第5話 クレーンゲーム占い
北にある山の真ん中から真南の海に掛けて留鵺市を縦断する山海七間通を四等分し、南から数えて三つ目と四つ目の間の地点から裏通りを抜けた場所に留鵺中央デパートがある。
一階にスーパーを構え、二階以降はテナントの家電量販店や服屋、百均などがある。
家の近くということもあり小五のときにこの町に引っ越してきてからたまに来るのだが、未だになにが中央なのかはわからない。
その中央デパートに来た目的は、デパート最上階にあるファミリー向けのゲームセンターにある。
「あ、お義兄さんじゃないですか!」
「え?」
エレベーターを降りて進むと、通路に沿ってクレーンゲームが四つ並んでいる。奥の方には太鼓を叩くゲームや、車のシートに座って髭のおじさんのレースゲームを楽しめるエリアがある。
どのクレーンゲームにしようか考えながら三つ目の前までくると、栗色の髪を肩口で切りそろえた、ティーシャツにジャンパースカート姿の女子が角から現れた。
「お義兄さん」
ノエの非公式ファンクラブの会長であり恵の妹である花恋だ。
「おはよーございます」
「おはよう」
「こんなところで会うなんて、奇遇ですね」
「そうだな」
「あれですか? お義兄さんもエスカレーターの魅力にハマりましたか?」
そう言って花恋が指さしたのは、景品が「エスカレーターのぬいぐるみ」のクレーンゲームだった。
そんなものを欲しがるのは花恋くらいのものだと思っていたが、景品になるということはマニアは意外と多いのかもしれない。
「俺は別に。クレーンゲームができればそれで」
「え、お義兄さんって、そんなにクレーンゲームが好きだったんですか?」
「いや。ノエのうらな」
「あたしも手伝います!」
「そう」
「この前のワンちゃん探しはエスカレーター乗ってたんで、今度こそは! お兄ちゃんにばかり、ノエちゃんに良いとこ見せないと」
「張り切っているところ悪いが、別に今日はノエは家だ」
「えぇ」
花恋は肩を落とし、露骨に嫌そうな顔をした。
「ほんとお前ら兄妹、よく似てるよ」
「そんなことありません」
何気なく漏れた俺の言葉に、花恋は真顔になって否定してきた。
「ああ、そう」
「それで、今日はどんな占いなんですか?」
「あ、手伝いはするのか」
「ちゃんとあたしが手伝ったって、ノエちゃんに言ってくださいね」
「あー、うん」
本当によく似てると思いながら、今日の占いを説明した。
「今日の占いは、趣向を変えた遠隔占いだ」
「はい」
「俺たちはクレーンゲームをやる」
「それでそれで?」
「以上だ」
「え、それだけですか?」
「ああ。終わったら電話してくれとも言っていたな」
「ぬーん。それだけ、ですかぁ」
花恋は不思議そうな顔をしていたが、
「さすがノエちゃん。あたしたちとは思考の次元が違う」
と、ひとりテンションが上がり、ポケットから小銭入れを取り出してクレーンゲームに向かった。
俺から言わせれば花恋の方が、少し、いやかなり思考の次元が違うが、やはり変人には変人という自覚がないらしい。
やれやれ。
とりあえず花恋のお手並み拝見といこう。そう決めて、五百円玉を入れる花恋のとなりに立った。
硬貨の投入口の横に「100円1回プレイ」「500円6回プレイ」と書いてある通り、残りプレイ回数のモニターには「あと 6 カイ」と表示されている。
その数字は一分も経たないうちに、5・4・3・2・1と減っていき、0になった。
下手だな。
「下手だな」
思うだけのつもりが、思わず口から零れてしまった。
「んなっ! じゃあお義兄さん、やってみてくださいよ!」
花恋に怒りながら場所を代わられ、百円玉を投入した。
やったことはないが、こんなの六回も必要ないだろう。
狙いのぬいぐるみを決め、右矢印のボタンを押して放す。続いて上矢印のボタンを押し、奥行きを合わせ放す。
クレーンはぬいぐるみのところまで下り、そしてアームがぬいぐるみを掴んだ。
ほうら、簡単だ。
クレーンが上がり、ぬいぐるみが持ち上がると思ったとたん、確かに掴んでいたはずのアームからぬいぐるみがすっぽ抜け、最初の位置に戻ってきたクレーンが虚無を落とした。
「ほらお義兄さんもあたしと変わらないじゃないですか! ほら! ほら!」
「あのアーム壊れているんですが」
「いや、壊れてないですよお義兄さん」
たまたま近くにいた店員に報告すると、店員は「少々お待ちください」と従業員用エリアに下がっていった。
「いや、これで壊れていないわけないだろ、常識的に考えて」
「いやぁ、クレーンゲームってこういうものですよ?」
「うん?」
よくわからないことを言われたが、俺のしらないところで、壊れているものを壊れていないと言うギャグが流行っているのだろうか?
