第4話 怪文書占い
梅雨一歩手前という気候の、土曜の昼過ぎ。
留鵺市の中央にある市唯一の駅、央留(なかとどめ)駅のロータリーの公園に恵を呼び出した。
待ち合わせ時間に恵がやってきた矢先、鞄の中からA4サイズのレター用紙とキャップ式のボールペンを差し出した。
「ノエへの思いをノエという言葉を使わずに書き記してくれ」
「なんだよお兄様、藪からスティックに」
藪からスティックの方がなんなんだよ。
いや、意味はわかるが。
「ははん。さてはお兄様、オレにラブレターの代筆をさせて、意中の子を仕留めようとしてるんだな?」
「仕留めてどうする!」
「そりゃ、飾る、とか?」
「俺にそんな趣味はない」
「そんなことより、今日はノエちゃんいないかよ? まあ占いの予定が入ってたらファンクラブネットワークから情報が入ってるはずだから、いないとは思っていたけど、改めてお兄様と二人きりのお出かけってなると」
途中で言い淀み、俺の顔をじろじろと舐めるように見てから肩を落とした。
「目元はノエちゃんに似てなくはないけど、やっぱテンションあがらないぜ」
「会員二人しかいないくせにどうやって情報取ってんだよ非公式ファンクラブ! メルマガとか配信してねぇのに。というか露骨にやる気失くすな」
「だってよ、いくらお兄様とはいえ、休日に男と二人きりだぜ?」
「そうか。そんなに嫌か」
「ああ」
「そうか。お前にはいつも世話になってるからな。いいもの、やろうと思ったんだが」
「あん? なに勿体ぶってんだよお兄様?」
「捨てる予定のノエのくつし」
「なんでもやりますお兄様」
恵は、俺が言い終わる前に気を付けをして宣言した。
「なんなりとお申し付けください」
「やっとやる気になったか」
尤も、その文章作成もノエが占いのために俺にお願いしてきたことだと言えば、あんなものをくれてやらなくても恵はやる気を出しただろうが。
そう。あれは今朝、特性ドリンクの下ごしらえで、炒めたタマネギとミンチの粗熱を取っているときだった。
「兄さん。今日は怪文書占いにしようと思います」
起きてくるなり髪も梳かさず、ノエはそう言い放った。
「ああ。いいと思うぞ」
「兄さんならそう言ってくれると思いました」
ノエはニッコリと笑い、俺は食材をうちわで扇いだ。
そのまま数秒が経ちようやく俺は、
「いや、怪文書占いってなんだよ」
「兄さんならそう言ってくれると思ってました」
ノエはふふんと鼻を鳴らし、腰に手を当てて胸を張った。
「よくぞ聞いてくれました! 怪文書占いとは、怪文書で運勢を占うことです。わたしがさっき思いつきました!」
「そのまま、だなぁ」
きっと、その怪文書を俺に用意しろというのだろう。
ノエの顔を見やると、期待の籠った目で見つめてきている。
まったく。
そんな目で見つめられて、断れるはずもない。それに、妹のワガママを聞いてやるのが兄として生まれてきた者の運命というやつだ。
「しかたない。俺には書けないが、書けそうな奴に心当たりがある」
「さすが兄さんです」
ノエの嬉しそうな笑みは、どんな無理難題でもやる気にさせられる。
そして、その笑みを見られるのが俺だけだと思うと、世界に対して優越感を感じられる。
役得、というやつだ。
「特別に、俺の特性ドリンクが完成したら飲ませてやるよ」
「それはいいです。マズいので」
激ウマ、なんだがなぁ。
そんなこんなで、今に至る。
「あれ?」
紙を受け取ったとたん、恵は首を傾げた。
まさか、今回の秘密に気づいたのか?
それは、まずい。
もし余計な意識が挟まれば、怪文書に手心が加えられるかもしれない。
だが、ノエが望む怪文書は
「どうした、恵?」
「この紙、ノエちゃんの匂いが少しする。いぃ香りだぁ」
キモい。
今の恵の星を感じ取ったら、悍ましすぎて失神してしまうだろう。
そう思わされるくらいに気持ちが悪い。
「ノ、ノエに部屋にあったやつ、だからじゃないか?」
「なるほどな」
「嗚呼。ここにはいないのに、ノエちゃんの匂いがするだけで、天にも昇る気分だ」
「そうか」
ほんとに天に昇っちまえば良いのに。
ふとそう思ったが、天国の入国審査にこいつが通るだろうか?
