第10話 はっぴぃばーすでぇ

 星稔の力を使い厄を退けた翌週の休日。

『もーすぐあの日ですよ、お義兄さん!』

【もうすぐあの日だな、お兄様?】

 ノエの非公式ファンクラブの会長花恋と同じく副会長の恵から、ほぼ同時にメッセージが送られて来た。よくよくみると、それは個人チャットではなく『ノエちゃん降誕十六年記念パーティ準備会』という名前のグループであり、いつの間にか入れられていた。

「退出していいか?」

【だめだ】

 と恵

 続いて花恋が、藁人形に釘を打ち付けるスタンプを送ってきた。

【多数決の結果、否決だぜ】

「なんて公平な世の中だ」

「呪われろ」

『さー、早く作戦会議を始めますよ』

『まずはノエちゃんの家の一階を立食会ができるようにリフォームするための、設計図から』

「やめろ」

「他人の家をなんだと思っている」

【そうだぞ!】

【ノエちゃんを十時間以上立たせるつもりか?】

「そんなに我が家に居座るな」

『はぁ? ノエちゃんにはずっと真ん中に座って貰って、あたしがマッサージするに決まってんじゃん』

「だれがいつ決めた」

【なんだと!】

【オレだってノエちゃんの御御脚に触れたいぞ】

「キモい」

『お兄ちゃんきっもい』

「ほら、多数決でキモいぞ恵」

【男がキモくて何が悪い?】

「逆切れするな」

「というか」

「毎年言ってるが、誕生会をやるならもっと現実的な提案をしろ」

『お義兄さんは女心がわかってないですねぇ』

『いいですか』

『自分のために頑張ってくれた。その気持ちが大事なんですよ』

「その割には花恋が誕生日のときのノエのプレゼント」

「バースデイ占いカード。どう見ても即席だが、かなり喜んでいたじゃないか?」

『ノエちゃんがくれるのならう●ちでも嬉しいです。それは全人類の共通項でしょう? むしろノエちゃんのうん●ください』

【ばかやろう!】

【ノエちゃんは●んちしない!】

「お前ら他人の妹をなんだと思ってるんだ」

『女神と書いてアイドル』

【ウルトラエンジェル】

 二人の反応にどう返せばいいか一分ほど悩んでみ、●●●のスタンプを送ってからグループを退出した。

 非公式ファンクラブのことだから、また数時間もすれば何事もなかったかのようにまたグループに招待してくるだろう。それよりも今は、緊急という程ではないが目下の問題がある。

 それは。

「ノエ、入るぞ」

 声を掛けてから中に入ると、部屋中が占い道具で散らかっている。

 真ん中にある机には水晶玉が置かれていて、覗き込んでいたパジャマ姿のノエは数秒経ってからゆっくりと顔を上げた。

「あ、兄さん」

 ノエは俺の顔を見て笑みを浮かべるが、いつもの元気がない。普段なら俺が部屋を訪れようものなら飛びついてきて、昼間にも関わらず「添い寝ですか? もちろんウェルカムですよ」と言ってくるだろう。それはそれで問題かもしれないが異状ではない。

 今のノエは体調不良の気配はなく、ただ元気がないだけである。とはいえ、可愛い妹に元気がないとなれば放っておける兄がいるだろうか。

 いや、居まい。

 例の二人なら、今のノエを見ても健気で可愛いと騒ぐのだろうか。ふとそんなことが頭に過ってしまい、俺もだいぶあの二人に傾倒していると思わされる。

 と、そんなことよりも、今はノエだ。

「ノエ、えっと」

 部屋を見渡しても勉強机の椅子さえ裏に道具に占拠されており、ベッドと、ノエのすぐ横に辛うじてスペースがあった。

「そこ座るぞ?」

「はい。兄さんのお望みの通りにしてください。なんならわたしのことを、ってそんなご褒美もらう権利今のわたしにはないですよね」

 そう言って俯き溜息を吐くノエの横に、俺は占い道具を踏まないように気を付けながら座った。

「兄さん。兄さんの優しさは嬉しいですが、とてもとても嬉しいんですが、わたしは」

「俺はノエが居てくれて嬉しいぞ」

 頭に手を置いて胸に抱き寄せて弱音を封じた。

 厄の正体と、もう追い払ったから大丈夫だということを数日前にノエに話してからというもの、ノエはこのずっとこの調子である。

 理由はノエ曰く「わたしのせいで兄さんが襲われたのに、わたしはなにもできませんでした。わたしは無力です」というものだ。

 あのときのノエの態度は敵を作りかねない態度だったが、そもそも完全に男子生徒の逆恨みなのだからノエに落ち度はない。

 しかしそれでも、ノエは自責の念にとらわれてしまっている。

 どうにかしてノエを元気付けねば。

 そうは思うがその術が分からない。

 因みに特性ドリンクで元気を出してもらおうと思ったが断わられた。

 激うまなのだが。

 来週にはノエの誕生日だというのに困ったものだ。

 誕生日。

 そうだ!