少し経ってから戻ってきた店員が言うには、仕様通り稼働しているらしい。
「そう、ですか」
「はい。では失礼します」
店員はそう言うと一礼して去って行った。
「もしかしてクレーンゲームって、詐欺じゃないのか?」
「本気で言ってます?」
「ああ」
「さ、詐欺じゃあないですよ。クレーンゲームはこういう遊びですから」
なぜ花恋はこうも、こんなものを庇うんだ?
これは警察に相談したほうがいいのではないか?
あるいは消費者庁?
そう考えているうちに、花恋は再び五百円玉を投入した。
だがよく考えれば、花恋自身がこういうものだと認識してプレイしているのであれば、詐欺ではない、のか。
ふむ。
クレーンゲーム、思っていたよりも奥が深いゲームのようだ。
こうなっては花恋を見学するしかない。
だが、花恋を観察すること十数分、一向にぬいぐるみが取れる気配がない。
「本当に、こういうゲームなのか?」
「話し掛けないでください。集中が乱れます」
「話し掛けなくても取れてないだろ」
「ああー、もう! うっさいですねえー」
逆切れの勢いで手が離れ、クレーンは何もないところに下りて行った。
「お義兄さんのせいですよ」
「いや、その理屈はおかしい」
「どの口が言いますか!」
そう言うと花恋は両手を伸ばして俺の両頬を引っ張った。
「なにほふる。ふぁいふぁい、ろろほほほるろらららほへはにへほはっらんら」
「何言ってるのか分かりませんよ!」
「ほはへにひはれはふらい」
「今のはなんて言ったかわかりますよ! なんですかあたしがいつ意味不明なことを言ったというんですか!」
「ほへほはへへは、ひふほほうらろ」
「あたしのノエちゃんへの気持ちを、お義兄さんそんなふうに思ってたんですね!」
「へは、ひひはへんひはらへ」
花恋がようやく手を放して普通に喋れるようにはなったが、両頬が少しひりひりする。
「酷いですよお義兄さん。あたしはこんなにも、ノエちゃんを愛しているのに」
「俺の妹を好いてくれるのは嬉しいし、仲良くしてくれるのはありがたいけど、何でそんなにノエのことが好きなんだよ、お前ら?」
「ナチュラルに自分のもの感醸し出すのやめてもらっていいですか? ちんちん蹴りますよ?」
「俺はお前のことを知る度に分からなくなっていく」
「というか、ノエちゃんはお義兄さんのことばっかり見てて、あたしに振り向いてくれないのおかしくありません? まあそこが無限にあるノエちゃんの良いところのひとつなんですが」
花恋は顔は美少女のはずなのに気持ちの悪い笑みを浮かべた。
そういうところ、本当恵とそっくりだなぁ。
「そうです!」
大声をあげると、興奮した面持ちで俺のすぐそばまで寄ってきた。そして辺りを見回してから耳打ちをしてくる。
「ぶっちゃけ、あたしにだけノエちゃんの好感度を上げる方法教えてくださいよ」
ぼそぼそと呟かれ、息が掛かって擽ったい。
俺は少し距離を取ってから答えた。
「そんなものはない」
「えー」
花恋は肩を落として項垂れると、
「じゃーあー、ノエちゃんの今日のパンツの色、教えてください」
「はぁ? そんなの、俺が知るわけないだろ?」
「代わりに、お兄ちゃんの今日のパンツの色教えてあげるんで」
「興味ないわ! というか、なんでお前が恵のパンツの色知ってんだよ」
「そりゃあ、まあ。これでも妹ですから。ノエちゃんもお義兄さんのパンツの色、知ってると思いますよ」
「そんなわけ」
ないと言いかけて言い淀んだ。
ノエのやつ、俺の机の引き出しのどこになにが入ってるか把握してるからなぁ。占いに使わない自分のものはすぐ失くすのに。
「あるかも、しれない。が、俺はノエのパンツの色なんて知らん。というか、もう。本人に聞いてくれ」
「なるほど、その手がありましたか」
花恋はスマホを取り出して操作し、画面を見せて来た。
その画面はノエへのラインであり、
『ノエちゃん今どんなパンツ穿いてる? お義兄さんが気になるって』
というメッセージが送信されていた。
「なっ」
「ふふん。これならノエちゃんも教えてくれるはずです」
なんてとんでもないメッセージ送ってくれたんだ!
