

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