10
「魔獣の埋葬にはよく立ち会われるのですか?」
食事を勧めるのは諦めて、話題を変えたジュリモネアだ。
「魔法使いなのだとか? 尊敬いたします」
「魔獣はおおむね森に隠れ住む。滅多に人の前には出てこない――誰かに尊敬されることをした覚えはない。自分の務めを果たしているだけのこと」
素っ気ないうえに、やっぱりこっちを見ない。
「キャティーレさまのご趣味は? わたしはお転婆だって言われるけど、馬で早駆けするのが好きよ」
「無趣味」
「お好きな食べ物は?」
「特にない」
「それじゃあ苦手な食べ――」
「ない」
せめて最後まで言わせてよ。ジュリモネアがめげそうになる。あぁ、でも……ワインだけはさっきから飲んでるわ。どうやらワイン好きなのね。ワインの話なら乗ってくるかも?
「ワインがお好きなのね」
「ここにはワインしかないから」
リザイデンツが慌てて『他のお飲み物をお持ちしましょうか?』と訊くがそれには答えもしなかった。
何を言っても素っ気ない。返事をくれるだけマシと思うしかない。それでも笑顔は維持できない。どうせ作り笑顔だし、どうせキャティーレは見てくれないし、自分が馬鹿に思えてくる。
「ワインはお気に召しませんでしたか?」
ジュリモネアのグラスが空かないのをリザイデンツが気に掛ける。
「いいえ、わたし、お酒はあまり……お茶が欲しいわ」
「畏まりました」
リザイデンツがすっと動き、ドアを細く開けた。廊下に控えているメイドに指示を出すのだろう。
「お茶の用意――」
急にリザイデンツが振り向いた。すごい勢いだ。同時にキャティーレも顔を上げ、リザイデンツと同じ場所を見る――窓の外だ。
何が起きたのか判らないジュリモネアが戸惑う。どうかしたの? そう訊く間もなくキャティーレが立ちり、リザイデンツが自分の前のドアを大きく開けた。
「行ってらっしゃいませ。お気をつけて」
キャティーレは何も言わず、そのまま廊下に消えていった。
「なによっ!? どうしたって言うのよ?」
納まらないのはジュリモネアだ。歓迎の晩餐の途中だというのに、なんの説明も挨拶もないまま、肝心のキャティーレが退出した。リザイデンツはそれを止めようともしなかった。
「申し訳ありません、ジュリモネアさま」
「謝ればいいってもんじゃないわ! ここまで馬鹿にされたのは初めてよ?」
「どうかお許しください、緊急事態なのです」
「緊急事態?」
「領内、あれは多分コンテス村。魔獣の気配を察知いたしました」
「へっ? だって魔獣は退治したんじゃなかったの?」
「ネルロが申しておりました。母がいて子がいれば父もいるかもしれない。だから用心するようにと……」
「それで?」
「これはわたしの推測ですが、コンテス村の人々は薬草袋を処分してしまったのではないでしょうか?」
「それで村の中に魔獣が侵入した? 妻子の仇を討つために?――でも変だわ、魔獣を退治したのはベッタン村の人たちよ」
「魔獣から見れば人間はみな同じ、どこの村だろうが構わないのでしょう」
だから、ベッチン村だと心の中で思うが、今は言うべきではないと黙っているリザイデンツだ。
「それで、キャティーレさまはどうなさったの?」
「コンテス村に向かわれました」
「だって、コンチク村には魔獣がいるのでしょう?」
「だからでございますよ。村人を魔獣から守るのために向かったのです」
「そんな……まさか一人で?」
「えぇ、誰の名も呼びませんでしたからお一人で」
「そんな! リザイデンツ、何を
「はっ!? 何を仰る!」
さすがのリザイデンツも声を荒げる。
「いい加減、
マリネの泣き落としに負けてすごすごと部屋に戻る。ジュリモネアが部屋に戻ってくれないと自分が叱られると、泣きそうな顔のマリネに言われたのだ。だが落ち着かない。
部屋ではナミレチカが一人で待っていた。エングニスは食事が終わるとすぐに食器を下げに行き、そのまま戻って来ないらしい。きっとナミレチカと二人きりの気拙さから逃げたのだろう。
まったく、男って、どうしてこうも不甲斐ないの? でも、エングニスがいないのは好都合。
「ナミレチカ、今日は疲れたわね」
晩餐の様子を聞きたがるナミレチカ、でもどうせジュリモネアが話したがっていると思って気遣っているだけだ。だいたい訊かれても話せない。話せば自分が惨めで泣きたくなるだけだ。
「もう自分の部屋にお行きなさい。わたしも休むわ」
軽く
そっと廊下の様子を窺う。ここのメイドは用がなければ廊下に居たりしない。これもジュリモネアには好都合。
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