12

 ところが男は答えもせずに、替わりにチッと舌打ちした。

「逃げる気がないなら置いて行く」

掴んでいたジュリモネアの腕を放して立ち上がる。

「待って、待って、置いてかないで」

慌てて立ち上がるジュリモネア、すると

「逃げるなら、道を西に進め。そして道から逸れるんじゃない」

やっぱりジュリモネアを見ないで男が言った。見ているのは魔獣だけだ。


「ちょっと! わたし一人で逃げろって言うの?」

「あの魔獣を放置しろと? さっさと行け! わたしは忙しい」

「そんな……途中で他の魔獣に出くわしたらどうしたらいいのよ?」

「道から逸れなきゃ、出くわさない。魔獣除けの香り袋を道の両脇に置いてある」


「えっ?」

ジュリモネアが前に出て男の顔を見ようとする。

「邪魔だってば! わたしの前に出るな、死にたいのか? 術で魔獣を止めている。邪魔をするなと言ってるだろうが!」

翳した手とは別の手で、男がジュリモネアを下がらせる。さっきから斜め後ろしか見えなかった男の顔、だけど少しだけ横顔が見えた。


「あなた……ネルロ?」

「はぁっ!?」

男はつい振り返ろうとしたようだ。一歩だけだが魔獣が足を前に出した。すぐさま平静を取り戻したか、男がフンと翳した手に力を込める。魔獣の動きはまた首をフリフリ、鎌をフリフリに戻った。


「ネルロなんかと間違えるな! いいからさっさと逃げろ、ここからいなくなってくれ」

「えぇ? ネルロじゃないの? でもソックリ」

「アイツの髪の色は? 栗色だろうが? わたしの髪の色は?」

「あなたの髪の色? 暗いしフードを被っててよく判らない」


 男はかなりイラついている。それでも魔獣を睨みつけ、手を翳したまま、もう片方の手でフードを払った。暗くはっきり見えるわけじゃないが、どうやら金髪、しかもちょっと癖っ毛、うなじを隠す程度の長さ……


「キャティーレさま!?」

「うっ……そんな近くで叫ぶな、耳が痛くなる!」

「わたし、キャティーレさまが心配でここに来たんです!」

「だから、煩い! 大声出すな。さっさと失せろ!」


「う、失せろ!?」

「邪魔だって言ってる。足手まといだ」

「そんなぁ……」

せっかくここで見つけたのだから、できればそばを離れたくない。だけど、ここに居てもどうやら嫌われそうだ。ジュリモネアが溜息を吐いた。


「判りました、道を真っ直ぐ行けばいいのですね?」

「あぁ、できるだけ道の真ん中を通れ」

「それじゃあ、名残惜しいんですけど、お先に帰らせていただきます」

「帰る?」

「はい?」

「イヤなんでもない。西だ、間違えるな」


 遠ざかっていくジュリモネア、充分距離が取れたところで男がフッと息を吐いた。

「危なかった……」

それからキッと魔獣に向き合う。

「さぁて、さっきの続きだ」

男の瞳が金色に輝き始めた――


 馬に逃げられてしまい、歩くしかないジュリモネア、トボトボと夜道を行く。月明かりのお陰でしっかり足下は見えているが、どうにも心もとない。果たしてこっちが西だろうか?


(後ろに行けば元の場所。だったらこっちが西で合っているはず)

始発点で行く方向を間違えていたら東だと言う事には気付いていない。そしてこんな状況なのに、なんの、なかなかご機嫌だ。


(キャティーレさまったら、わたしを『ジュリ』って呼んでたわ)

一人でに顔がニヤつく。

(でもヘンね。キャティーレさまには『ジュリでいいわ』って言ってない)

まぁ、勝手に略したんだろう。どっちにしろ、わたしの顔、ちゃんと見てたって事、見てないふりなんかしちゃって、恥ずかしがり屋さんね。


 夜道をニヤニヤ一人で歩く女……他人から見たらどれほど気味悪いものか、考える余裕がジュリモネアにはない。ここまで誰にも出会っていないのは、ある意味幸運と言える。


(だけどわたしったら、なんでキャティーレさまをネルロなんかと見間違えたんだろう? 二人って似てたっけ?)

ベッタン村で会ったネルロの顔を思い出そうとする。髪の色は栗色だってキャティーレさまが言っていた。そう言われれば、そんな気がする。


 青白い顔でひょろっとしたやせ型で、うーん、だけど、それってキャティーレさまもそうよね。疲れてるからってワインしか飲まないからそんなに顔色が悪いんだわって、さっき言いたくなったもの。言えなかったけどね。


 あー、でも、ネルロだって可愛い顔してた。キャティーレさまはかっこいいって言うか美形? ニコリともしないで澄ましているのが凄く似合ってる。わたしが笑顔を見せてあげると恥ずかしがって顔を赤くするネルロ、純情な感じは好感度が高かったわ。でもごめんね、どうせなら、冷たい雰囲気のほうが好みなの。つまりキャティーレさま。伯爵さまがキャティーレは本当は優しいって言ってたけど、その優しさをわたしだけに見せてくれたら、もう最高! ついでに甘えてくれたら、いっくらでも甘えさせちゃう。いつでも可愛いのもいいけれど、そのギャップに燃えちゃうのよ。


 あれ? やっぱりタイプが違うだけで、あの二人、同じ顔だわ。


 自分が出した結論に驚いて、ジュリモネアが立ち止まった。

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