エレクトリカルの王子さま

成星一

プロローグ

1

 私たちの住んでいる世界は、なにもかもが灰色だ。


 空も地面も人間だって、すべてのものが白と黒とのあいだにある、中間色でできている。


 うそだというならゲレンデ用の眼鏡をかけて、街をじっくり見るといい。一見、華やかに見える渋谷のスクランブル交差点も、TSUTAYAのうえの季節の空も、街を行き交う人たちだって、どれもこれもが灰色一色。


 中途半端で不完全。みんながみんな、微妙なグレーの濃淡だけで塗りわけられている。


 私はときどき、そんな世界が退屈だって思うことがあったりする。


 灰色の街、灰色の空、灰色の他人。おとぎ話に出てきたような、カンザスみたいな場所なんだって説明すれば、ちょっとはわかりやすいかな?


『オズの魔法つかい』で最初に出てきた、ひどくさびれた地方の名前だ。


 私たちの住んでいる世界は、その物語の最初のシーンによく似ている。


 退屈だけれど幸せで、灰色だけれど明るくて。それにときおり吹く風が、なにもかもをのみこんじゃうってこともある。


 本能、事故、自然現象、天災、ボンサイ(ちょっと違うか)。そんなふうにも言いかえられるその突風。


 何年かに一度、誰の身にも降りかかる。苦痛でもあり、幸福でもある。まるで巨大な、たつまきみたいだ。


 去年の春、私は予期せずそんな風にさらわれて、長くて短い旅をした。


 夢のような時間のなかで、脳のないかかしに出会って、心を持たないきこりに出会って、臆病なライオンにも出会った。


 あのころの色彩あふれる光景は、今でも心に鮮明だ。


 目に映る景色や思い出のひとつひとつが、雑貨屋さんの片すみに陳列されたジェリービーンズみたいに、カラフルな輝きを放っている。


 それはまるで、おとぎ話に出てきたような、きらきら光るエメラルドの国。灰色のカンザスなんて、まるでくらべものにならない。


 だから私は、旅を終えた今でもじつは、心のどこかで次の風を待っている。


 それは明日かもしれないし、季節が変わるころかもしれない。


 何年後かの忘れたころにやってくるかもしれないけれど、そんなの誰にもわからない。


 恋はとつぜん、予期せぬ方からやってくるのだ。


 人をさらっていっちゃうくらいの、本気で本当の恋っていうのは、気づいたときには巨大なたつまきに成長している。


 あまりの速さで気づかないこともじつはときどきあるけれど、今度はきっと大丈夫だよね。


 世界は今日も、私たちの小さな意思には関係なく、自分のペースでぐるぐるまわる。


 だから次の風がくるまでは、退屈だけれど寂しくないよう、まえを向いて生きていよう。


 灰色の景色に囲まれて、そんな世界を眺めながら――


 ね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る