第8話 相性占い

「はぁーあ。今日は退屈ですねぇ」

 放課後。

 俺とノエはいつも通り、第二校舎二階にある西端の空き教室にいた。

 今日は占いの予約もない上に、俺たちがこの教室に来てから約一時間、飛び入りの客は一人も来ていない。

 教卓の黒板側に座っていたノエは肘を付いて頬を膨らませた。

「ま、こういう日もある」

「じゃあ今日は切り上げてデートしようノエちゅわん。最近良いエスカレーター見つけたんだぁ」

「え、普通に嫌です。でも兄さんがデートしてくれっていうなら切り上げてもいいですよ?」

「ああ、また今度な」

「もう、兄さんったら照れ屋なんですから」

「あぁ、お義兄さんばっかりズルい」

 ノエがいる以上、ノエの非公式ファンクラブの会長、花恋は当然いて、ノエの向かい側に座っている。そしてもう一人、同じく副会長の恵は。

「花恋、どうでもいいんだが、あいつはどうした?」

「あー、お兄ちゃんですか? なーんかコンビニ寄ってから来るーとか言ってましたよー。そんなことよりあたしとデートするようにノエちゃんに言ってください」

「自分で振り向いてもらえ」

「あーん、ノエちゃーん、振り向いて―」

 窓越しに見える薄い空は冬の始まりを告げていて、そろそろ薄めのコートを出しても良い頃だろう。

 そう考えていたとき、窓の外側に恵が現れた。

「うおっ」

 恵は右手で壁沿いの雨樋を掴み、両足を窓の縁に足を掛けて体重を支えていた。膨れたコンビニのビニール袋を持った左手の人差し指を立てて窓の鍵を指した。

「なにやってんだ、お前」

「なんか、行けそうだなって思ってやってみたら来れたんだけど、鍵が掛かってるのは想定外だった。開けてくれ。寒い」

「バカなのか?」

「お兄ちゃんはバカなので放っといていいですよ」

「そうもいかんだろ」

 鍵と窓を開けてやると寒風が勢いよく入り込み、一瞬頬が裂けたかと錯覚した。ビニール袋を押し付けられ、恵は猿のようにひょいと、霊気を纏って教室に入ってきた。

「兄さん、寒いです」

「すぐ閉める」

「あ、勿論兄さんが抱きしめて温めてくれるなら開けたままでもいいですよ」

「すぐ閉める!」

「もう、兄さんは照れ屋ですね」

「あーん、あたしが温めてあげる」

「いやいや、オレに抱き着いてもいいぜ?」

「結構です」

「あーあ、お兄ちゃんがキモいから」

「なん、だと」

 わざとらしく膝から崩れ落ちる恵を横目に窓を閉めた。

「で、何を買ってきたんだ?」

 袋を机に置くと口が広がり、中から『月間ムヌー』と書かれた雑誌が飛び出した。

「なんだこれ?」

「何ってそりゃ」

 恵は顔を上げ、

「月間ムヌーだぜ?」

 信号の赤は止まれだぜみたいに、知っていて当然のような口ぶりで言われてノエに視線をおくってみたが首を左右に振った。

 ノエも知らないらしい。

「誰も知らねーよ、そんな雑誌」

「なんでだよ。これより面白れぇー雑誌、漫画雑誌以外にないぜ?」

「漫画雑誌以下ではあるのかよ」

「そりゃあ、まあ」

「あたしも読んだことありますけど、ファッション雑誌の方が面白かったですよ。あ、でもエスカレーターの話だけは面白かったです。あたしも乗ってみたい、あのエスカレーターに。ノエちゃんと一緒に」

「まじかよ! あれ異界に通じるエスカレーターの話だったろ⁉」

「わたしは遠慮します」

「俺からも拒否する、そんな危なっかしいもの。ていうかなんだその眉唾?」

「お? お兄様も興味出て来たかい?」

「そんなわけあるか。どうしてそう思った」

「そんな詰まんない本より、なにか面白い話を提供してよお兄ちゃん」

「なんでオレが?」

「決まってるでしょ。さっき霊気を部屋に連れ込んで寒くしたから!」

「なんだよそれ?」

「さあはやく話題だして! 寒いお兄ちゃん」

「やめろ! その言い方だとオレが寒い奴みたいだろ! お兄様もなんか言ってくれよ」

「まあ、概ねその通りだろ」

「なん、だと」

 恵は再び膝から崩れ落ちた。

「それにしても、退屈ですねぇ」

「もう待ってても依頼人来ないだろ? 今日はここらで」

「そうだ、いいこと思いつきましたよ」

 ノエはパンッと手を叩き、可愛らしくふふんとほほ笑んだ。

「いいこと?」

「ここにいる四人で、相性占いをしましょう」

「相性、占い?」

「はい! 尤もわたしと兄さんの相性は占うまでもなく最高に決まっていますけどね!」

「俺とノエの相性は今更過ぎて興味ないが、恵と花恋の相性なら少し気になるな」

 件の二人をみやると、二人とも俯いて肩をワナワナと震わせていた。

「お前らどうした?」

「相性!」

「占い!」

「は?」

 恵と花恋は顔を上げて俺の左右にくると腕を引いてきた。そのまま教室の隅にまで連れられ、

「おいおい、わかってるのかお兄様。相性占いだぜ?」

「ずっとそう言っているだろ。というか、ただの相性裏に」

「やっぱりお義兄さんわかってないんですね。相性占いですよ! 相性占い!」

「お前まで。なんなんだ?」

 花恋は偉く真面目な顔になるとノエの方をチラリとみやり、俺にそっと耳打ちをしてきた。

「いいですか。もし相性占いでノエちゃんとの相性が悪いなんてことになったら」

 身体の前で腕をクロスさせて二の腕を擦りだし、今度は恵が耳打ちをしてきた。

「身投げものだぜ」

「おおげさな」

「はぁーあ、これだからノエちゃんから愛されてる自覚のあるお義兄さんは」

「まったくだ。そういうところほんとお兄様だな」

「ほんと、お義兄さんは自分が愛されてるからって」

「あーあ、ここが裁判所ならノエ痴ちゃん独占禁止法で有罪なのに」

「ここが仮に裁判所なら、お前たちを法廷侮辱罪で告発してやる。というか、じゃあやらないんだな?」

「はぁ? 頭おかしくなったかお兄様。やらないわけないだろ」

 俺は普通だ、おかしくなんてない。

「そーそ。ややないなんて一言も言ってないですよお義兄さん」

「はあ」

 面倒くさい兄妹だ。





「さて、お話が済んだようなので相性占い、始めましょう」

「おー!」

「ぽちぱちぱち」

 なんだかんだ言いつつ恵も花恋も、ノエに構ってもらえ、もとい、占ってもらえることが嬉しいようで、二人の抱えている星までもがはしゃいでいるのが伝わってくる。

 面倒な二人ではあるが度し易くはある。

「それでノエ、今日は何を使って占うんだ?」

「はい」

 ノエは頷くと、教卓の横に置いてある占い道具を入れた鞄を拾い上げて膝に置き、中に手を突っ込んだ。

 鞄の中を十秒ほどまさぐって取り出したのは、

「万歩計占いです」

「オレたちがそれを付けて歩いてくればいいのか?」

「歩く必要はありません。目を閉じて万歩計を振ってください。そして三十秒経ったと思ったタイミングで手を止めてください」

「振るんだ! さすがノエちゃん、斬新な発想」

「そういえば昔、モンスターを万歩計に入れて振るっていうゲームあったな。オレはやったことねぇけど」

「そのゲーム、本当に振るっていう遊びだったのか?」

「やってたクラスの奴みんな振ってから、そういうゲームだろ?」

「いやお兄ちゃん、あれ歩くやつだから」

「初めて知ったぜ」

「そんなことより、誰からやるんだ?」

「それではトランプで決めましょうか」

 ノエはトランプの山札を取りだしてシャッフルし、俺たちの方へ向けてきた。

「一人ずつ引いて行って、数の大きい順にやりましょう」

「そーいうことなら」

 恵は我先にとノエの持つ山札からカードを一枚引いた。

「あー、あたしが一番に引きたかったのに」

 続いて花恋が、唇を尖らせつつカードを引き、ノエは俺に山札を差し出した。

「どうぞ兄さん」

「ああ」

 俺、ノエと引いていき全員同時にカードを裏返した。

 恵、スペードのK。

 花恋、ハートの10。

 ノエ、クローバーの7

 そして俺がクローバーのAだった。

「なんでだよ」

「なにがだよ」

「なんでお兄様だけノエちゃんと同じマークに」

「四分の一の運にも抗えないお前らが悪い」

 ノエの手元に置いてある万歩計を取って恵に投げ渡し、

「さっさとやれ」

 話が長くなりそうだったので、無理やり切り上げさせた。

「ったく、これだからお兄様は」

 愚痴りつつも恵は万歩計のカウントをリセットし、目を閉じて軽く俯き腕を振り始めた。

 花恋、ノエ、俺と順番にやっていき、それぞれの回数は、恵が百十三回、花恋が百三十六回、ノエが百二十四回、そして俺が百四十二回だった。

 それぞれの結果を表にして黒板に書き記し¥すと、ノエは顎に鼻歌交じりに、色々な角度から黒板を眺め始めた。

 確度を変えたって見えるものは同じだろうと俺なんかは思うが、ノエにとっては違うようだ。

 そもそもノエの占いは、テレビなどで偶に聞く占い学などいうものとは根本的に違う。バラエティ的な占いの裏付けになるものは過去のデータや分厚い本などだろうが、ノエの占いを裏付けるものは、ノエに色濃く引き継がれた星稔の血である。

 故にノエの占いは俺などが計り知れるようなものではない。ただ「ノエの力が優れている」ということだけが、実感としてひしひしと伝わってくるだけだ。

 数分ノエを見守っていると、恵と花恋はまたしてもノエのことで痴話喧嘩を初め、それが終わるころ、

「結果が出ました」

 ノエが俺たちの方を振り返り、無邪気に微笑んで告げた。

「ノエちゃんきゃわおん」

 花恋が謎の言語を発し、恵は左手で顔を覆い、両肩を揺らしながら親指を立てた右手を出した。キモい。とはいえいつものことではある。ノエは二人の奇行を気に留める素振りもなく、占いの結果を口にした。

「わたしたち四人はどうやら、前世からの因縁があるみたいです」

 まじかよ。

「前世からの」

「因縁?」

 非公式ファンクラブの二人は固まったが、

「はい。どうやら腐れ縁、というやつみたいですね」

 ノエは笑顔のまま頷いた。

「えー、ノエちゃんと前世からの深い関係なのは嬉しいけど、お兄ちゃんやお義兄さんとも? なんか特別感薄れてやだなぁ」

「ノエちゃんだけじゃなく、花恋やお兄様とも前世からの縁って。なあお兄様、祝福と呪いって同時に受けるものか?」

「さすがに失礼だろお前」

「呪いっていうならお兄ちゃんの存在があたしの呪いなんですけどぉー」

 いや、俺からすればお前たち二人ともが疫そのものなのだが、どうやら自覚がないようだ。

 うん?

 俺はこの二人を負としてとらえているにも関わらず、なぜ俺はこの二人が傍にいることを黙認してしまっているのだろう。

 邪悪ではないことは星からわかる。だからといって傍に置く理由はない。それなのにこの二人にある程度心を許してしまっているのは。

「因縁、ねぇ。まあノエが言うならあるんだろうさ」

「はい。間違いありません!」

「あたしもノエちゃんを信じてるけど、でも因縁っていっても、どんな因縁?」

「んー、わかりませんね」

「えぇー」

「じゃあ、どんな因縁があったかも占ってもらおうぜ」

「いいねぇ。お兄ちゃんもたまにはいいこと言う」

 花恋が盛りあがったそのとき、前側のドアががらりと開いた。

「おー、二兄妹。やっぱり今日もいたか占いクラブ」

 顔を出したのは二年の学年主任であり現代文の教師、田中だった。

「俺たちはクラブというわけではないんですが」

「そうなのか? 職員室でも噂になってるけどな。良い噂とトラブルの噂が」

「ふーん、やめさせにでもきたのか? 田中ティーチャー」

「いいや。生徒が自主的にやってることだ。公序良俗に反しない範囲で自由にしたらいい、ってのが職員会議の結果だ」

「そんな職員会議があったのかよ」

「まあトラブルに関しては起こさないようにして欲しいがな」

 田中は恵に訝しむような目を向けてから俺たち四人を見回した。

「それじゃあ、もしかして占いの飛び込みですか? もちろん先生でもわたしは拒みませんよ」

「それは別の機会で頼む。それより、お前ら今日はもう帰れ」

「えーなんでですか! せっかくノエちゃんの占いの対象になってたのにぃ」

「天気予報によるとこれから雪が降って風も強くなるらしいからな。校舎見まわって部活以外で残っている生徒がいたら帰るように言えって教頭先生に命じられてな。ほらさっさと気を付けて帰れぃ。先生が怒られるんだから」

「それでは、仕方ありませんね。今日はもう帰りましょう、兄さん」

「ああ。そうだな」

「ノエちゃんがそーいうなら、しゃーねーか」

「ノエちゃんが帰るなら学校にいてもしかたないしね」

 俺たちは教室を片付けて学校を後にし、非公式ファンクラブの二人と別れた。

 それにしても四人とも前世からの因縁がある、か。

 いやはや、縁(えにし)というものは不可思議なものだ。

「兄さん」

 ノエは両手で俺の左手を包んでくる。

 その体温と、冷たい指輪の感覚とがノエを感じさせる。

 ノエとの因縁ならば、恵と花恋というおまけが付いてくるとしても解消などせず来世にも、来々世にも持ち越したいものだ。

 そう思ってノエの手を握り返したとき、

「っ!」

 背後から刺すような視線を感じた。

 この前、肺病院からの帰り道に感じたものと同じであり、すぐさま振り返る。だがそこには誰も居ない。だが敵意の籠った視線を確かに感じた。

 周囲の星を感じ取るために集中しようとしたとき、ノエに袖を引かれた。

「どうかしたんですか、兄さん?」

「いや、きっと呪霊か何かがすれ違っただけだ」

「なんですか、それ」

 破顔したノエを眺め、本棟ならその額に口づけをしたいくらいだが、それだとシスコンみたいなので手を握ることで我慢をし、ノエの星を感じることに集中した。

 ああ、とても美しい。



〈相性占い・終〉


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