 誕生会だ!

 非公式ファンクラブの提案程ではないが、ノエの自己肯定感を高めるようなことが出来れば。そうと決まればノエに誕生会をすることを伝えねば。

「そうだノエ。恵と花恋がお前の誕生会をしたいって言っててな。来週の日曜日でいいか?」

「あの、兄さん」

「ん?」

「気持ちはありがたいのですが、今年の誕生日は引責辞任します」

 ノエは真面目な顔でそう言った。

 誕生日を。

 引責辞任。

 ノエは真剣なのだろうがそれが逆に面白く、口内を噛みしめて笑いそうになるのを堪えた。

 落ち着いてからノエを強く抱きしめ、

「ノエはただ、俺の傍にいてくれるだけで俺の助けだ

 そう告げてから部屋を後にした。

 これは大げさでもなんでもなくこの世界で一番綺麗に輝くノエの星が、昔も今もただただ愛おしい。

 仕方がない。

「元気のない妹を笑顔にするのも、兄として生まれた者の運命というやつだ」

 思わずにやけながら、ポケットからスマホを取り出した。

 恵と花恋にグループ通話を掛けてノエの現状を説明し、あることを頼んだ。



 そしてノエの誕生日当日、十二月一日の日曜日を迎えた。

 星稔本家にいた頃は本家筋の女子の誕生日ともなれば、日の出から全員並んで祝いの言葉を述べたものだ。当時から大げさだと思っていたが、本家を出て今の家で暮らすようになってから世間的にも大げさであることを知った。

 昼前にやってきたジャケット姿の恵と地味目なドレス風のワンピース姿の花恋をこっそりと家に入れ、折り紙の輪飾りを壁に貼って行った。星稔本家から届いた誕生日祝いのメッセージカードと親戚中からのプレゼントも部屋に配置が済んだ。

「よーし。料理の方は準備できてるのか、お兄様」

「ああ。ケーキも朝内で届いて冷蔵庫にいれているし、ピザも三十分後に届く。ビーフシチューも温め直すだけだし、ビスケットも出してくるだけだ。飲み物も冷えているし、ポットにはお湯を沸かして入れてある」

「よーし、予定通りだぜ」

「それで、俺が頼んだやつは?」

「ああ。人使い荒いが、ちゃんと用意してある」

「そうか。ありがとう」

「うおっ、お兄様がお礼を!」

「あのお義兄さんがお礼を?」

「なんだその反応は」

「お義兄さんって、自分のこと王様だと思ってるんだと思ってました」

「うんうん。お兄様ってお礼言えたんだな」

「お礼くらい言う。お前ら、俺を何だと思ってるんだ!」

「シスコン自己中?」

「唯我独尊の助かと」

「お前らな」

「まあ、まあ、晴れの日だ。そう怒るなよお兄様」

「さー、あとはノエちゃんを呼んでくるだけですね」

「っち。俺が呼んでくるから二人は例のやつを頼む」

「あいよ」

「あいさー」

 ノエの誕生日ということもあってノエ以上にテンションのあがっている二人に頼んでいたことを任せ、俺はノエの部屋に向かった。

 ノエは部屋の中で、ファンクラブの二人が繰る少し前から準備を始め、軽く化粧をし、水色でスカートが鼻のように広がった簡易ドレスを着ていた。星稔本家では晴れの日は和装だったが、その反動か、ノエはドレスに対する憧れが強めである。

 俺はどちらでもいいが、ノエに合わせて洋装、燕尾服に腕を通している。

「綺麗だよ、ノエ」

「ありがとうございます。兄さんも似合ってます」

 ノエは少し照れくさそうに俺を褒め返した。

「俺は良いんだよ。今日の主役はノエなんだから。さあ恵も花恋も待っている」

「はい」

 ノエは部屋から一歩右足を出して、廊下に一瞬触れてから引っ込めた。

「やっぱり今年の誕生日は引責辞に」

「まだそんなことを」

「だってわたしなんてなんの役にも立てませんし」

「ノエ。お前はただいるだけで素晴らしい」

「に、兄さん」

「だから俺に、俺たちにノエの誕生した日を祝わせてくれ。頼む」

「うっ、はい」

 ノエは渋々頷いて部屋から出てきてくれた。

 今日まで毎日ノエをほめたたえてきたが、まだ自己肯定感を取り戻せていないようだ。

 ノエと共にリビングに戻ると、

 パーンッ!

 パーンッ!

