そしてジュリモネアを迎えての晩餐――


 ドルクルト伯爵の居城でもとりわけ調度が豪華だという部屋はあちらこちらに花が飾られていた。

「大広間もあるにはあるのですが、お二人では広すぎます。ダイニングもしかり。この部屋はキャティーレさまのお気に入り、気が向けばこの部屋でお茶をお楽しみになったり、読書なさったりする部屋なのです」

リザイデンツが言い訳がましく部屋の説明をする。見るとダイニングテーブルの脇にはゆったりとしたカウチが置かれていて、『キャティーレさまはきっと、あそこに寝そべって本を読むのだわ』とジュリモネアに思わせた。


 さすがに侍女のナミレチカと従者エングニスは遠慮して、ジュリモネアの部屋での食事だ。二人きりの食事は彼らに何か進展をもたらすだろうか? キャティーレが来るのを待ちながら、少しだけワクワクしているジュリモネアだ。自分のことでワクワクしていないのが寂しい。


 キャティーレはなかなか来ない。暇を持て余し、緊張の糸も切れるとジュリモネアが思い出すのはネルロのことだ。プロポーズされて結婚したいと言ったら『頑張ります』と自信なさげに言ってたっけ……


(あのヘタレには無理ね)

そっと溜息を吐く。


 見た目は悪くなかった。ちょっと青白いけれど、瘦せ型でスラッとしていて、なかなかの美形、ナミレチカはエングニスみたいながっしりした頑丈そうな男が好みらしいけれど、ジュリモネアは断然ネルロみたいなタイプがいい。


 だけどなんだか職業が曖昧だし、なにしろ頼りない。でも、見た目と違って体力はありそうだ。ジュリモネアが持ち上げられなかった、出来上がった袋を入れた箱を軽軽と持ち上げた。干薬草だけじゃなく、小石の重みで相当重かったのに……


(いざとなったら意外と頼もしかったりして? 魔獣が怖いのは当たり前。彼は素直なだけかもしれない)

仕立てのいい服を着ていた。あれは高価なものだ。豪農の家に生まれた次男坊か三男坊? で、職業は学者とか? 魔獣や薬草に詳しいようなことを言っていた。あ、そうだ、魔獣の居場所が判るって言ってたっけ。ワッツさんに詳しい場所を教えていたわ。だとしたら……魔法使い?


(魔法使いの妻になるならお父さまも文句は言わない)

貴族からも庶民からも尊敬される魔法使い、国王さえも助言を求める。そんな相手なら、キャティーレさまとの婚約を破棄したってお父さまも許してくれる。


(そのためにもキャティーレさまに早く会いたいわ。会って婚約を破棄してくださいって言わなくちゃ。まぁ、向こうから言ってくれるともっといいんだけど。そしたら何もネルロに決める必要はないもの)

何もネルロが好きってわけじゃない。悪くないなと思っているだけ。それに伯爵夫人より、魔法使いの妻のほうが面白そう。まぁ、ネルロがプロポーズしてくれるかどうかも判らないんだけどね。


(それにしてもキャティーレさま、遅いわね。まさかすっぽかす気?)

やっぱりわたしとの結婚は気が進まないのかな? 何度か手紙を出したけど、返事が来たことは一度もなかった……ジュリモネアがちょっとだけ沈み込んだ。


 部屋に居るのはジュリモネアとドルクルト伯爵家のリザイデンツ、姿を現さないキャティーレにイライラしている。けれどこちらはジュリモネアと違い、いっこうに退屈していない。何しろ、気を遣う相手はジュリモネア一人だけ、じっと見続けるわけにはいかないけれど、時どき盗み見るジュリモネアはそのたび表情が違っていて、見ているだけでも面白い。ニヤニヤしていると思えばボーっとアホづらを晒していたり、いったい何を考えているのだろう?

(おや、今度は沈みこんだ……)

さすがにお腹が空いたかな?


「お待たせして申し訳ありません」

リザイデンツの声にハッとするジュリモネア、本音は『いつまで待たせるのよ?』と文句を言いたいところだが、相手がリザイデンツでは気の毒だ。彼が悪いわけではない。


「キャティーレさまは何をなさっているの?」

「先ほど一旦お帰りになったのですが……またお出かけになってしまいました」

「まぁ? 今度はどちらに?」

「ベッチン村だと仰っていました」

「ベッタン村でしょ? それじゃあ、今度も嘘ね」

だから、ベッチン村だって言ってるのに、そう思うがそれは口にせず、

「今回は本当にベッチン村でございましょう」

リザイデンツが澄まして答える。


「なんでリザイデンツさまはそう思うの? さっき嘘を吐かれたばかりよ」

「ワッツが呼びに来たからです。そして一緒にお出かけになったからです」

「ワッツさん、首尾よく魔獣を退治できたのかしら?」

「えぇ、退治した魔獣をなんとか村まで運んだそうです。それを埋葬して欲しいとの事でした」


「埋葬? キャティーレさまが埋葬するの?」

「埋める前にキャティーレさまが、蘇らないよう魔法を施すのです」

「えっ? キャティーレさまって魔法使い?」

ジュリモネアの目が輝いた。

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