5
袋を
「ジュリモネアさまの思い通りにさせてあげてくださいませ……でないと大泣きしますから」
ナミレチカがオドオドと言う。まったくなんて厄介なお嬢さまだ。でもまぁ、ここで危険はないだろう。リザイデンツが諦める。
「持ってきたわよ、これでよかった?」
「あぁ、ありがとう、そこに置いといて」
やっぱりネルロはジュリモネアを見ないで言う。
「あなた、ネルロって言うのね。わたしはジュリモネア、ジュリって呼んで」
「ん? ジュリ?」
村人に声を掛けられたとばかり思っていたネルロが、改めてジュリモネアを見る。
「えっ? あっ? 誰?」
どう見たって村人じゃない。驚きと緊張で、慌てて立ち上がったネルロ、勢いで干薬草を入れた
「あ、や、あれ?」
薬草を籠に戻そうとするがあたふたして巧く行かない。籠を立てようとするがすぐに倒してしまうし、やっと立てたが今度は搔き集めた薬草を巧く籠に入れられない。ボロボロと
「なにやってるのよ。半分も入ってないじゃないの」
呆れるジュリモネア、
「ちょっと、どきなさいよ」
ネルロを押し退け、薬草に手を伸ばす。
「え、あ、いや?」
「あんた、どんくさいわねぇ……薬屋さん?」
薬草を籠に入れながらジュリモネアが尋ねる。
「え? いえ、違います」
「じゃあなに?」
なんだろう? そんなこと、考えたこともない。
「えっと……ネルロ?」
「それはあんたの名前でしょ? 職業を聞いてるの」
「職業……なんだろう?」
「なによ、無職? 親に食べさせて貰ってるの?」
「そう言うわけでは……えっと、いろいろアドバイスしたり、手伝いをしたり?」
「なんだか中途半端ねぇ。それで食べて行けるの? 家は? この村の人でしょ?」
「うん。衣食住に不自由したことはない。住んでるのはこの村じゃなくって」
「違うんだ? どこに住んでるの?」
「えっと……」
「これで全部拾えたかな? ちょっと土がついちゃったけど、大丈夫?」
「あぁ、問題ない。どうせ小石と一緒に袋に詰めるし」
「ホント? あんたにこれを頼んだ人に怒られない?」
「大丈夫。これを作るよう言ったのは僕だから」
「魔獣除けだって言ってたっけ?」
「そうさ、効果はてきめん。この薬草のスーッとした匂いで鼻が痛くなるから、魔獣は近寄らない」
「あら、いい匂いなのにね……この袋に、どれくらい入れればいいの?」
「えっと、二握り、いや三握り」
手袋を脱いだジュリモネアが、薬草を握るのを見てネルロが訂正する。
「ごめん、手袋が泥だらけだ」
「いいのよ。手袋なんか洗って貰うわ」
「乗馬用の手袋……牛革だよね。油で拭かなきゃ。油を持ってくる。いいのがあるんだ」
「あら、いいわよ。あなたに洗ってって言ったわけじゃないわ。ナミレチカがしてくれる」
「ナミレチカ?」
「わたしの侍女よ。とっても優しいの。ねぇ、薬草の量、これでいい?」
「うん、ちょうどいい……侍女がいるようなお嬢さまなんだね。うん、見るからにそんな感じだけど……それにしても、その、なんだ。可愛い手だね」
「ふふふ、どんくさい癖にお世辞が上手ね。それで小石はどれくらい?」
「お、お世辞なんかじゃない! 袋をこっちに、小石は僕が入れるよ。尖ってるのもあるから、手を傷つけたら大変だ」
「そうお? それじゃ、流れ作業ね。はい、これ」
「うん、流れ作業だ――お世辞なんかじゃないよ。だからさっき……びっくりしちゃって、慌てたんだ」
「あら、いつの間にわたしの手を見たの?」
「イヤ、そうじゃなくって。さっきビックリしたのは、その、えっと……キミがあんまり可愛いから」
「へっ?」
青白いネルロの顔が見る見る真っ赤になっていく。
そんなネルロを、キョトンと見るジュリモネア、やがてニッコリ笑う。
「そりゃどうも。よく言われるけど、みんなお世辞」
「お、お、おお……お世辞なんかじゃ!」
「うん、判ってる。ネルロは本当にそう思ってくれたのよね――なんか、凄く嬉しいわ」
「信じてくれたの?」
「うん、お世辞じゃないってのは信じた」
嬉しそうにネルロが俯く。そして袋に小石を入れる作業を始めた。
ジュリモネアも袋に薬草を入れて、ポンポンとネルロの前に放っていく。ジュリモネアのほうが若干早い。それを見てネルロも動きを早める。するとジュリモネアが手の動きを早くする。するとネルロが……
「ネルロ、あなた、やろうと思えばドン臭くないじゃない」
「嬉しいな。褒めて貰えた」
「褒められたくて、そうしたの?」
「判らない。でもそうかもしれない」
「あんた、やっぱりドン臭いわ」
ジュリモネアがクスリと笑う。そして真面目な顔になる。
「あのね、ネルロ。わたしね、キャティーレさまの婚約者なの」
「えっ?」
ネルロの作業する手が止まった。
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