「これじゃあまるで、俺がシスコンみたいじゃないか」
「あはは急に。面白いこと言わないでくださいよ。ひぃーひっひ」
俺の発言に、花恋はなぜか爆笑しだしたとき、俺のスマホが鳴り、振動した。
見るとノエからのラインで、
『もぉ、兄さんったら直接聞いてくれたら、なんでも見せてあげますのに。照れ屋さんですねぇー』
メッセージに続き、鏡の前でスカートをたくし上げているノエの写真が送られて来た。
白い素足と黒いパンツが、はっきりと写っていた。
覗き込もうとする花恋の視線に気づき、慌ててスマホの画面を落とし、ポケットにしまった。
「あー、お義兄さん!」
「いや、ダメだろ」
「少しだけ、少しだけですから」
「さすがに、ダメだろ、これは倫理的に」
「あたしもここまで上手くいくとは思ってませんでした。でも! お願いします! 一生のお願いですから!」
「いや、だめだって」
「先っちょだけ、先っちょだけなので!」
「先とか奥とか、そういう問題じゃ」
「じゃあ一億円でどうですか?」
「売る方がもっと問題だ! だいたいそんな大金持ってないだろ!」
「身体で払いますから! 今からラブホ行きましょう⁉ なんなら公園でも! ここでも!」
「ばかよせ! 妹のパンツの写真をネタに売春なんて一周まわって死にたくなるわ!」
「だったら見せてください!」
スマホを入れたズボンのポケットに視線が釘付けの花恋は、そのまま俺のズボンに飛びかかり、掴みかかってきた。
「パンツ!」
ふと周囲を見やると迷惑そうな顔をした店員がこちらにやってきていた。
※
結果、俺たちは店員に怒られて追い出され、近くの公園のベンチに腰を下ろしていた。
ノエの写真を残しておくと新たな争いの火種になりそうなので、こっそりと消しておいた。
「もう少しで出禁になるところだったぞ」
「むー、お義兄さんのED」
「どんな八つ当たりの仕方だ! まったく。ホントになんでそんなにノエに狂ってるんだよ」
「そういうお義兄さんこそ、お兄ちゃんとは出会ったとき仲悪かったらしいですけど、どうやって仲良くなったんですか?」
「別に仲良くは、まあ、出会ったときよりは仲良い、のか?」
恵の奴と出会ったのは中学一年のときだったが、その年は別に話をすることもなかった。俺と恵が関わりを持つようになったのは、ノエが中学に入学し、恵がノエを認識してからのことだ。
話し掛けてきたのは恵の方で、第一声に俺は腹を立てた。
「お前、ノエちゃんの兄貴らしいな。オレを紹介してくれよ、ノエちゃんのお兄様?」
ノエのことを「ノエちゃん」なんて馴れ馴れしく呼ぶ恵を当時は警戒したし、恵の方も今とは違い、あくまでノエの付属物として俺を見ていた。
俺の恵に対する第一印象は「最悪」だったが今となれば良い思い出、だろうか?
