さて、なんと答えたものか? メイドたちは眷属だ。万が一にも秘密の漏洩があってはならない。眷属の男と婚姻し仲間に加えられた者や両親が一族の者、そんな女たちだ。意識して存在をアピールしない限り、に気配を察知されることはない。


「当家の使用人に対するしつけは厳しいものがございます」

リザイデンツが愛想笑いを消さずに言った。

「決してご領主さまやキャティーレさまのお仕事の邪魔はするな。それで屋敷の中では足音もなるべく立てず、無駄なお喋りをすることもございません。まして本日はジュリモネアさまと言う大切なお客さまをお迎えしております。いつも以上に緊張しているのでしょう」


「なるほどね……」

キャティーレって気難しいんだわ。ジュリモネアが心の中で溜息を吐く。この様子じゃ、メイドたちはきっと話し相手になってくれない。

(ナミレチカとエングニスはわたしについてきてくれる約束。二人がいれば寂しくないわ)


 再びドアがノックされる。さっき料理はこれで全部だとメイドが言っていた。忘れた皿でもあったのかしら? ボケッとドアを見るジュリモネア、両開きのドアが広々と開け放たれ、入ってきたメイドは二人、左右に分かれると部屋の中ではなく、互いにお辞儀するように頭を下げた。その間を男が一人、堂々とした足取りで部屋の中へと入ってくる。


「待たせた」

男が部屋の中を見もせずに言った。リザイデンツが

「キャティーレさまでございます」

少しだけ頭を下げ、すぐにキャティーレの席の椅子を引いた。


「こちらがダンコム子爵令嬢ジュリモネアさまでございます」

「ふむ……食べずに待っているとマリネから聞いた。遅くなってすまない」

すまない、とは誰に向かっての言葉だろう? キャティーレはリザイデンツもジュリモネアも見ていない。


 リザイデンツがテーブルに置かれていたワインをグラスに注ぐ。キャティーレが自分のグラスを手に取った。

「ご滞在は気の済むまでと聞いている。ゆっくりと静養されるといい。では――ジュリモネア嬢の美貌と健康に、乾杯」

グラスを軽く掲げてからキャティーレがワインを飲み干す。慌ててジュリモネアもグラスを持つと

「キャティーレさまがいつまでもご健康でありますように、ドルクルト伯爵のお早い回復を祈って。乾杯」

同じように飲み干した。


(美貌って何よ?)

心の中でジュリモネアが思う。

(わたしのこと、一度も見てないじゃないの)

入室したキャティーレから少しも目を離していないジュリモネアだから確信を持って言えることだ。


 そう、ジュリモネアはキャティーレから目を離せなかった。リザイデンツが容姿端麗と言ったけれど、まさしくその通りだったのだ。しかもスラリと細身、もろにジュリモネアの好みだ。一目でキャティーレに心を奪われた。


 黄金の髪はちょっと癖っ毛、うなじを隠す程度の長さ、整った顔立ちは母親譲りなのだと聞いている。でも、こうしてマジマジ見ると、さっき病床を見舞ったドルクルト伯爵の面影をなんとなく感じる。


『判りにくいけれどキャティーレは、実はとても優しいのです』

伯爵はジュリモネアにそう言った。そしてその伯爵はとても優しかった。打ち解ければキャティーレも優しさを見せてくれるかもしれない。今はきっと緊張しているだけよ。だからわたしを見てもくれないんだわ……都合のいいように考えるジュリモネアだ。


 伯爵の瞳はとび色だった。ジュリモネアを見てもくれないキャティーレの瞳は深い緑だ。きっと瞳の色もお母さま譲りなのね。キャティーレを見詰めるのに夢中なジュリモネア、気もそぞろに料理を口に運ぶ。味わう余裕なんかこれっぽちもなかった。


 深い湖のような神秘的な緑、なんて綺麗な瞳なのかしら? あの瞳でわたしを見て欲しい……決めた! わたし、この人と結婚するわ。この人に、プロポーズさせてみせる!


 料理の味は判らない。でもキャティーレが、他は口にせずワインを飲んでいるだけなのはよく判る。

「キャティーレさまはどこかでお食事を済まされたのですか?」

厭味に聞こえないように気を付けて、ジュリモネアが尋ねた。


「疲れ過ぎて食欲がないだけだ。あなたは気にしないで、どんどん食べるといい」

答えてくれたものの、キャティーレはやっぱりこちらを見ない。


「魔獣の埋葬に立ち会うためにお出かけだったのですよね。リザイデンツさまから伺いました――さぞやお疲れとお察しします。ですが、ワインだけでは却って疲れも取れません。少しでも召し上がってはいかがでしょう?」

これも説教臭くならないよう、あくまでキャティーレを心配しているのだと思われるよう、表情にも声音にも気を遣う。


「ご心配は無用。誰かと一緒の食事には不慣れ、明日の朝はしっかり食べる予定」

今度もキャティーレは答えてくれたがやはりジュリモネアを見ない。だいたいこれでは言外に、ジュリモネアとは一緒に食べないと宣言されたようなものだ。

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