いや、通るまい。
「んで、お兄様。ノエちゃんへの気持ちをここに書き綴ればいいのかい?」
「ああ。名前は出さずにな」
「よし。まかせろ。と言いたいところだが、どこで書けばいいんだ?」
言われて周りを見れば、落ち着いて文章を書き込めるような場所はない。
「ファミレスにでも行くか」
「お兄様の奢りか?」
「ドリンクバーくらいならな」
「やり、他人の金で飲むドリンクが一番うまいぜ」
「それなら、俺の特性ドリンクを飲ませてやる。タダで」
「オレをまた病院送りにする気か!」
「救急車呼ぶ一歩手前だっただろ、あのときは。というか、食べ物しか入れてないのに大げさなんだよ、お前は。アレルギーでもあるまいし」
「むしろ、食べ物だけを入れてなんでああなるんだよ! 三日はあの味思い出して液状のもの口に出来なかったからな⁉」
「おお! 三日も忘れられないほど革新的な味だったか‼」
「褒めてねぇよ」
恵はなぜか肩を落としてそう言った。
褒めていないというのならどういう心算なのか俺にはよくわからないが、とりあえず俺たちは近くのファミレスへ足を運んだ。
窓側のテーブル席に案内され、レター用紙を広げた。
恵は右手でペンを持って左手で肘をつき、紙を見おろした。
顔面偏差値が高いため様になっており、何かのCMみたいである。これから怪文書をしたためる、という点を除いては。
だが、ふむ。
スマホのカメラ機能を起動して恵の写真を撮った。
「ったく、何撮ってんだ? オレなんか撮ってもしかたないだろ」
恵は文句というよりは、呆れ気味にそう言った。
「いや。お前を呪う必要が出来たとき用に一枚と思ってな」
「いやなんでだよ」
「冗談だ」
「お兄様がマジトーンで言うとマジでこえーぜ?」
「まあ、お前がノエを泣かさない限りは安心しろ」
「はっ、それなら心配ねぇな」
「ああ。だからお前は安心してそれ書いとけ」
紙を指さして示すと、
「あいよ」
恵は再び紙に向かった。
俺はその暇を潰すために、先ほどの写真を加工して花恋のラインに送りつけた。
手応えはあったが「こんなのよりノエちゃんの写真ください」と不評だった。
難しいものだ。
それから何倍かドリンクを飲んだころ、恵が四つ折りにした紙を寄越してきた。
「できたぜ。俺のラブレター」
「ごくろう。とりあえず店出るか」
「ああ」
会計を終えて店を出ると、雲行きが怪しいので歩きながら話すことにした。
「ところでお兄様。ノエちゃんにはちゃんと、オレが尽力したと伝えてくれよ?」
「何の話だ?」
「ラブレターだよ。お兄様がわざわざオレを呼び出して書かせたんだ。それ以外の動機なんてないだろ?」
「ふんっ。ノエのお願いだとバレていたか。だが、お前の考えはひとつ間違っている」
「へえ。それって?」
「ノエが求めていたのは、ラブレターじゃなくて怪文書だ」
「な! ラブレター占いじゃないのかよ?」
「ああ」
「じゃあなんでそう言わずに、ノエちゃんへの気持ちなんて言ったんだよ?」
「お前のラブレターなら、まさしく怪文書だろ」
「なっ、オレのノエちゃんへの気持ちを怪文書呼ばわりなんて」
恵は不貞腐れていじけだしたが、
「あ、そうだった」
と、とたん元気を取り戻した。
「ノエちゃんの靴下くれよ」
「そんな約束してないぞ?」
「はぁ? てめ、お兄様とはいえぶん殴るぞ?」
言いながら、恵は俺の胸ぐらを掴んだ。
「落ちつけ。お前の拳は中学のときで懲りてる。それに、今のお前に殴られたら身が持たん」
俺がポケットに手を入れて恵に渡すものを取り出そうとすると、恵も手を放し、
「なんだ、今度も嘘かよ」
やははと笑った。
「ノエの靴下、ではなく靴下のタグだ」
受け取ると恵は握り閉めて肩を震わせ出した。
「言っておくが、最後まで聞かなかったお前がわる」
「ってことは、これを付ければ、オレは実質ノエちゃんの靴下? いやっほー」
「最近、気持ち悪さに磨きが掛かってるな、お前」
そう呟いたとたん、無意識に恵の星を感じ取ってしまい背筋が凍った。
随分と悍しい限りである。
こんなものがこの世に存在していていいのか?
そう思いながら、意識を逸らすために恵の自称ラブレターの怪文書を開いた。
どんな怪文書を書いたのかを見てやろう思い一文目に目をやったとたん、邪念の強さに当てられて俺の意識は遠のいた。
「おい、お兄様?」
※
「はっ」
リビングのソファで目を覚ました。
「あ、大丈夫ですか兄さん。かなり魘されてましたよ?」
「あ、ああ。そう、か?」
言われてみれば、かなり汗を掻いていた。
「ところで、俺はいったい」
なんでこんなところで寝ていたのか思い出そうとすると、頭が痛くなった。
「痛っ」
「兄さん! 大丈夫ですか?」
激痛が走ったが、だんだんと収まっていく。
「ああ。もう平気だ」
なにか忘れているような気がするが、きっと全部悪い夢だろう。
「ちょっとシャワー浴びてくる」
汗を流せば気分も晴れるはずだ。
その後で、冷蔵庫で冷やしている特性ドリンクを飲もう。
脱衣所で服を脱いでいるとき、ズボンのポケットに折り畳まれた紙が入っていることに気が付いた。
「なんだこれ?」
謎に思いながら、俺はその紙を広げた。
ノエのための怪文書はネットから拾い、その紙は後日、二等級危険呪物として封じ星稔本家を介して厄落としを専門としている人物に送り付けた。
〈怪文書占い・終〉
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