 二つのクラッカーが鳴り、小量の紙吹雪が宙を舞った。

「ノエちゃーん。誕生日おめでとー。んぎゃわ!」

「いつもに増してかわいな! おめでとう、ノエちゃん」

 二人はお祝いを述べてノエにカラフルな包装紙でラッピングされた三十センチくらいの箱を手渡した。

「これ、あたしとお兄ちゃんから」

「今年は二人とも、たまたまプレゼントの内容が被ったから、二人でお金を出し合ってグレードを上げてみたぜ」

「夜、寝る前とかに使ってね」

「ありがとうございます。ですが、良いんですか? わたしがプレゼントなんて」

「もちろーん!」

「当然だ」

「そしてノエ、俺からもある。ちょっとこっちに来てくれ」

 ノエをテレビの前のソファに座らせ、テレビに接続されていた恵のスマホを操作した。

 そしてテレビの大画面で一つの動画が再生される。

 ありがとう。

 まず、黒い画面に白い文字でそう表示された。

 続いて、一匹の犬とお婆さん、女子高生が映った映像に切り替わった。

「星稔ちゃーん、犬、探してくれてありがとー」

「どうも、ありがとうね。ムサシも元気ですよー」

 女子高生は手を振り、お婆さんは犬を抱えてお辞儀をし、映像が切り替わる。

 また別の女子高生が映り、

「占いのおかげで彼氏とうまくってるよー、ありがとー」

 そしてまた切り替わり、別の女子生徒が、

「おかげでパパと仲直りできました! ありがと」

 そう手を振った。

 またまた映像が切り替わり、今度は運動服を着た男子生徒が、

「失くしたもの、見つけてくれてありがとうございました」

 とお辞儀をし、今度は中学時代のノエの担任が映り、

「あー、あのときは本当に助かった。ありがとう」

 と笑顔を浮かべた。

 そう、これはノエへの感謝を込めたビデオレターである。

 先日、恵にリストを送り感謝のメッセージを撮影してきてもらったのである。なぜか敢えてリストに入れなかったはずの白峰九通が元浮遊霊と共に手を振っている映像があったが、気づかなかったことにしつつ、ノエに振り返った。

「ほら見ろノエ。これだけ多くの人がノエの占いに感謝している。ノエは決して、夢力なんかじゃない」

「兄さん!」

 映像を最後まで見届けたノエは恵、花恋、俺と見回し、

「良いんですか、兄さん。これからも、不安を煽るだけになってしまうかもしれませんよ? わたし、兄さんや皆さんの傍で占いを続けて、いいんですか?」

「ノエの占いのおかげで事前に知れて対策が練れたんだ。ノエが占ってくれなかったら、最悪の未来があったかもしれない。でもそれを先に知ることで回避できた。ノエは俺の命の恩人だ」

「兄さんっ!」

 ノエは瞼に浮かべた涙を拭い、

「最高のプレゼントです兄さん!」

 俺に飛びついてきた。

 それをしっかりと抱き留めて、抱き締めて。そうして告げた。

「俺からも言う。ありがとうノエ。占いも。俺の傍にいてくれることも。そして、生まれてきてくれてありがとう。俺を兄に選んでくれてありがとう」

「はいっ!」

 放すと、ノエは満面の笑みで頷いた。

 もう、元気を取り戻したようだ。

 それは星を感じるまでもなく、伝わってくる。

「これからは、もっともっと完璧な占いをできるように励みます。わたしの方こそありがとうございます。花恋ちゃん。恵くん。そして大好きな兄さん」

「あ、あたしも大好きって言って欲しい! ずるいっ!」

「はぁ。まて花恋。俺だって言ってもらったことねーぜ?」

「お兄ちゃんきもい」

「はあ? 今のはキモくないだろう」

 いつもの痴話喧嘩のような言い合いが始まり、これじゃあ特別な日ではなくいつも通りの日だと思ったが、いつも通りの日々を送れることが、特別なのかもしれない。ふと、そんな風に感じ、俺も決心した。

「ノエがこれまで以上に完璧な占いを目指すなら、俺もこれまで以上に完璧な特性ドリンクを目指さないとな」

「それはやめてください」

「お義兄さん、それはノーセンキューです!」

「やめてくれお兄様。死にたくない」

 失礼な奴らだ。

 ウマいのに。

 激ウマなのに。

「あはは」

「どうした、ノエ?」

「いえ。ずっとこうしてみんなで一緒にいれたら素敵だなって思いまして」

 恵は少しウザく、花恋はやかましい。

 だが、不快ではない。

「そうだな」

「ずっと一緒に居てくださいね。兄さん」

「ああ、約束だ」

「オレもオレも!」

「あたしも傍に居るぅーー!!」




 その後、ノエの誕生会は夜まで続いたが、ノエが疲れて眠ってしまったことでお開きとなった。

 それにしてもずっと一緒に、か。

 きっとその約束は、とっくの昔にもしているのだろう。それがおそらく俺たち四人を繋ぐ前世からの因縁の正体なのだ。

 そう思うとなおのこと愛おしい。

 抱き締めたら起こしてしまうだろうし、まるでシスコンみたいなので遠慮し、代わりに額にキスをした。

「愛してるよ、ノエ」

 ソファで横になるノエに小さな声で呟いて、タオルケットを掛けてやった。



〈はっぴぃばーすでぇ・終〉


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妹はモルタァケッハ 陸離なぎ @nagi_rkr

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