暗闇の向こう側


 壁の向こうにあったのは、浮遊感を感じてしまうほどの暗闇だった。上下左右前後、全て黒一色。一層強くなる不安と恐怖に、セツナの手を掴んでいた手に思わず力が入る。

 その時、ふとわたし達の目の前に火の玉が現れた。拳一つ分くらいの青い火。それによって照らされたとしても、壁や床といったものが見当たるわけでもない。ただ不気味さが極まっただけだ。


「安心しろよ、別に悪さをする奴じゃない。道案内してくれるだけだ」


 怖がるわたしを面白がるような声音でアベラルドさんは言った。そんな彼に不満を抱きながらも、彼が声を発してくれたおかげで少し恐怖が緩和する。それに便乗するように、彼に問いかけた。


「道案内って……どこに、行くんですか……?」


「ノクティスのやつが紹介しようとしていたもう一人に会いに行く」


 そう答えると、アベラルドさんはどこかに向かって進みだした火の玉の後に続いて歩を進める。わたしもそれに倣って足を前に出して進むが、黒一色の視界に加え浮遊感を感じるせいか、セツナの支えがあるもののバランスを保って歩くのが難しい。


「ご安心を。焦らずとも自分が共におります。アルベルト様がおらずとも、迷うことはありませんよ」


 セツナが優しく微笑みながらそう言ってくれる。しかし、彼女とて女性だ。確かに強いのかもしれないが、男手があるに越したことはない。


……わたしとセツナをよそに、アルベルトさんは関係なく突き進むものだから、「っあの!」と声をかける。


「あ? なんだよ」

「あの、歩くの、早いです……」

「あぁ、わり」


 伝えると、彼は文句をいうことなく歩調を合わせてくれた。


(機嫌悪そうだったから、少しくらい文句言われると思ったのに……)


 意外と優しいところがあるのかもしれない。



 そうしてしばらく歩いていると、青い火の丸い灯りが形を変えた。この空間で初めての“物”が現れたのだ。

 それは、扉だった。ただ、扉が佇んでいた。壁があるわけでもなく、なにかに支えらえているわけでもない、木製の何の変哲もない扉。


 アベラルドさんは躊躇なくその扉に手をかけ開けると、中に入っていく――。


 ――扉から漏れ出るようにして目に入ってきたのは電子の光の数々だった。

 青い火が唯一の灯りであった場所からでは、それら電子の光は十分すぎるほどに眩しく感じた。チカチカと目が痛むような、そんな突き刺すような光だ。


「おい、ディー! 噂のユラ様とのご対面だぞー!」


 アベラルドさんの声が響き渡るのが耳に入る。響き渡る、ということはそれなりに広い空間なのだろうか。

 無意識に閉じていた目を、空間の明るさに慣れるに応じて徐々に開いていく。

 そこは、まるで電子の海の中にいるような――そう感じてしまうほどに、大小様々なサイズの映像や写真、資料といった情報が空間いっぱいに浮かぶようにして広がっていた。


「アビー、そんな大きい声出さなくても聞こえてるよ……」


 気怠そうな、げんなりとした声が聞こえ、そちらに目を向けるとフードを目深に被った男がこちらに歩み寄ってきていた。

 しかし少し離れた位置で立ち止まると、彼はフードを掴みさらに深く被ろうとするように引っ張った。


「とりあえず、僕の作業部屋でもよければ、そこに移動しよう。ここじゃ落ち着かないでしょ」

「おぉ、だな。ここじゃ目が痛くなりそうだし」

「君の目じゃ、そうだろうね」


 そんな会話をしながら、アベラルドさんがフードの男のほうに歩を進める。

 わたしは一度セツナのほうを見やると、彼女は穏やかな表情でわたしを見ていた。どうやらわたしのペースに合わせようとしてくれているらしい。

 わたしは彼女に頷いて見せると、やがてセツナに手を引かれながらアベラルドさん達のあとに続いて歩き出した。

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