飾り立てられた四頭の馬、キャビンの装飾は螺鈿らでん細工か? 豪華な馬車がドルクルト伯爵の居城に入っていった。


 キャビンから聞こえてくるのは若い女の高い声、

「うわぁ、ここの城壁、外から見たら真っ黒だったのに、中は白くって綺麗ね。だけど、やっぱり建物はどれも真っ黒」

クスクス笑う。領内に入ってからと言うもの物珍しさに、時おり歓声を上げたり笑ったりで落ち着かない。


「お嬢さま、そんな大きな声で……はしたのうございますよ」

声をひそめてたしなめるのは女の侍女、女より幾つか上のようだがこちらもまだ若い。女主人の無作法を誰かに見咎められはしないかと冷や冷やしていた。


 やがて馬車は城壁に囲われた中でも、一番大きく立派な建物の前で停まった。他の建屋は城に召し抱えられた者どもの宿舎か役場として使われているかだが、この建物は領主の住まいだ。派手さはないが優美な設えの玄関が、階段の上に見えている。


 馬車の御者ぎょしゃがサッと降り立って、キャビンの出入り口の前にタラップを置く。ドアを開けると後ろに下がった。開け放たれたドアの前、タラップの横に立った男が手を差しだして言った。

「ジュリモネア姫、遠路はるばるよくぞお越しくださいました」

すると白いレースの手袋で包まれた細い腕がキャビンの中から延ばされ、タラップの横に立つ男に手を預けた。


「そんな堅苦しい呼び方はしなくていいわ。ジュリって呼んで」

キャビンから出てきたジュリモネアがニッコリ笑う。歓声を上げて笑っていた女だ。

「それであなたは? なんとお呼びすればいいのかしら?」


「わたくしはリザイデンツ、この城に仕える者どもを取り仕切るお役目をいただいております」

「あぁ、リザイデンツさま。お名前は存じております。父がよろしくと申しておりました――ところでキャティーレさまは? 奥でお待ちなのかしら?」

「それが……」

答えにくいのだろう、リザイデンツの顔色が曇る。


 二人の後ろでは、御者ぎょしゃの手を借りてジュリモネアの侍女がタラップを降りている。含羞はにかんだ笑みを御者ぎょしゃに向け、向けられた御者ぎょしゃは恥ずかしげにうつむいた。御者ぎょしゃもまだ若い。


「それが……キャティーレさまは領内のご視察にお出かけになっております。明け方にウシやヤギが大騒ぎしておりまして、それが気になるとの事でした」

「それはいけないわね。魔獣でも出たのかしら?」

「なに、すぐに戻ります――お部屋に茶菓の用意がございますので、まずはお寛ぎください。こちらでございます」


 ところがリザイデンツが片足を階段に乗せたところで、

「そうね……あ、そうそう、紹介しておくわ」

歩き出す気配も見せないジュリモネアが、すぐ後ろに立っていた侍女を見た。リザイデンツは仕方なく、出した足を引っ込める。


「こっちはわたしの侍女、名はナミレチカ。で、御者を勤めたのはエングニス……ドルクルト伯爵家は身分に拘らないと聞いているわ。エングニスは農民の出だけど、とても優秀なの。お城に入れていただける?」


「もちろんでございますよ。なんでしたらお茶もお二人とご一緒にお召し上がりになりますか?」

「いいの!? 嬉しいわ。お母さまにね、いっつも侍女と一緒にお茶だなんてとんでもないって怒られてたの。こっそり隠れてわたしの部屋で、なのにバレてるの、不思議よね」

それはきっと誰かが告げ口したに違いない、そう思うリザイデンツだが黙ってニッコリしただけだ。


「お望みならば、お食事も三人で召し上がりますか?」

「三人? キャティーレさまは?」

「今宵はジュリモネアさまを迎えての晩餐、キャティーレさまもご出席になるとは思うのですが、普段はご自分の部屋でお一人で召し上がるので」

「まぁ!」

ジュリモネアが大袈裟に驚いて見せる。本人にとっては大袈裟ではないのかもしれない。


「キャティーレさまって変わり者?」

「お嬢さまっ!」

ナミレチカが慌ててリザイデンツに愛想笑いをした。

「ジュリモネアさまは少しお疲れでして……お部屋にご案内いただけますか?」


「これは、気が利きませんでした。こんなところで立ち話を貴婦人にさせてはいけませんよね。こちらへどうぞ」

ニッコリ微笑むリザイデンツ、内心『行こうと言ったのに、喋り始めて動かなかったのはそちらですよ』と思っていた。


 エングニスが荷物を担ぎ上げるのを見て歩きだしたリザイデンツ、ジュリモネアが侍女と仲良さげに何やら内緒話をしながらついてくるのを見て思う。キャティーレさまは気難しい。このお嬢さまでは巧く行くはずがない――客人たちに気付かれないよう、そっと溜息を吐いた。

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