第2話 妹は占い師

 放課後になり、第二校舎二階の西端にある空き教室に向かう。教室の前についてドアを開けると、中にいた少女がのっそりと俺の方に寄って来て、細くて白い腕で抱きついてきた。

「ノエ。もう来てたか」

「お昼ぶりですね、兄さん」

 まだまだ残暑の残る九月の初頭に、ブラウス越し体温は少し暑苦しい。しかしそんなことを言ってやめてくれるような聞き分けの良い妹ではないことは、十六年間兄をやっている俺が一番よく知っている。

「おー、そうだな。鞄置かせてくれ」

 やる気なくそう言うと、唇の両端が上がった幼さの残る顔で上目遣いに見上げてくる。長いまつ毛と垂れ気味の目尻がとてもキュートで、暑苦しさなんて無視して抱きしめ返したくなるが、それだとまるで俺がシスコンみたいなので自制した。

 ノエは一度ニコリと笑ってから自分の鞄を置いてある机の方へ向かい、俺もそれに続いて隣の席に鞄を置いた。

「それで、今日の予約はあるのか?」

「はい。クラスの子が一人、後から来ることになっています」

「そうか」

 俺たちが、というかノエが放課後の空き教室で一体何をするのかといえば、他でもない。

 占いである。

 ノエは昔から無類の占い好きで、高校に入学してからは昼休みや放課後にこの空き教室を使い、やってきた生徒たちの占いを行っている。

 訪れる生徒の男女比は「〇・五:九・五」くらいの割合で、圧倒的に女子が多く、おそらく今日来る生徒も女子だろう。そう思っていると教室の前方の扉が控えめにノックされ、ゆっくりと開かれていく。顔を覗かせたのは、ノエと同じ色の名札を付けている一年生で、予想通り女子だった。

 その女子は知らない上級生である俺と目が合い、少し緊張した様子だったが、すぐに隣のノエに気が付いて表情を緩めた。

「お待ちしておりましたよ!」

 ノエは制鞄の中から占い用の道具が詰まった小さめのバッグと、手のひらサイズのガラス玉(本人曰く気持ちが大事なので水晶である必要はないらしい)を取り出して女子生徒に声を掛けた。

「行ってきますね、兄さん」

 そう俺に告げてから、肩甲骨ほどの長さの黒髪を揺らしながら楽しそうに教卓の方へ向かっていった。

 教卓の黒板側の椅子にノエが座り、対面に置かれた椅子に女子生徒が腰掛けた。

「さて、何について占いましょう」

 ノエが尋ねると、女子生徒は俺の方をチラチラと振り返り、なにやらボソボソと口の中で呟いた。あの様子はおそらく、俺に退室してほしいということだろう。恋愛に関する占いの場合は、当然と言えば当然だが俺の同席は好まれない。

「あー、俺はその辺ぶらっとしてくるから、ごゆっくり」

 二人に向けてそう言い、

「それじゃあ、どうやって占うか、コレで決めましょう」

 ポケットから十面のサイコロを楽しそうに取り出すノエを横目に見ながら、俺は教室を後にした。

 一階まで下り、西側の出入り口から購買へ続く通路を辿る。その中腹あたりにある自販機の前で立ち止まり、何かノエに買って行こうかと考えていると、

「よぉ、お兄様。悩み中かい」

 隣にやってきた、短髪を茶色に染めて無香料の整髪剤で前髪をあげている男子生徒から声を掛けられた。

「ああ」

 声の主を確認せずとも、俺のことをお兄様なんて呼ぶ奴は一人しかいない。

 中学生になってからなぜか毎年同じクラスになる、ノエの非公式ファンクラブ副会長、恵だ。

「ノエならいつもの教室で占い中だぞ?」

「知ってるよ。授業が終わってるのにノエちゃんがお兄様と一緒にいないなら占いかトイレくらいだろー?」

「いや、そんなことはないだろ」

 俺の言葉に、恵は「え?」と声を洩らし、苦笑いを浮かべた。

「おいおい、お兄様。まさかトイレまでも一緒に行ってるのか? さすがに引くぞ。そしてファンクラブ副会長として許せねーなぁ」

「そこまでべったりしてない、という意味だ。どうしてそっち方向の否定だと思ったんだよ、お前は」

 というか、ファンクラブの副会長だろうが、会長だろうが、ノエのプライベートになんの関係もないだろ。

 非公式なんだから。

 そう思って軽く睨むと、恵は肩を竦めた。

「それにしても。いつも言ってるけど、ラインでも普段のそのテンションで来いよ」

「何言ってんだよ、お兄様。ウザいくらいに絡まないと、ノエちゃんの写真くれないくせに」

「当たり前だろ。なんで妹の写真を撮って送るのが当然みたいに言ってんだよ」

「お前こそ、ノエちゃんを独り占めしていいと思ってんのか? 共有して然るべき人類の宝!いやぁやっぱどこの馬の骨とも知らない奴に、デジタルデータとはいえノエちゃんをくれてやるなんて、許されない! うおおおお」

 恵は両手で頭を抱えると、唸り声をあげて屈み込んだ。

「これが、ジレンマというやつなのか」

 本気のトーンで考え込んでいたかと思うと、途端にがばっと起き上がり、俺の両肩を掴んで前後に揺さぶってくる。

「大体、普段からノエちゃんと同じ空気吸いやがって! ノエちゃん独占禁止法違反で告発するぞ?」

「なんだその悪法。やっぱり、ラインとか関係なくお前はいつでもウザい」



 恵の向う脛をつま先で蹴って、涙声で蹲るのを確認してからノエの元へ戻った。

 窓ガラス越しに教室内を確認すると、先ほどの女子生徒は既に退室しており、代わりに髪の短い一年生の男子が一人、ノエに言い寄っていた。

 眉間に皺を作り、教卓に手を突いて身を乗り出すその様は、告白――

「お前のせいで振られたんだぞ! 責任取れよ!」

――ではなく苦情のようだった。

 それも、廊下にまで響く大声だ。

 俺がノエに付きあって放課後の学校に残っているのはノエが望むからというのもあるが、ノエ自身が少々トラブル体質であるというのも理由の一つだ。

 ノエの占いはよく当たるが故に、占ってもらった側がとても信じてしまうという効果がある。これがトラブルを呼んでいる。例えばある人物から告白を受けた女子がいるとして、その女子がその相手との交際に関して占いに来たとする。そこで付き合わない方が良いという占い結果が出て、その女子が告白してきた相手を振ると、ノエに逆恨みをするバカな奴らが湧いてくるというわけだ。

 それに、一般論にしても実際の比率でいっても、女子高生が占って欲しい内容の殆どは恋愛関係のもので、結果として、拗れることも多い。

 まさに今、教室内で起きているように。

 だから放課後は俺も、一緒に残ってやるのだ。

 俺は教室に入り、ノエとその男子生徒の間に腕を差し込んだ。

「まあまあ、最終的に判断したのは相手の子だろ?」

 尤も、俺がその連中に何をできるかといえば、間に入って宥めるくらいのものだが。

 しかし何もできなくても妹を庇ってしまうのが、兄という星の下に生まれてきた者の性というものだ。

「っんだよアンタ!」

「兄さん」

 こんな状況だというのに、ノエは少し嬉しそうに俺を呼ぶ。

「兄?」

 男子生徒は俺の名札を見ると、口をへの字に曲げ、

「星稔の兄さんってことは、先輩っすか。でも引っ込んでてください! これは僕と星稔の問題なんです」

 そう言うと俺を押しのけてノエの方を向き直る。

「でもね、完全に逆恨みだし、今にも掴みかりそうなくらい興奮してるのに、兄の俺が放って置けるわけないでしょ? 俺の言ってること、わかる?」

「じゃあ何すか? 先輩が責任取ってくれるんすか?」

「責任て」

 余りにも頓珍漢なことを言われて絶句してしまった。

「責任取る気ないなら、引っ込んでいてくださいよ! 僕は責任の所在の話をしてるんです」

 今度は俺に掴みかかりそうな雰囲気で睨みつけてくる。

 男子生徒の言動は、抱えている星と同じく薄汚れていて薄っぺらい。

「責任って言うけどねぇ、君」

 ああ、非常に面倒くさい。

「君はさっきから責任、責任言うけれど、じゃあ何? 小指でも詰めろって言うの? それとも土下座して君の上履きでも舐めればいい?」

 男子生徒は少し落ち着いたのか、

「そこまでしろとは」

 と、ぼそぼそと調子を落としだした。

 だが。

「兄さんがそんなことをする必要はありません! だいたい、いくらわたしの占いが百発百中だからって、占い程度で選ばれなくなるならその程度の男ということですよ。それに、現にこんな男なら付き合わなくて正解じゃないですか。わたしの占い当たってます!」

 俺の虚勢を真に受けたのかノエが興奮し、男子生徒は床をダンッと踏みつけてノエを指さした。

「僕は、その態度が気に入らないんですよ!」

 まあ、気持ちは分からなくもない。

 しかし、だ。

「さっき言った小指詰めるってのは、実際そんなくだらないことをするつもりは欠片もないし、行為の意味も全く以ってわからない。そんな頭のおかしなことをして、何かが変わるわけがないしね。でも、俺はノエのことを自分の命より大事に思ってる」

 そこまで言っても、男子生徒は鈍いのか、それとも頭に血が昇っているからか、理由は不明だがこちらの意図は理解できなかったようだ。

 だから、はっきりと告げることにした。

「ぶっちゃけると。ノエにちょっかい出すなら、命懸けろよ」

 無意識に声が低くなりながら男子生徒を睨みつけると、教室の出入り口から聞き馴染んだ声が飛んできた。

「よぉお兄様、お困りならオレに頼るかい?」

 顔を向けると、ノエの方を見てニタニタと笑う恵がいた。

「何も困ってなんていない。やるべきことはいつだって、行うよりもずっと前から決められている」

「また先輩っすか? って、お兄様? どういう関係なんすか? というか関係ないでしょ!」

「関係ないことは気にする必要はない。なぜなら、これから加害者と被害者の関係ができるからだ。だがそれも気にする必要はない。星稔の本家はペリーが日本に来るより前からあって、今日では永田町や霞が関と太いパイプもある。その本家筋の俺なら、大抵のことはなかったことに出来る」

 俺が一歩前に出ると、星稔という珍しい苗字が信用させたのか、男子生徒は唾を飲んで一歩後ろに下がった。

「な、何する気っすか」

「俺たちはまだ無関係だからな、教える義理はないな」

「ふーん。ところでお兄様」

 恵はいつの間にか男子生徒の後ろを取っており、両肩を上からがっしりと押さえつけた。

「虫と魚、どっちの友達を紹介するんだ?」

「まあ、細かいことは、事が済んでから考えたって遅くはない」

 男子生徒を睨みながらそう言うと、

「ああああーーーー」

 男子生徒は癇癪を起こし身をよじって恵から離れようとするが、恵は男子生徒の首に右腕を回して固定した。暴れる男子生徒の学ランのボタンを左てだけで器用に外していき、すべてのボタンを外し終えると袖だけ掴んで男子生徒を突き飛ばし、勢いで学ランを剥ぎ取った。

「返せ!」

 男子生徒は起き上がると学ランに飛びかかるが、恵にひょいと躱され、黒板の粉受に肩をぶつけた。

「あ、うぐぅぅあ」

 肩を抑えて蹲る男子生徒に恵は、

「いらないのか?」

 と煽り、学ランからボタンを一つ引き千切って投げつけた。

 男子生徒はボタンを拾うと、先ほどまでとは比べ物にならないくらいの怒りが顔に滲み出ており、眉間の皺を深くして恵を睨みつけた。

 その拳は硬く握られていて爪が食い込んでおり、まさに怒髪天を突くといった様子だった。

「取り返してみろよ?」

 小馬鹿にしたような恵の発言が端を発し、男子生徒は恵に駆け寄り、恵は廊下を走り去った。

「その程度で忘れるくらいなら、ノエに難癖付けてくれるなよ。無理してかっこつけたこっちが恥ずかしい」

 去り切ったのを見届けてから口の中で呟くと、ノエに後ろから袖を引かれた。

「兄さん兄さん。わたしたちの家って、そんなにすごかったんですか?」

 星稔の一族は、ペリーどころか平安時代から続く家系らしいのだが、権力者との繋がりなんて話、寝言でも聞いたこともない。

 それに、仮にどれだけ三権と癒着があったとしても、法治国家のこの国で、それもこんな時代に刑事事件をもみ消すなんてできる筈もない。

「嘘だよ」

 ノエを守るためとはいえ、自分のハッタリに虚しさを感じさせられる。

「なんだぁ。嘘だったんですね。そんな話聞いたことないのでびっくりしましたよ。兄さんは嘘つきですね」

「嘘くらい、吐くさ」

「閻魔様に舌を引っこ抜かれますよ?」

「構うもんか。お前を守るためなら閻魔だって、少ししか怖くない」

「もう、兄さんったら」

「よう、ノエちゃん。お兄様。ただいま」

「あ、恵くん。戻ってきたんですか」

 少し残念そうに言うノエに、恵は、

「ふううん。名前呼ばれた! お兄様も聞いたか? 今、名前呼ばれたぜ?」

 テンションが上がって震えながら、ポケットからICレコーダーを取り出して操作し、耳に当てて今のノエの言葉を再生した。

「お前、まさかノエといるときはずっと録音してるのか?」

「うるさいぞお兄様? 今ノエちゃんが俺を呼ぶ声をだなぁ」

「え、恵くん、きもっ」

「ぐっふぇ」

 ノエの冷たい視線に当てられて、恵は後ろから殴られたかのように倒れ込んだ。

 かと思うと、

「もう一回言って?」

 デレデレと笑いながらICレコーダーのマイクをノエの方へ向けた。

「そっから先は有料コンテンツだ!」

 恵の手からICレコーダーを引っこ抜いて録音を止め、教室の隅に投げ捨てた。

「うおおおおぎゃぎゃああああおお」

 すると恵は、奇声をあげながらICレコーダーに飛びついて空中でキャッチし、おまけに空中で三回半ほど回転し、身体を捻りつつICレコーダーを天に掲げて着地した。

 しかもたいした助走もなしで、だ。

「なんてことするんだよ。いくらお兄様でも許さねぇぜ! 常人離れした精神しやがって、この鬼畜!」

「お前こそ、相変わらず常人離れした身体能力しやがって。一周回って引くレベルだからな、それは!」

「なんだよお兄様。あれくらい出来なきゃファンクラブの役職持ちなんてやってられねーぞ?」

「そんな身体能力がなくたって問題なく遂行できるわ! 非公式ファンクラブなんかやめて運動部に入ったらどうだ、ほんと」

「は? 運動部なんかに入ったらノエちゃんを見られないだろーが。舌だけじゃなくて頭もおかしくなっちまったのか?」

「『なんか』はやめろ、『なんか』は。それに、俺は普通だ、おかしくなんてない」

「あ、でももしノエちゃんがチア衣装で応援してくれるなら、スポーツも悪くないかもしれない」

「重症だな。それで、あれはどうしたんだ?」

「あれ?」

「お前がおちょくって教室から連れ出した男子生徒だ」

「ああ、屋上に誘い込んで締め出した」

「やりすぎだろ」

「いやいや、お兄様こそ、目玉でも抉りだしそうな雰囲気だったぜ?」

「え? ノエの前だぞ? やるわけないだろ、そんなこと」

「いや、ノエちゃんいなかったらやるのかよ」

「場合によっては、な」

 俺がそう言うと同時に恵は、

「ああーーーー!」

 大声を上げてノエの後ろを指さした。

 その指の先に顔を向けると、栗色の髪を肩口で切り揃えている女子生徒――ノエファンクラブの会長、花恋がしゃがんでおりノエの背後にまで迫っていた。

 ノエも振り向こうとしたその瞬間、ガバッとノエに抱き着き、右側の首の付け根に鼻を押し付けて深呼吸を始めた。

「むほほー、ノエちゃん成分サイコーですなぁ! ぐへへ、あたしと結婚しよーぜ?」

 なんてIQの低い求婚だ。

「気持ち悪いから嫌です」

「あーん、そんなぁ。夜とか絶対飽きさせないぜー?」

 花恋はそう言うと、ノエの胸や腹部を撫でだし、

「そういう発言が、気持ち悪いんです!」

 ノエに手を叩かれていた。

 そのまま花恋の腕から抜け出したノエは、俺の背中に隠れると、

「それに、わたしの貞操は兄さんに捧げると決めているので」

「ぐぬぬぅ」

「くそう! 兄の立場を濫用しやがって!」

 非公式ファンクラブの二人はそろって恨めしそうに俺をみるが、正直そんな話は初めて聞いた。

「そんなもの捧げてくれるな」

「そんなもの? お義兄さん、今そんなものって言いましたか? そんなものって言うくらいなら、あたしに下さいよ! そしてあたしと結婚するよう、お義兄さんのほうからも言ってくださいよ!」

「どんな要求だ!」

「そうだぞ、ふざけるな花恋」

 俺のツッコミに珍しく恵が同調し、さすがの花恋もバツが悪そうに口をへの字に曲げた。

「ファンクラブメンバーがノエちゃんと結婚なんて、許されないぞ!」

「お兄ちゃんうっさい! あたしは会長だからいいの!」

「くじ引きで決めただけの会長だろ! オレだって会長になりたかったのに!」

「いずれにせよ会長はあたし! 会長特権なの!」

「オレだって、なれるもんならノエちゃんと家族になりたいんだぞ!」

「はあ? きっも! お兄ちゃんがノエちゃんと結婚できるわけないじゃん! ノエちゃんだよ? 千回生まれ直したら?」

「なんだと! お前だって、オレと遺伝子同じだからな! 少しばかり美少女だからって、図に乗るなよ! ノエちゃんの方が百億倍かわいいからな」

「お兄ちゃんこそ、多少イケメン風の顔だからって、調子に乗らないで! その程度でノエちゃんと釣り合わないんだから!」

 二人の言う通り、二人とも見た目の偏差値は高いのだが、中身が非常に残念である。どうしてこうなってしまったのか。

 まあ、外と内でつり合いが取れていると言えなくもないが。

 それはともかく、ノエのことになるとすぐ喧嘩になるのは何なのだろう。

 最近では素直になれないだけで、逆に仲が良いんじゃないかとさえ思わされるほどだ。

「だいたい、ノエちゃんと家族になりたいなら、お義兄さんと結婚すればい、いや、その手があった。ノエちゃんが結婚してくれないなら、妥協してお義兄さん! ノエちゃんを前提にわたしと結婚してください!」

「なんだよ妥協って! 嫌過ぎるわ!」

「だったら、オレと結婚してくれよ。そしたらオレがノエちゃんの兄にな」

「このスーパー下心プラザーズが!」

 非公式ファンクラブの二人を睨むと、

「まったくですよ」

 今まで大人しくしていたノエまでもが口を開いた。

「兄さんはわたしと結婚するので、取らないでください」

 そう言い切ると、ポケットから銀色のリングを取り出して左手の薬指に嵌めた。

「お前、学校でそれはやめろ」

「なんでですか? 兄さんだって持ち歩いてるくせに」

「そりゃ、体育の時以外はずっとポケットにあるけど」

 ノエは俺のズボンのポケットに手を突っ込むと探りだし、ノエのものとペアのリングを取り出した。

 そして俺の左手を取り、薬指に嵌めると満足そうに鼻を鳴らす。

「ふふん。兄さんは相変わらず恥ずかしがり屋さんですね」

「恥ずかしいとかよりも、お前との思い出だ。万一にも他人に茶化されたくない」

「ん、もう。兄さんったら。わたしラブなんですから」

「そりゃ、兄だからな。妹を愛するのは当然だ」

「ふへへ」

 ノエは顔の前で両手の指の腹同士をくっつけ、ニコニコと笑顔を浮かべる。

 ふと二人分の視線を感じて、何かと思って見ると、

「くそう、イチャイチャしやがって」

「ノエちゃん独占禁止法違反ですよお義兄さん!」

「だからなんなんだその悪法は!」

 それにイチャイチャって、それだとまるで、俺がシスコンみたいじゃあないか。



 しばらくアホなやり取りを繰り広げていたが占い客も来ないため解散し、ファンクラブ兄妹とは校門で別れた。

 二人の性格なら俺とノエの家まで付いて来そうなものだ。

 そう思い以前尋ねたところ、さすがにそこまでするのはファンの領域を超えているとの見解を得た。確かにそこまで行けばファンじゃなくてストーカーだ。それに、必然的に一緒に帰る俺も迷惑千万でしかない。

 あの変態性さえなければ、良いファンなんだがなぁ。

 そう思っていると、

「兄さん、わたしと二人きりなのに他の女のこと考えていますね?」

「他の女て。まあ、あながち間違ってはないけど」

「だめですよ、わたしといるときはわたしのことだけ考えてくださいね」

「なんだ、その独占欲」

「女の子は大事な人を独り占めしたいものなんですよ」

「なんだそれ」

 最近読んだマンガの影響だろうか?

 いずれにしても、ここは敢えてノエのノリに合わせるとしよう。

「そんなに欲張らなくたって、俺の一番は永遠にお前だけだよ」

「も、もぉ。兄さんは、ほんと、えへへ」

 堪えきれないように笑みを浮かべるその頬は、夕日を受けて赤く染まっていた。

「それはそうと、ノエ。前も言ったけど言葉を選ばないと。文句を言いに来ていた男子生徒、完全に怒っていただろ」

「大丈夫です。兄さんが来るとわかっていたので」

「それも占いか?」

 尋ねるとノエはフフッと笑い、

「そんなの、占わなくたって分かるんです。だって、わたしは、兄さんの妹ですよ?」

 ご機嫌にそう言った。

 いつもがいつも、今日みたいに都合よく間に入ってやれるとは限らないが、本当にわかっているのだろうか?

 そう思いはするものの、ノエの可愛らしさに負けて小言を言う気持ちではなくなってしまった。

 ノエのためを思うならきちんと言って聞かせておくべきなのだがなぁ。

「兄さん、兄さん!」

「ん、どうした?」

「今、雲を見て占ってみたのですが、晩御飯はお肉系がいいと出ています」

 言われて見上げたが空は雲一つなく晴れ渡っていて、一番星が輝いていた。

「お前が食べたいだけだろ」

「バレましたか、えへへ」

 ノエの照れ笑いと左手の薬指で光るリングを見ていると、肩の力が抜けてこちらも笑いが込み上げてしまう。

「いいよ。確か冷凍庫にミンチがあったから、ハンバーグ作ってやる。チーズ入りで」

「やった!」

 両手でガッツポーズを浮かべるノエを見ているとついサービスをしたくなり、

「よし、じゃあ俺の新作特性ドリンクも作ってやるよ」

「それはいらないです、ゲロまずなので」

 激うまなのに断られてしまった。

 激うまなのに。

 仕方がないので、ハンバーグのソースはノエ好みの甘めの味付けにすることにした。ドリンクではなく料理なら、俺たちの味覚に相違はあまりない。

「そうと決まれば、早く家に帰りましょう」

 楽しみそうに俺の手を引くノエは可愛らしくて抱き締めたくなったが、それだとまるでシスコンみたいなので手のひらと目で存在を感じるだけに留めておいた。

 ノエの背負う星は昔から少しも変わることなく、とても綺麗だ。



〈妹は占い師・終〉


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