フードの男――ディアーク


 フードの男が言う作業部屋は、様々な電子機器のようなもの、紙の束や本といった物が所狭しと並べられている。とは言ってもそれらは整理整頓されており、散らかっている、という印象は感じない。

 「散らかってて悪いけど、そこ、座って」という男にお辞儀をするように頷いて見せ、テレビ画面と向かい合うような位置にあるソファに腰かける。

彼は作業場所と思われるキャスター付きの椅子に座り、アベラルドさんはパソコンが置いてある作業机の空いている場所に、軽く腰掛けるように寄りかかった。セツナはわたしの斜め前に立ち、少し心細げなわたしに微笑みかけてくれる。

 

「コイツの名前は、ディアーク・トートだ。こんなヒョロヒョロだが、実力は俺とタメ張れるぜ」

「よろしく」


 フードの男――改め、ディアークさんが軽く会釈するのに合わせてわたしも会釈を返す。

 作業部屋はさっきまでいた部屋よりも、ちゃんとした電気の光で明るくなっており、ディアークさんの姿もはっきり見えるようになる。

 全体的に大きいサイズの服に隠れているが、手や首元を見る感じだと少し細めな体つきだ。フードからは目が隠れるほどに長い薄紫色の髪が覗いている。前髪が長く目元はよくわからないが、そんな中一番印象的だったのは、口元のホクロだった。色白な肌も相まって、声を聞かなければ女性と間違ってしまってもおかしくない。

「ユラ、です。よろしくお願いします」と言ったものの、彼からは「知ってる」と返されてしまった。

 不思議な顔をしているとアベラルドさんが吹き出すように笑い始め、その声の大きさに思わず驚いてしまう。


「たぶんアンタより、俺様やディーのほうがアンタ自身のこと知ってるぜ?」

「僕たちに限らず、この城であんたのことを知らないやつは、いないと思う」

 

 困惑しているわたしを見かねたセツナが、穏やかな声音で説明してくれる。


「アベラルド様とディアーク様は、ノクティス様の大学時代からのご友人です。今ではアベラルド様は戦闘面、ディアーク様は情報面――いわば、魔王であられるノクティス様にとって、手足がアベラルド様、目や耳がディアーク様というような役割を担ってくださっています。この場合で言いますと、ノクティス様が頭脳と心臓、となるわけですね。我々メイドや執事などは、血液や細胞とでもいいましょうか」


「いや、心臓はユラさんになると思う」

「確かに。ノクティスにとっちゃ、“生きる理由”だもんな」

 ディアークさんたちの言葉にセツナは苦笑を浮かべ、そのまま説明を続ける。


「夕桜様は覚えておられないかもしれませんが……、ノクティス様の高等部時代に、夕桜様はノクティス様とお会いしております。夕桜様と再びこうして出会うまで、ノクティス様が夕桜様をお忘れになったことは一度もございません。夕桜様の捜索に関しましては、魔王城全体が一丸となって行なっておりましたので、夕桜様を知らぬ者はこの城にはおりません」


 セツナの説明に、なぜ初対面であるはずのディアークさんがわたしのことを知っているのかという困惑は解消されたものの、今新たに別の困惑が発生してしまった。


(ノクトとわたしは、前に一度出会っている……?)


 わたしは自身の記憶を遡ってみるが、ノクトと出会ったことなど一度もないはずだ。ましてや、魔王城の存在は知ってはいたものの、魔族が住む土地に踏み入ったことすら一度もない。わたしは今までずっと天族が住まう土地で、奴隷として暮らしてきた。

 ノクトと知り合う機会すら、無いはずなのだ。


「そんな……、たぶん、人違いじゃ――」

「んなわけねぇだろ!? ノクティスがこのことに関して間違いをおかすはずがねぇ」


 わたしの言葉がアベラルドさんの気に障ったらしい。鋭い歯を剥き出しにしながら、怒鳴るようにわたしの言葉を否定する。


「アビー、落ち着いて。ユラさんがそう思うのも無理ないよ」


 ディアークさんがアベラルドさんを宥めながら立ち上がり、わたしに歩み寄ると、目線を合わせるようにしゃがみ込み、わたしと向き合う。


「ノクティスは、あんたが思ってるよりずっと、あんたへの思い入れが強い。それに、ノクティス自身の能力の高さも相まって、間違えるはずがないんだ。あんたにとっては初対面かもしれないけど、ノクティスにとってはようやく見つけた大事な存在なんだよ。だから……


――ノクティスの前で、そんなこと、言わないでよね」


 どこか、威圧するような口調で。

 前髪の隙間から覗くワインレッドの眼は鋭く、まるでわたしを敵視するように。


「わかり、ました……」


 わたしは、そう、言わざるを得なかった。


「夕桜様、そろそろご昼食のお時間です。夕桜様は少々ご準備が必要ですので、お二人よりも先に向かうとしましょう」


 険悪な雰囲気を割るように、セツナがそうわたしに提案した。

 わたしが頷くと、セツナは「ではアベラルド様、ディアーク様、また後ほど」と二人に声をかけ、部屋を出ていく。わたしも二人に一礼すると、セツナの後に続いて部屋を出た。


 ――一方、残されたアベラルドとディアーク。


「牽制、されたね」

「だな」


 そんな会話の後、二人揃って溜息をつく。

 ユラは気づいていなかったが、セツナの目は明らかに、“これ以上ユラが困ることをするな”と述べていた。

 そして彼女はいざとなったら、アベラルドとディアークに対しても牙を剥く。現に、アベラルドに対しては一度刃を向けている。彼女がユラを守るのは、ノクティスへの忠実さゆえか、はたまた個人の情か――。


「俺様にとっちゃ、アイツの感情とかどーでもいいんだけどなぁ。あのメイドはめんどくせー」

「同じく。でも――」


 ディアークの目が、ユラ達が出ていったドアに向く。

 作業机のパソコンのモニターには、暗闇の中青い灯のあとを専属メイドと共に歩くユラの姿が映し出されていた。


「――彼女には、頑張ってもらわなきゃいけないしね」




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