いや思い出ではあるが、あいつとの思い出に良い要素なんて皆無だ。良い思い出なんて一つもない。
「お義兄さん? ぼーっとしてどうしたんですか?」
「ああ。なんでもない。それで、俺と恵だけど」
「あ、尋ねはしましたけど、やっぱ興味ないんで話さなくていいですよ。ほんと、興味ないんで」
「あっそ」
二回も言わなくていいだろ。
「それより、ノエちゃんに電話しなくていいんですか? よかったとしても掛けてください」
「なんだよ、それ」
一応クレーンゲーム自体は終わったのでノエに電話を掛けた。
『もしもし兄さん。わたしのパンツどうでした?』
「パンツの話はもうやめてくれ」
『え?』
「それより、うらな」
とたん、花恋は俺の腕を引っ張って通話をスピーカーモードにすると割り込んできた。
「やっほーノエちゃん。あたしだよーん」
『え? あ、そういえばなんで花恋ちゃんが兄さんと一緒にいるんですか?』
「花恋が偶然デパートにいて」
「あたしとノエちゃんを結ぶ赤い糸がたまたまを生み出すんだよきっと! だからあたしと結婚しよ!」
『わたしの赤い糸は兄さんと繋がってるので人違いです』
「あーん、そんなぁ」
ベンチの脇に崩れ落ちた花恋を見ながら、俺はクレーンゲーム前で起きた顛末を程よく掻い摘んで説明した。
『なるほど。では今からクレーンゲームの成果無しという情報で兄さんを占ってみますので通話は切らずにお待ちください』
「ああ」
相槌を返してから数分経ち、
『占えました』
ノエの楽しそうな声が聞こえて来た。
「今度は俺の何を占ったんだ?」
『はい! 今の兄さんの吉方位がわかりました!』
「そうか」
吉方位。
その方向に進むだけで幸運に導かれる方角のことだ。クレーンゲームと吉方位になんの関係もない気はするが、ノエにかかれば関係ないことも関係ないのだろう。
「俺の吉方位はどっちなんだ?」
『北北西です!』
「ここから北北西といえば」
言われた方向を見やるとそちらにあるものは民家と、町の北側にそびえる分間山(ぶげんやま)である。
標高六八二メートルとはいえ、南南東か北にある初心者用の道を進んでいけばハイキング感覚で登れる山である。しかし、ここから北北西に向かうとなれば登山道は存在しない。素人が着の身着のままで獣道を登るのは危険である。
だが他でもないノエの占いだ。
山に入るまでになにかあるか、入ったとしても少なくとも今日は安全が保障されていると言っても過言ではない。
「わかった。行ってみよう」
『では、吉報をお待ちしてますね、兄さん』
「じゃあ、また後でな」
「は~い」
通話を終わり、今度は未だに崩れ落ちたままの花恋に声を掛けた。
「俺はもう行くけど、花恋はどうするんだ?」
花恋は顔を上げると、少し恨めしそうな目を向けてきた。
「なに?」
「お義兄さんだけノエちゃんと仲良くてずっこいです」
「そんなことを言われてもなぁ」
「むむぅ」
膨れられても困るんだが。
「来ないのか?」
「行きますけど、なんか不服です」
「そう」
恵もそうだが花恋もまた、真面目に話を聞いてもらちが明かない類の人間なので会話を切り上げて北北西に向かった。
マンションの並ぶ住宅街を抜けてさらに進んでいくと民家はなくなり、やがて道もなくなった。真正面に背の高い木がまばらに生えた山の斜面が見えるが、斜面と現在地の間には腰ぐらいの高さの草が生い茂っており、マダニやヘビなどが生息していそうだ。
ノエの占いがあるから俺一人なら問題ないだろう。しかし花恋はというと、
「はふぅ、もぉ、疲れた。休みましょーよーお義兄さん」
疲労具合はシカトするとしても、服装はティーシャツにジャンパースカート、ソックスも膝丈と、腕も足も出ている状態だ。
これ以上先には行けないだろう。とはいえ吉方位に進みはしたのだ。デパートにいたときよりは運がよくなっているはずだ。
「よし、引き返すか」
来た方向を向いて歩き出すと、花恋に服を掴まれた。
「あぐっ。なにをする」
「もうちょっと休ませてください」
「俺はさっさと戻って運が上がっているか試したいんだが?」
「なにか当てでもあるんですか?」
言われて、運試しの方法を考えてみたが思い浮かばなかった。今の時期では神社に行ってもおみくじもやっていない。
「当てはない」
「ならもう少しゆっくりしていきましょーよ! もしくはノエちゃんのパンツ見せてください」
「ふむ、しかたない。休むか」
それにしても、なにか運試しできるものはないだろうか。
「もしくは! ノエちゃんのパンツ! 見せてください!」
おみくじの他に運試しと言えば宝くじ。
「ノエちゃんの!」
だが宝くじは未成年には買えない。
「パンツ!」
誰か大人に代わりに買ってもらったとしても、俺の運試しにはならないだろう。
「見せてください!」
「やかましわ! そんなに元気なら歩けるだろ! もう行くぞ」
