第3話
武器庫の隅に広がる波紋
「――ったく……、なんで俺様がこんなこと……」
舌打ちをして、彼――アベラルドさんは苦々し気に呟いた。
今わたしは、そんな不機嫌を隠しもしない彼に城内を案内してもらっている。わたしとてこの状況など望むどころか想像すらしていなかったというのに、半歩先を歩く彼から発せられる苛立った雰囲気に内心泣きそうになる。
――時を少し遡り、ノクトの部屋にて。
「さっきも紹介したが、彼はアベラルド。城において主に戦闘面、いわば王である俺の手足の役割を任せているくらいには、信頼のおけるやつだ。察するっていうのは苦手なやつだから、気になることがあったらはっきり言ってやってくれ」
ノクトはアベラルドさんをわたしにそう紹介した。紹介された当の本人は下唇の端を噛み、どこか不満そうにしている。そんな彼にノクトが一言「挨拶」と圧をかけると、仏頂面のまま「よろしくー」と形だけの挨拶をくれた。
どうやらわたしのことは既にアベラルドさんに話してあるらしく、わたしも「よろしくお願いします」と軽く頭を下げる。思ったよりか細い声になってしまったが、彼の耳にはちゃんと届いたらしくぶっきらぼうな「おう」という返事が返ってきた。
しかし彼の虫の居所はあまりよくないようで、早々に部屋を出ようとドアに向かってしまった――が、彼が開けるよりも先にドアが開かれ、奥から双子の従者が顔を出す。
「ノクト様ぁ、ご報告~」
笑顔を浮かべながら、確か――そう、アレスくんが声をかけながら、アテナくんと一緒にノクトに駆け寄り、両隣からひそひそと何かを伝える。
何事かとその様子を見守っていると、ノクトが立ち上がりわたしの前に来て目線を合わせるように少しかがんで言った。
「すまない、急用が入ってしまった。城内の案内はアベラルドにセツナと共に行ってもらう。なるべく早く済ませて戻ってくるから、少し待てるか?」
――そこでわたしが頷いてしまったがために、当初はノクトがセツナと共に案内をしてくれるはずが、その場に居合わせたアベラルドさんに委任された、というわけだ。
突如名前があがり一方的に決定されたアベラルドさんは、それはもう驚きと怒りで声を荒げていたが、それをノクトは一言「これは命令だ」で押し切った。
どうやら、ノクトの“命令”は圧倒的な“絶対”らしい。アベラルドさんは不満を押し込め、わたしに「ついてこい」と言って歩き出したのだった。
時は現在に戻り――。
アルベルトさんは嫌々ながらも、案外しっかりと城内を案内してくれた。所々説明が雑だったりもしたが、重要なところはおさえてあり、返って簡潔かつ言葉選びもわかりやすくなっており、頭に入ってきやすかった。恐らく、彼は見た目に反して頭が良いのかもしれない。
そんな彼の説明だとしても、部屋の使い方はある程度理解し覚えられるが、それで精一杯だ。この広すぎる城の中では、場所を覚えるのには相当な時間が必要だろう。慣れるまでどれほどの時間がかかるだろうか……。
しかしそんな不安が顔に滲んでいたのだろう、「そこのメイドはアンタ専属だろ? ソイツがいればどうにかなる」と、アベラルドさんは言った。
そうして城内をひたすら歩いて、気づけばお昼を回ろうとしていた。その時、歩き疲れた足が立っていたのは、なぜか武器庫だった。今までわたしが関わったり利用したりするような場所しか案内されていなかったというのに、わたしはなぜここに案内されたのか。もしや殺され――なんて思考に行きつこうとしていると、アベラルドさんは武器庫の奥の一角で立ち止まった。目線はなぜか何もない壁の隅を見据えている。
そして、角の壁目掛けて二回蹴り、床を一回踏み鳴らす――。
――瞬間、確かに部屋の角が、まるで水滴が落ち波紋を広げるように歪んだ。その波紋は“角”のはずなのに奥行きがあった。
「行くぞ」
目の前で起こった変化に目を白黒させていたわたしを気にする素振りもなく、アベラルドさんは部屋の角めがけて一歩足を出し――彼の姿が壁に埋もれるようにその中に入っていく。
その光景を目の前にわたしは不安と焦りに煽られ足が竦んだ。そんなわたしの前に小さな手が差し出される。
「どうぞ、お手を」
セツナだった。アベラルドさんとの初対面時にも、わたしを守るような言動を見せた彼女。そんな彼女だからこそ、幼さのある見た目に反し、心強く感じる。
セツナの手を取り、わたしは壁の向こう側へと消えていくアベラルドさんの後に続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます