袋をかかえて壊れた牛舎の後ろに運んでいくジュリモネア、追おうとするリザイデンツ、だがエングニスは思ったよりも力があって腕を振り解けない。


「ジュリモネアさまの思い通りにさせてあげてくださいませ……でないと大泣きしますから」

ナミレチカがオドオドと言う。まったくなんて厄介なお嬢さまだ。でもまぁ、ここで危険はないだろう。リザイデンツが諦める。


「持ってきたわよ、これでよかった?」

「あぁ、ありがとう、そこに置いといて」

やっぱりネルロはジュリモネアを見ないで言う。


「あなた、ネルロって言うのね。わたしはジュリモネア、ジュリって呼んで」

「ん? ジュリ?」

村人に声を掛けられたとばかり思っていたネルロが、改めてジュリモネアを見る。

「えっ? あっ? 誰?」

どう見たって村人じゃない。驚きと緊張で、慌てて立ち上がったネルロ、勢いで干薬草を入れたかごをひっくり返した。


「あ、や、あれ?」

薬草を籠に戻そうとするがして巧く行かない。籠を立てようとするがすぐに倒してしまうし、やっと立てたが今度は搔き集めた薬草を巧く籠に入れられない。ボロボロとこぼしてしまう。


「なにやってるのよ。半分も入ってないじゃないの」

呆れるジュリモネア、

「ちょっと、どきなさいよ」

ネルロを押し退け、薬草に手を伸ばす。


「え、あ、いや?」

「あんた、どんくさいわねぇ……薬屋さん?」

薬草を籠に入れながらジュリモネアが尋ねる。


「え? いえ、違います」

「じゃあなに?」

なんだろう? そんなこと、考えたこともない。


「えっと……ネルロ?」

「それはあんたの名前でしょ? 職業を聞いてるの」

「職業……なんだろう?」

「なによ、無職? 親に食べさせて貰ってるの?」


「そう言うわけでは……えっと、いろいろアドバイスしたり、手伝いをしたり?」

「なんだか中途半端ねぇ。それで食べて行けるの? 家は? この村の人でしょ?」

「うん。衣食住に不自由したことはない。住んでるのはこの村じゃなくって」

「違うんだ? どこに住んでるの?」

「えっと……」


「これで全部拾えたかな? ちょっと土がついちゃったけど、大丈夫?」

「あぁ、問題ない。どうせ小石と一緒に袋に詰めるし」

「ホント? あんたにこれを頼んだ人に怒られない?」

「大丈夫。これを作るよう言ったのは僕だから」


「魔獣除けだって言ってたっけ?」

「そうさ、効果はてきめん。この薬草のスーッとした匂いで鼻が痛くなるから、魔獣は近寄らない」

「あら、いい匂いなのにね……この袋に、どれくらい入れればいいの?」


「えっと、二握り、いや三握り」

手袋を脱いだジュリモネアが、薬草を握るのを見てネルロが訂正する。

「ごめん、手袋が泥だらけだ」

「いいのよ。手袋なんか洗って貰うわ」

「乗馬用の手袋……牛革だよね。油で拭かなきゃ。油を持ってくる。いいのがあるんだ」


「あら、いいわよ。あなたに洗ってって言ったわけじゃないわ。ナミレチカがしてくれる」

「ナミレチカ?」

「わたしの侍女よ。とっても優しいの。ねぇ、薬草の量、これでいい?」

「うん、ちょうどいい……侍女がいるようなお嬢さまなんだね。うん、見るからにそんな感じだけど……それにしても、その、なんだ。可愛い手だね」


「ふふふ、どんくさい癖にお世辞が上手ね。それで小石はどれくらい?」

「お、お世辞なんかじゃない! 袋をこっちに、小石は僕が入れるよ。尖ってるのもあるから、手を傷つけたら大変だ」

「そうお? それじゃ、流れ作業ね。はい、これ」

「うん、流れ作業だ――お世辞なんかじゃないよ。だからさっき……びっくりしちゃって、慌てたんだ」

「あら、いつの間にわたしの手を見たの?」


「イヤ、そうじゃなくって。さっきビックリしたのは、その、えっと……キミがあんまり可愛いから」

「へっ?」

青白いネルロの顔が見る見る真っ赤になっていく。


 そんなネルロを、キョトンと見るジュリモネア、やがてニッコリ笑う。

「そりゃどうも。よく言われるけど、みんなお世辞」


「お、お、おお……お世辞なんかじゃ!」

「うん、判ってる。ネルロは本当にそう思ってくれたのよね――なんか、凄く嬉しいわ」

「信じてくれたの?」

「うん、お世辞じゃないってのは信じた」

嬉しそうにネルロが俯く。そして袋に小石を入れる作業を始めた。


 ジュリモネアも袋に薬草を入れて、ポンポンとネルロの前に放っていく。ジュリモネアのほうが若干早い。それを見てネルロも動きを早める。するとジュリモネアが手の動きを早くする。するとネルロが……


「ネルロ、あなた、やろうと思えばドン臭くないじゃない」

「嬉しいな。褒めて貰えた」

「褒められたくて、そうしたの?」

「判らない。でもそうかもしれない」

「あんた、やっぱりドン臭いわ」

ジュリモネアがクスリと笑う。そして真面目な顔になる。


「あのね、ネルロ。わたしね、キャティーレさまの婚約者なの」

「えっ?」

ネルロの作業する手が止まった。

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