俺が歩き出すと花恋もしぶしぶついてきた。
「待ってくださーい」
まったく、人が考えているというのに。
しかし。
運。
運ねぇ。
運を測る方法、なにかないものか。
歩きながら考え続けたが、いよいよなにも思い浮かばないまま元居た公園の辺りまで戻ってきてしまった。
辺りを見回して考えても、マンションと戸建てが数件とコンビニ、道路、たまに通るトラックと乗用車くらいで運を試すのに使えそうなものがない。
「お義兄さん、お義兄さん」
「ん?」
呼ばれて振り向くと花恋がコンビニを指さしていた。
「どうした?」
「ちょっと寄りましょうよ」
「んー、まあ、ここでずっと考えていても仕方がないか」
花恋は頷くとスタスタとコンビニに入って行った。
自動ドアが開くと同時に中から漏れ出した冷気の涼しさを感じ、少しうるさい入店音が鳴り響いた。
「ひゃー、すーずしぃー」
俺の運を試せそうなものはないか。
そう思いながら入り口横の雑誌エリアから順にコンビニ内を回っていると、冷凍エリアで花恋が、ソーダ味の棒アイスを手に取っていた。
「お義兄さん、それ当たったことありますか? あたしは全然なんですけど」
「何回か、当たったことはあるが、そういえば自裁に交換したことはないな」
「あー、お兄ちゃんも当たったことあるのに交換行きませんねぇ。そのくせ、あたしに当たり棒くれないんですよ! なんでですか?」
「いや、俺が知るわけないだろ」
「えー?」
えー、と言われても、知らんもんは知らん。
と、花恋と話していて気が付いた。
「そうだよ! 当たりがあるんだ、このアイスには」
「え? なにを今更」
「だから、ノエの占いで吉方位が判明して、そっちに進んだ今、運が上がっているかを確かめるんだよ」
「ああ、そういえばそんな話でしたね」
「そうと決まれば」
俺は棒アイスを手に取りレジに持っていくと、店員がやってくるとほぼ同時に花恋が自分の分のアイスも俺のアイスの横に置いた。
「ごちそうさまです、お義兄さん」
「お前なぁ」
「ほっぺくらいならチューしてあげるので」
「いらん。まあ、今度恵に請求すればいいか」
「はい、そうしてください」
そう決まり二人分の代金を支払った。
店を出てすぐ左にあるベンチに二人で腰掛け、アイスを袋から出した。
俺がアイスを齧っていくのに対して、花恋はアイスの先端部分を口に含んで、溶かして食べていた。
アイスの食べ方ひとつとっても千差万別だなぁと思っていると、俺のアイスの棒が見え始め「あ」という文字が見えた。
「あたりだ」
「んー、ふぁふぁひはー」
アイスを口に含みながらもごもごと喋ると、口からアイスを引っ張り出した。
「たぶん、はずれ、ですね」
俺のものと同じくらい棒がむき出しになっていたが、花恋の方には裏にも表にも、なにも書かれてはいなかった。
「そうみたい、だな」
俺がそのままアイスを食べ終えると花恋も食べ終わっており、
「それ、よかったらあたしにください」
「え? ああ、当たり棒? いいけど」
許可するや否や、花恋は俺の手から当たり棒を半ば奪い取りコンビニに入って行った。
今交換するのかよ。
花恋の背中を見送りながら、俺はスマホを取り出してノエに当たったことおw伝えた。
「ふふん、吉方位あっていたでしょう」
えっへんと胸を張っているのが目に見えるような口ぶりだった。
「じゃあ、そろそろ帰る」
「はい。帰りを待ってますね、兄さん」
ノエはチュッと可愛らしい音を鳴らしてから通話を切った。
それから少しして、新しいアイスを持った花恋がコンビニから出てきた。そして俺の横に座ると、
「さっき、レジに並んでいるときに考えていたんですが、お義兄さん。うちのお兄ちゃんと結婚しませんか?」
「は?」
「だってそうしたら、ノエちゃんはあたしのお義兄さんの妹にしてお兄ちゃんの義妹……実質的にあたし自身になりますよね? ノエちゃんと同一の存在ということに」
「何言ってんの?」
「そしてうちのお兄ちゃんとお義兄さんが結婚したのなら、あたしとノエちゃんが結婚するのも自然ですよね?」
花恋が喋っているのは日本語のはずなのに、なぜか少しも理解が出来なかった。
「アイス、早く食べないと解けるぞ」
これ以上花恋の話を聞いていたらこちらの頭がおかしくなりそうだったので話を変える。
「あ、そうでした」
「よくわからんが、アイス食べ終えあたら気を付けて帰れよ。俺は先に帰るから」
「あ、はい。ノエちゃんによろしく言っといてくださいよ」
「はいはい」
花恋が再びノエに関する誇大妄想を垂れ流す前に、足早に去った。
恵といい花恋といい、どうしてこうも残念なのだ。
俺は呆れながら帰路についた。
〈クレーンゲーム占い・終〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます