6
もともと青白いネルロの顔が、さらに青くなる。
「キャティーレの婚約者?」
信じられないとでも言いたそうだ。
「うん。そうなの。キャティーレさまに会いにここに来たんだけど、お城にもこの村にもいないのね」
「キャティーレは、うん、この村には来てない」
「ネルロ、あんた、次期ご領主さまを呼び捨てにしていいの?」
「え、あ、いや。びっくりしちゃって忘れてた」
「忘れるようなこと?」
ジュリモネアはクスッと笑うが、どことなく悲しげだ。
「わたしね、結婚を断ろうと思ってここに来たのよ」
「えっ?」
「だって、子どもの頃に会ったことがあるらしいけど、それっきりで、全く覚えてないの。そうなると知らない人だわ。知らない人と結婚なんかしたくない」
「これから知り合うってことじゃなくって?」
「確かにね。でも、ここに来て知ったんだけど、キャティーレさまって変わり者らしいじゃないの。好きになれる自信がないわ」
するとネルロが小さな声で呟く。
「変わり者って言うか、普通じゃないってのが正解だけど」
「えっ?」
「いや、なんでもない――まだキャティーレに会ってないんだろう?」
「そうね、今日来るって知ってるのに、キャティーレさまは領内視察にお出かけ。ベッタン村に居るって聞いたからここまで来たのにいないんだもの」
「うん? ここはベッチン村だよ? ベッタン村? 聞いたことないな」
「ネルロはこの地に詳しいの?」
「まぁ、ここの領内で生まれて育った。よく知ってる」
「キャティーレさまってどんな人?」
「え、いや、それは、なんて言うか……」
「わたし、キャティーレさまと結婚して、幸せになれるかしら?」
「それは……二人の努力次第?」
「キャティーレさまはわたしを気に入るかしら?」
「えぇえっ? そんな難しいこと、僕に訊く?」
「なによ、それ?」
「だって、だって、キャティーレがどう感じてどう考えるかなんて、判りっこない!」
「そりゃそうだけど……ねぇ、ネルロ、あなただったら?」
「僕だったら?」
「わたしと結婚してくれる?」
ネルロが息を飲んでジュリモネアを見る。ついでに持っていた袋を自分の足に落とした。中の小石が喜んで、ネルロの足の指先を傷めつける。
「いてててて!」
「なにやってるのよ?」
「イヤ、小石のヤツが僕の足の指をぶん殴った」
「普通に、石を足に落としたって言えないの?」
「そっか、そう言えばいいんだね」
「ネルロ、あんたも変わってる。でも、嫌いじゃないわ。一緒に居るとちょっと楽しい」
「本当に?」
「えぇ、嘘吐いても仕方ないじゃないの」
「だったら……さっきの話なんだけど、僕に異存はないよ」
「さっきの話?」
「うん。僕にプロポーズしてくれたよね。謹んでお受けします」
「はっ?」
「へっ?」
「わたしがいったい、いつあんたに?」
「今さっき、『わたしと結婚してくれる?』って言ったじゃないか」
「あぁ、あれ。あれはあんたがキャティーレさまだったら、わたしと結婚してくれるかなって訊いたのよ」
「だから、謹んで――」
「あぁあぁ、もういい、判った。ってか、ネルロ、あなた、わたしが好きなの? 好きでもない相手と結婚してもいいなんて言っちゃダメよ」
「えっ? いや、あの、えっと……一目見て、こんな人と結婚したいって思った……ん、だけど?」
「はいっ? なによ、それ? わたしに一目惚れしたって言いたいの?」
呆れてネルロを見るジュリモネア、ネルロは激しく首を縦に振っている。
「そう……人生巧く行かないものね――あのね、ネルロ、わたしの父は子爵なの。わたしと結婚したいなら、貴族じゃなきゃダメよ」
「み、身分が違うとか、そんなことは気にしないで。それとも気になる?」
「普通、気にするのはそっちじゃないの?」
「僕は気にしない」
大真面目なネルロ、
「そっか」
なんだか可笑しくってつい笑うジュリモネアに、ネルロがホッとした顔になる。
「まぁ、本当はわたしも身分なんか気にしてない」
ジュリモネアが思うのは侍女ナミレチカのことだ。貴族の娘のナミレチカは、農民のエングニスに密かに思いを寄せている。
「でも、さっきのはプロポーズじゃないし、プロポーズされて結婚したいわ」
「そんなもんなんだ?」
「だから! ネルロが本気なら、あんたがわたしにプロポーズしなさいよ。そしたら考えてあげる」
「えっ? 僕がプロポロロン……プロポーズ!?」
「なによ、その、プロポロロンって?」
ジュリモネアがケラケラ笑う。
「ネルロ、あんた、ひょっとして、酷い上がり症?」
「え、いえ、その、まぁ……」
その時、小屋の
「おーーい、ネルロ! 用意が済んだ、魔獣退治に行くぞ」
「魔獣退治に行くんだ?」
「僕は行かない。行くのはワッツたち。僕は魔獣の居場所を教えるだけ」
「なんで一緒に行かないの?」
「だって……怖くって、僕には無理」
大真面目なネルロにジュリモネアが呆れた。
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