11

 昼と夜では道の見え方が違ってくる――誰にも言わずドルクルト伯爵の屋敷を抜け出しここまで来た。リザイデンツに連れて来られた時と同じ道を来たはずなのに、まるきり見覚えがない。今は夜、二度目とは言え、昨日初めてきた場所だ。だから違って見えたってしくない。


 いやな予感にジュリモネアが馬の足を鈍らせる。そろそろベッタン村についていいはずなのに、人家が全く見えてこない。迷子になった?


 月は明るく夜道を照らす。それなのに、左右に広がる林は茂った枝が光を遮り薄暗い。昼間通った時は木漏れ日が美しかった。それなのに、今はただ恐ろしい。何かが潜んでいるようだ。


 馬が急に動かなくなった。林の奥を見て怯えている。ジュリモネアも馬の視線を追うが大きな木の陰で、その位置からでは確かめられない。前に進むよう命じても、馬は断固として動かない。


(どうしよう、戻ったほうがいいのかしら?)

もし魔獣なら、向こうが先に馬に気が付く。とっくに襲われているはずだ。だから馬は魔獣に怯えているわけじゃない。だったら何に怯えている?


(このまま戻っても、気になってきっと眠れない。それにせっかく出てきたのに、何もないまま帰るのはつまらない)

せめて馬が何に怯えたのかを突き止めてから帰ろう。勢いづいて出てきたのに、何もしないで帰ってきた言い訳もそれで立つ。迷子になったなんて、笑われるだけ。


 だけど馬はびくとも動かない。仕方なく下馬したジュリモネア、馬をその場において恐る恐る木の影に身を寄せる。


 少し先がぼんやり明るい。まるでヒカリゴケのようだ。でも、あんなところにヒカリゴケは生えない。それじゃあ何? ジュリモネアが隠れている木より向こうに生えている木の影に何かがいるようだ。それが光っている?


 足音を忍ばせて回り込んで見てみると……人? 人だ。黒い衣服を着た誰かが片腕を前にあげ、掌を何かにかざしていた。その掌がぼんやりとした光を放っている。

(魔法?)

ブツブツと呟くような声が聞こえる。きっとあそこで掌を光らせている人の声、男の声だ。


(何に魔法を掛けようとしているのかしら?)

男が掌を翳す先に視線を移すジュリモネア、するとやっぱり木の影に何かがいて蠢いている。男の掌の光はぼんやりなのに、蠢いているほうは眩しいくらい光っていて、木のシルエットをくっきりと浮かび上がらせている。なんで今まで気づかなかったのか? あれだけ光っていれば、もっと早く気が付いても良さそうだ。


(あぁ……どんどん光が増してるんだ)

掌を翳されているほうは、徐々に光が強まっている――気が付かなかった理由は判った。だけど何が光っているのかは、ここからじゃ判らない。最初はおっかなびっくりだったジュリモネアの歩みが慎重さを無くしている。人がいたからかもしれない。


 よく見ようとして近付くジュリモネア、だんだん光っているものの正体が見えてくる……


「えっ? えっ!? キ、キャアアァァアッ!!!」


 思わず叫ぶジュリモネア、そこにいたのは見たことのない魔獣、おそらく巨大なこうもり、背中で薄っぺらい皮がひらひらしてるのはきっと翼、毛むくじゃらの胴体にはヘンなところに腕がえていて、それはまるで蟷螂かまきりの鎌、これが叫ばずにいられるか? あまりの不気味さと恐怖で魔獣から目を離せない。


 魔獣は魔獣で、ジュリモネアの叫びに驚いたのが、いきなり光らなくなったと思うとクルッとジュリモネアを見た。

(目が、目が……人間の目だぁ?)

とうとうジュリモネア、腰を抜かす。こうなると、もう身動き取れない。ひづめが遠ざかる音がぼんやり聞こえ、馬に見捨てられたと感じていた。わたしを乗せずにお城に帰っちゃったんだ……ここでわたしは死ぬ。だって魔獣がこっちに向かってくる。


 向かってきたのは魔獣だけじゃなかった。

「しっかりしろ、立つんだ!」

「えっ?」

腕を掴んだのはさっき掌をぼんやり光らせていた男だ。すぐ横に膝立ちになり、片手でジュリモネアの腕を掴んで立たせようとしている。もう片方は性懲りもなく魔獣に向けて翳している。


 あれ、ここに辿り着くのが早すぎない? 結構、距離があったのに……でもいいわ、あなたの足が速いお陰でわたし、ひょっとしたら助かるかもしれない。


「早く立てってば! 足止めしている間に逃げるんだ」

男は魔獣から目を離さずジュリモネアの腕を引っ張る。そしてもう片方の掌を、さっきと同じように魔獣に向けている。魔獣は首を右に左に動かしながら鎌を振り回しているが、背中の翼や足は全く動かしていない。男の翳す掌で足止めされてらしい。だけどさっきと違い、掌は光を放っていない。


「痛いじゃないの!」

「早く逃げないと、痛いどころじゃすまないぞ!」

「あんた、魔法使いなんでしょ? さっき魔法で何かしてたよね?」

「あぁ! ジュリが邪魔をしなけりゃ、あの魔獣は今頃、粉々になってた」

「えっ?」


「けたたましい叫び声のお陰で集中が途切れて、ここまで追い込んだのが水の泡だ。ヤツを追い詰めるには一からやり直し。でもジュリを庇いながらじゃ、とてもじゃないが術の構築は無理。だから逃げろ」

「イヤ、逃げるのはいいんだけど……なんであんた、わたしの名を知ってるの?」

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